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甘い罠

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 おおぉお!?おっ!なにこれ!?めっちゃ美味しい!!甘酸っぱくてスッキリとしている!甘さもくどくなく、酸っぱ過ぎない。爽やかな果物の香りが鼻腔を通り抜ける。これ今までで一番美味しいジュースだ!



 ただぬるいのが惜しいところだが、冷やすと更に美味しいということだろう。これはズィーリオスにも飲ませてあげないといけないな!きっとズィーリオスも気に入るだろう。





 興奮のあまりコップの中身を一気飲みしてしまい、瞬く間に空になってしまったコップを見て、己の仕出かしたことに愕然とする。特別に貴重な果物を使ったジュースを出してくれたのだから、何度もお代わりが出来るわけがない。もっとじっくりと味わうべきだった。有り得ない。俺はなんて馬鹿なんだ。



 両手で包み込んだコップの底の僅かに残る数滴分をどれだけ見つめていても、元の容量に戻ることは叶わない。







「気に入ってもらったようで良かったです。なかなか美味しかったでしょう?」







 そのジェニスの言葉にバッとコップから顔を上げ、何度も頷く。激しく同意であった。







「やっと、こちらにきちんと目を合わせてくれましたね?ハハハッ。ずっと恥ずかしがって、すぐに逸らされていたので嬉しいです」







 なっ!慌てて視線を逸らし再びコップを見つめる。だが、意識はコップに向けられているわけではない。ただの回避先であった。しかしそれが、ジェニスには我に返った俺が恥ずかしくて俯いたとものだと勘違いしたようだ。設定が恥ずかしがり屋となっているから、勘違いしてくれてありがたいのだけど、実際は目を合わせすぎて設定を逸脱していくと、何か言葉を口走りそうだからに過ぎない。行動を以て自制しているのだ。それだけのことなのだが、ジェニスはなぜか先ほどまでよりも機嫌が良さそうだ。





 なぜ機嫌が良くなったのか全く分からないが、今は気持ちを落ち着かせる必要がある。慌てたままだと、また何かやらかしてしまうかもしれない。ゆっくりと深呼吸をして平常心を取り戻す。ふー。よし、もう大丈夫だ。





 それにしても、いくら設定といえども言葉を発しないのは辛い。さっきのジュースの原材料の果物がなんと言う名前で、どこで手に入れられるのか。原産地はどこか。それらを質問したくともすることも出来ない。また、無意識で声を漏らそうものなら即アウトの我慢比べ。声を発しないよう意識する必要のない簡単な方法は寝ることぐらいだ。朝からの疲労が募っているため今すぐ眠ってしまいたいが、パーティーの参列者なのだから眠ることは出来ない。それに・・・今眠ってしまっては美味しいデザートにありつけないからな!



 部屋に運ばれてきた数々の焼き菓子に目を奪われる。これは、すごく美味そうだ。カップケーキにフィナンシェ、ワッフル、各種タルト等など。シンプルな焼き菓子から、キラキラと瑞々しく光を反射する果物が盛り付けられたタルトまで、先ほど食べた肉などの料理は前菜で、これらこそメインディッシュと言うべき存在感があった。



 もう我慢できない!!

 ジェニスが何か言おうとするよりも早く、目の前のフィナンシェに手を付ける。出来立てでしか味わえない外はカリッと、中はしっとりとした食感。数年ぶりとなるクッキー以外のお菓子に、俺のテンションはひたすら上がっていった。俺が口に運んだのを見たジェニスは、開いていた口を閉じてニコリと微笑みを浮かべて食べまくる俺を見つめているが、そんな視線など気にすることなく愉悦に浸っていた。



 仕事でこの場に来ていることなど頭から抜け落ちてしまっていたが、テンションが上がり過ぎたのが逆に良かったのかもしれない。喋る暇すら惜しいとばかりに、常に口の中には何か入っていた。



 不審に思われそうなほど無駄にスキルが高いナイフ捌きによって、クッキー生地がボロボロになることなく切り分けたタルトをフォークで素早く口に運ぶ。甘酸っぱく瑞々しい果物とタルトの食感が癖になりそうだ。



