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オッサンとドレス

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「ちょっと待って。待て!待て!待てって!!嫌だ!絶対に嫌だっての!!おい!聞けーーーー!!」


 フードに遮られることなく晒されている“紺色”の長い髪を左右に揺らしながら声を上げる。しかし、その叫びに反応する者は誰もいない。忙しなく部屋を動き回るお店の店員を視界の端に捉えつつ、目の前で良い笑顔を向ける“卑怯者”達を引きつった顔で睨み付ける。若いお姉さん2人掛かりで両腕を軽く万歳するように拘束されているので、その憎き笑顔をぶん殴りに行くことも出来やしない。

 俺を拘束している、線の細い綺麗なお姉さん達の細腕など簡単に振りほどけるはずだが、なぜかビクともしない。というか、さっきからこの拘束しているお姉さんを含め、この人達を統制している店長と名乗るダガリスのような筋肉オッサ・・・、ん゛ん!!オネエサンのねっとりじっとりとした、狂気じみた眼が怖い。マジでやばい。ニコリ、ではなくニタリとしたオネエサンの笑顔に身の危険を感じ総毛立つが、退避しようにも身動きが取れないので脱出不可。刻一刻と近づいてくる断罪の時間に、もはや冤罪にされた死刑実行前の囚人のように震えることしか出来ない。



 そんな死刑囚たる俺を、苦笑、失笑、憫笑、一笑と各種笑顔で見つめるのは、一昨日の会議の場に居たズィーリオス卑怯者達。そして俺たちがいるのは、煌びやかな沢山のドレスが並べられた、ダガリスの屋敷の一室。そう、辺りにはドレスがあるのだ。因みにそのサイズは大人用よりは小さく、ジュリア用としては大きい。

 店員と店長オネエサンは、町で唯一ドレスを扱っている衣服店から来た人たちなのだが、オネエサンに至っては目がギラギラしていて非常に兢々としてしまう。これはズィーリオスの説教とは別の次元の恐怖だ。本能が警告を発している。・・・食われそう。

 このオネエサンは元漁師のダガリスの友人らしく、昔は一緒に漁に出る仲間だったらしい。元々趣味の一環で依頼されたを服を仕立てることがあったそうだが、ダガリスが領主に就任したタイミングで、完全にファッションデザイナーの方に職を変えたそうだ。その際に可愛い物好きであったことから、レディース専門の仕立て屋として始めたところ、案の定この町どころかこの国で一番人気の女性服のお店になったらしい。

 だけど想像してみてくれ。オネエサンは、190センチはありそうな筋骨隆々のガタイにスキンヘッドをした、見た目完全に「どこの組の方ですか?」と聞きたくなるような相貌をしている人なのだ。そんな人物が「良いわぁ。可愛い!食べちゃいたいっ!」とか野太い声で言いながら、不穏な色を乗せた眼で見つめてくるのだ。

 引きつった表情のまま戻すことが出来ず、血の気が引いた状態で目の前にやって来たオッサ・・・じゃなくてオネエサンから極力離れるために後ろに下が・・・れないので、背中を反らせてなるべく少しでも離れるようにする。なんだこの空間は?地獄か??オッサンの興奮したデレ顔なんか至近距離で見たくもないっての!!ってぎゃああ!!寄るな!頬にキスされたぁああ!!間違ってオッサンって言ってしまったからだな!あ。また言ってしまったぁあ!だから感が良すぎるだろーーー!!


 オネエサンからの思わぬ攻撃に全身が固まる。わかっているんだ。体は男でも心は女という人もいることは分かっているし、偏見はない、というか持たないようにしている。けれど、無駄に筋肉とタッパのあるオッs・・・人が、覆いかぶさるようにデレ顔を近づけてくるのはちょっとキツイものがある。というか、さっき会ったばかりの初対面の人に迫られるというのがそもそも無理!!そこは男だろうが女だろうが関係はない!!あ、やっぱり訂正。精霊王みたいな美女であれば大歓迎です!はい!

 そうやって現実逃避をしていると、オネエサンが真っ白なフリルとレースたっぷりの綺麗なドレスを両手に持って向かってきた。その繊細なレースや全体のバランスのデザインが本当に綺麗で、オネエサンの腕がとても良いことは直ぐに分かった。まるでウエディングドレスのようで、一度も袖を通すことの叶わなかったそのドレスを、無意識に唾を飲み込んで見つめる。

