はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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ジェニス

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「おかしいなあ。もう目が覚めたのか」







 扉を開けて中に入って来たジェニスは、俺が目を開けていることを認識した瞬間、一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたものの、すぐさま苦笑いしながら困ったとでも言いたげに頭を掻く。入って来たのはジェニス1人だけで、他には誰もいない。完全に二人っきりだ。





 先ほどまでとは違って、シャツ一枚だけのラフな格好だ。ズボンも落ち着いた色合いの物に代わっており、着替えてきたことが分かる。





 困ったようには全く見えないジェニスがゆっくりと近づいてくる。不穏な気配をより一層感じ、少しでも距離を取りたいが、やはり体は言うことを聞かない。







「なんだ。効果が切れたのは睡眠薬の方だけみたいだね。もう一つの方の効果はまだ残っているようで良かった。暴れてしまって怪我をさせるわけにはいかないからね」







 え。いや、なんとなくそうなのかなとは先ほどから薄々思っていたけども。デザートと飲み物どちから一方にか、それともそのどちらにもか。それにしても、薬を2種類も盛っていたんだ・・・。







「でもこれで良かったかも。これからすることは是非とも覚えていて欲しいからね。あ、安心して?今体が動かないのは神経に作用する薬のせいなんだけど、後遺症は残らないから。全部が終わる頃には動けるようになっているはずだよ。」







 流石に俺の身体能力でも、薬や毒に対する抵抗力はないのか。あったらチート過ぎるか。それこそバルネリア家の血が他よりちょっと凄い、程度であることはなくなるだろう。現実逃避をしていたが、ベッドの側にジェニスが辿り着いてしまう。



 ギシッ。



 徐にジェニスが片膝をベッドに乗せて俺の方に身を乗り出す。





 ちょっ!ちょっと待て!?え、ええぇ?どういうこと?何するつもりだ!?緊急事態。緊急事態が発生と脳内で忙しなく警報が鳴る。









「さあ、一つになろう。大丈夫。痛くしないから。今日初めて会った僕らだけど、一目見た時、君は僕の運命だと感じたんだ!だから、既成事実さえあれば、あの男も君を手放して、君は名実ともに僕のモノになるだろう・・・!!」







 ジェニスの目が狂気に染まる。ヤバいヤバいヤバい!!此奴が紳士だと言った奴は誰だ!?出てこいっ!





 これはもう、計画云々は一旦置いといて良いよね!?恥ずかしがり屋の声を失った病弱な少女?んなこと知ったことか!!既成事実っつってたぞ!?つまりこのベッドの上の状況からも考えて今から起きることは・・・そういうことだよな!?



 ジェニスが伸ばした手が頬を撫でる。ヒーッ!くすぐったぁ!睨み付けるが、自分の世界に入り込んでしまっているジェニスは気付かない。







「婚姻を結んだら毎日が楽しいだろうなぁ。子供は沢山欲しいなあ。あ、でも暫くは君と2人が良いから、避妊薬を飲んでね」





 だから俺はお前の嫁になる気はないってのっ!!それに俺、今、13!じゅう・さん・さい!







「・・・!?」







 ズィーリオス達に好評?だった俺の男らしい声を披露してやろうと思い、薬のせいで口が開けないながらも声を出そうとしたが、声が出ない。演技ではない。本当に声が出なかった。





 過去最大級のピンチじゃないか!?



 自由が利くのは目しかない。





 何かないか?俺は気付いて、相手は気付かない手がかりはないか?睨み付けるだけ無駄なジェニスから視線を外し、見える範囲の部屋の中に視線を巡らす。





 ない!ない!





 動けなければぶん殴って逃げることも出来ない。声が出せなければ、黒の書を使うことも出来ない。





 美女がいたところで男を抑え込めるわけでも・・・って精霊王!?