 この素晴らしいデザートを作ったシェフは余程の変わり者なのだろうか。これほどの腕がありながら、なぜこのような辺鄙な場所の領主邸で働いているのだろう。大国の首都で店でも構えたら、十分やっていけるほど繁盛するだろう。なんといっても俺が買いに行きやすい。













 今日一日の、食べられなかった分の食事を全て補う勢いで食べ尽くしていく。時々、新しく淹れられた紅茶を口直しにしつつ、口に含みながら味わう。そうして一通りのデザート食べ尽くした時には、もうお腹がいっぱいで、あまりの苦しさに、異常に上がっていたテンションは普段通りに落ち着いていた。





 もう甘い物は要らない。当分は要らない。頭がぼーっとする。食べ過ぎと甘さにやられたのだろう。ふぁああ、眠い。眠気まで襲いかかって来た。疲れと満腹感で体が睡眠を欲している。でも、今は寝るわけにはいかない。ジェニスと分かれて屋敷内を探索しつつ、腹ごなしをしないと。そう、腹ごなしを・・・?あれ?腹ごなしは良いけど、何するんだっけ?





 フワフワした感覚の中、まともに思考をすることが出来ない。何とか意識を保とうと、目を覚ますために立ち上がって軽く体を動かそうと思うが、動かない。体が鉛のように、動くことを拒否する。







「気に入ってくれて嬉しいですよ。食べることが好きなのですね」







 ジェニスが微笑を浮かべて俺を見つめる。その言葉に反応することが出来なかった。頷くという、立ち上がるよりも簡単な動作が億劫だ。







「これからは毎日、貴女のために用意させましょう。ですから、寝ても構いませんよ?いつでも召し上がることが出来るのですから」







 ジェニスは何を言っているんだ?今にも落ちてしまいそうな意識を、僅かに残っている焦燥感が必死に食い止める。ぼやけて輪郭しか見えないジェニスの表情は見えない。





 だが、感じる。







「ああ!本当に嬉しいです!ずっと一緒ですね!」







 意味の分からない言葉と共に向けられた、ネットリとした視線を。

























































































『起きて!』







 脳内に突如響いた声により、意識が覚醒する。今の声は黒の書だな。いきなりなんだ?俺は気持ちよく寝ていたのに。ん?寝ていた?え?寝てたぁあ!?



 一度寝たことにより、先ほどまで感じていたグラグラした感覚はなくなり、頭の中がスッキリとしていた。そして急速に脳が回りだす。





 ああ!やっちまった!寝るなんて最悪だ!今何時だ!?パーティーはもう終わってしまったのか!?

目を開けて飛び起き・・・れなかった。体が動かない。今まで感じたことがないほど重く、ダルく感じる。おかしい。





 視線だけを動かし周囲の様子を探る。すると、今俺が大きなベッドの上にいることが分かった。





 ここはどこだ?最後の記憶では、俺はベン領主邸の応接間にいたはずだ。こんなデカいベッドがある寝室に来た覚えはないぞ?それにやっぱり・・・・・体が動かない。





 疲れているから、という理由でないことは明白だ。なんせ指先一つすら動かせないなどあり得ない。一体どうなっているんだ?



 ゆっくりと、意識を失う前までの事を思い出す。そうだ、ジェニスはどこだ?一緒にいたのだから、俺が意識を失ったことぐらい知っている。きっとダガリスに知らせてくれた・・・ということはないのだろう。





 そう思うには、あまりにも無理がある。

 意識を失う前に言っていたあの言葉が何を意味するのか、はっきりとは分からないが、一つだけ分かったことがある。







 ジェニスは気配りの出来る紳士、ではなく、敵だ。







 そして今、この部屋に近づいてくる気配を感じる。その気配が扉の前で止まり、扉が開かれる。

 そこから顔を覗かせたのは、穏やかな表情を浮かべたジェニスだった。
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