 微動だにしない俺に、オネエサンは持ってきたドレスを俺の体に軽く当ててチェックしていた。


「あら!可愛い!やっぱり似合うわね!」
「ええ!ほんっと可愛いです!」
「さすが店長のデザイン!着る人の魅力を際立たせて天使に昇格させちゃうなんて!」


 前後から聞こえるオネエサンと店員の会話にハッとする。そして、まさに今から試着という流れになり、店員の拘束が緩んだその隙に抜け出し、全力で扉に向かって疾走する。ドアノブを握り、後は開くだけ、という状況でダンッという音とともに扉に手が突き出された。なんでこの扉、押して開くタイプじゃないのだろう。勢いで出られたはずなのに。ああ、背後に誰かが立っている気配。ズィーリオスだ。ズィーリオスだけは相変わらずフードを付けて髪を隠している。


「リュゼ?どこ行こうとしているのかな?」


 所謂壁ドン?扉ドン?状態なのだが、明るはずの声音がとても恐ろしく聞こえるのは何故だろう。絶対に背後を振り向くわけにはいかない。冷汗が背中を伝うのがむず痒い。


「お、俺がここここにいるのはおかしいじゃないかーー。場違いだからジュリアを呼んで来ようかと」


 ズィーリオスを見ることなく、ドアノブを強く握りしめたまま扉に向かって喋る。すると、ズィーリオスがゆっくりと俺の背後から覆い被さるように密着してきながら、そっと優しく俺の両手を包み込む。たったそれだけの行動に、ドアノブを握りしめている両手の掌がしっとりと汗ばみ始め、しっかりと握りしめることが困難になりかけていく。


「ハハッ!そんなことする必要はないよ?だってこの場はリュゼのための場だからね?」
「お、俺?ナニイッテンノカナ?」
「全く。また話を聞いてなかったの?ダガリスとリンデンさんが、リュゼのために特別に用意してくれた場なんだよって話」
「ええ、そうよ!もっと早く話してくれれば、あなたのための特別な一着を仕立て上げたのに!そしてお兄さんってば、リンちゃんって呼んでと言ったのに!」


 リンちゃんこと、本名リンデンのオネエサンの応答する声が多くから聞こえる。いや、聞こえてます。ズィーリオスさん、そういう意味ではないのです。・・・分かっててやっているのだろうけど。

 優しく乗せるだけだったズィーリオスの両手に力が加わり、俺の両手をドアノブから引き離そうとし出す。それに対抗し両手の指同士を絡め、ドアノブを握る手の握力を上げる。勿論、部位強化もしっかりと施す。


「俺は遠慮するっ!!」
「遠慮しなくていいんだって。俺達にはお金はないけど、ドレス代はダガリスさんが受け持ってくれるんだってさ。タダで服がもらえるんだよ?」
「返す必要もないから、汚してしまうとかの心配はいらないぞ」


 ズィーリオスの言葉に、ダガリスが安心しろとでも言いたげに言葉を挿む。

 汚れる心配をしているんじゃない!!そうじゃない!!ダガリスっ、お前だって俺が嫌がっている理由は知っているだろっ!!

 その時、ズィーリオスも両手に部位強化を掛けてきた。やばい!やばい!引き剥がされるっ!!体全体に身体強化を全力で掛け直し、床に踏ん張り、両手を胸に抱え込むように体をドアノブに近づけて、扉に張り付く。そうでもしないと、いきなりシフトチェンジしたズィーリオスによって、体ごと俺を扉から引き離されそうになっているのだ。

 ドアノブ付近からミシミシと軋んだ音が僅かに聞こえる。さっさと壊れてしまえば良いのに。無駄に丈夫だな、この扉。

 やっぱり皆同じことを思ったのだろう。「あの扉、よく耐えているな」といった囁き声が身体強化をしたことによって、とても良く聞こえる。相変わらず性能半端ないな。って、そんなこと考えている場合じゃないっ!!


「ミシミシ言っているのが聞こえるだろっ!!ズィー、早く離せっ!!」
「それはリュゼのせいじゃん。リュゼが話を聞いてなかったのが悪いだろ。いつもいつも教えてあげるとは限らないよ」
「はあ!?あれは精霊王のせいだろっ!?」
「何言ってんの?リュゼの質問に答えただけでしょ」


 言い争う間も扉は未だ壊れる様子はない。無意識に精霊王と口走ったが、その瞬間ズィーリオスから魔力が迸り、結界のように俺たちを包み込んだので、周りに聞こえてしまうという失態を犯すことなかった。ありがたいんだけど!どうせありがた続きなら、俺から離れてくれませんかね!?ていうか本当にこの扉丈夫過ぎないか!?え?ダガリス、この扉というかこの部屋自体が立て籠もり用に作られているだと!?簡単には扉も壁も破壊出来ない!?ふざけんなーーーー!!!



「はー。まあでも、リュゼは女の子扱いされるのは嫌いだからね」
「そうだよっ!!知ってんのに酷くない!?」
「なら、こういう条件ならどうだ?」


 王女の凛とした澄んだ声が割って入る。その言葉に、両者の動きはピタリと止まった。
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