 いつの間にやって来ていたかは知らないが、今まで姿を見せなかった精霊王が、両手で自分の目を隠して立っていた。いや、目隠しする気はなさそうだ。手の隙間からガッツリ俺を見ている。







『精霊王!今までどこに・・・ってそれどころじゃない!!見てないで助けてくれ!』

『あらぁ?私は偏見とかはないから気にしないで良いわよぉ?それに聖獣には仕事をサボっていたことは内緒にしてあげるわぁ』

『サボってない!!』





 精霊王はこの状況は合意の下だとでも思っているのだろうか。怒りが沸々と沸いてくる。殺気が駄々洩れなのだが、今もまだ自分の世界に浸っている男にとっては、幸いにもそのことに気付かないで済んでいる。おかげで俺に対してのセクハラ行為も止まっていた。







『合意どころか薬を使っての無理やりだからなっ!!』

『え?薬を使われているのぉ?抵抗せずに大人しくしているからぁ、私はてっきり合意なのかとぉ』

『んなわけあるかあ!?』







 俺の叫びに反応するように、ジェニスが我に返り、待たせてごめんねと謝ってくる。待ってない待ってない!



 だがやはり俺の体は言うことを聞かない。身動きの一切が出来ない状態で、ジェニスが俺の足に手を伸ばす。











 その手が俺の体に触れようとした、その瞬間。



 俺の全身を黒い何かが多い尽くす。それはジェニスの手を阻み、俺の身を守った。





「これは一体なんだ?リュゼ!これは君がやったことかい!?なぜこんなことをするんだ!早く何とかしなさい!」





 ジェニスがベッドから慌てて立ち上がり、黒い塊と化した俺に叫ぶ。だが、わざわざ答えてやる気もなければ、そもそも答えること自体が出来ない。無視だ。あんな変態野郎は無視するに限る。





『精霊王、これは?』

『これぇ?闇の結界よぉ。闇の精霊王たる私が張った結界だからぁ、そんじょそこらの人間には絶対に破くことは出来ないわぁ、安心してぇ?私の可愛い契約予定者に手を出そうなんてぇ』







 精霊王が笑顔でジェニスを見つめている。美人が怒ると怖いとはよく言ったものだ。精霊王の笑顔には圧があった。怖ぇー。





 ベッドの上に横たわる真っ黒い塊と化した俺に、ワーワーと叫ぶ変態野郎。その変態を圧が凄い笑顔で見つめる精霊王。カオスだ。







『うるさいわねぇ』





 精霊王のそんな声が聞こえて、精霊王が腕を振り上げる。







「僕のモノになる気がないというのなら、君には生贄になってもらうしかないよ!?」

『っ!?精霊王待って!!』





 腕を振り下ろそうとした精霊王を制止させる。ピタリと止まった腕が手持ち無沙汰に見えた。



 精霊王がどうしてとばかりに俺に念話をしてくるが、今言っていたジェニスの言葉を詳しく聞かなければならない。





「僕が今、君に対してしていることを君が知ってしまった以上、このまま帰すわけにはいかない。だから僕らの家のために役立ってもらうしかないんだ。だって君は、ジュリアよりも魔力量が多くて、年齢も少し高い程度だから問題はなくて、今までで一番の適任者なんだ。そのまま帰すなど父上が許さないだろうからね。だから僕のモノになる気がないというのなら、死ぬしかないんだよ?」





 諭すように、子供を宥める様にジェニスが告げる。



 けれどそれは、今回の仕事の目的に繋がる手がかりを自ら教えてくれたことになる。相手は説得のつもりなのだろうが、俺にとってはただの情報提供。





 生贄にするならば、この後は場所を移動させられるだろう。もしかしたらその場所が、監禁されている人魚たちのいる場所かもしれない。



 好都合だ。場所を案内してくれるというのなら、折角のご厚意だ。案内してもらおうじゃないか。





 その後もジェニスは矢鱈と必死に俺を説得していたが、黒い塊から俺の姿に見えることはついぞなかった。



 そして俺は、ベン家の暗部へと連れていかれることとなった。





 黒い塊のまま。
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