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謝罪と僅かな心の変化
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「俺はベイスから出る時、ダガリスにジュリアのことは任せろと言った。なのに俺は、ジュリアを守れなかった。俺が付いていながら、目の前で怪我をさせたんだ。本当にすまない」
部屋に沈黙が落ちる。やはり、怪我をした時の状況説明をした事でその理由を知って、ダガリスは怒っているのだろう。ジュリアの怪我は、俺が助ける前に負った怪我だと思っていたに違いない。先ほど、人魚のカップルから怪我をした時のことを聞いたとは言っていたが、俺もその場にいたとはきっと知らなかったのだ。俺を信頼して大事な孫娘を任せたのに、このざまだ。怒るのは当然の感情である。
「リュゼ殿」
ダガリスの声にビクりと肩が跳ねる。
「頭を上げてくれ」
そう言われても下げ続けていたが、何度か言われ続けたことで頭を上げた。
「結論から言おうか。俺は怒ってはいない。だから謝罪は受け取れない」
「しかしっ!「だってな?」」
反論しようとした俺の言葉にダガリスが重ねる。その穏やかな声音に、思わず口を閉じる。
「もしかしたらジュリアの命はなかったかもしれないし、あったとしても、もっと酷い事になっていた可能性だってある。それが軽傷で済んだんだ。それに俺としては、ジュリアの居場所の特定だけを頼むつもりだったんだ。いくら君でも、まだ子供なんだ。子供を1人で危険な人攫いのアジトに乗り込ませるつもりはなかったんだぞ?それなのに想像以上の結果を出してくれた。そして君の実力は大体把握している。そんな君が重症を負う程の相手2人を、たった1人で抑え込んでくれていたんだろ?だから俺は君に感謝しているんだ」
ダガリスのその思いがけない言葉に呆けてしまう。きっと今の俺はアホ面を晒しているのだろう。
「それにな?助けてくれたリュゼ殿に謝罪させた、とジュリアに知られてしまっては、俺が嫌われてしまう」
茶目っ気たっぷりにダガリスは言い放つ。その眼は、本当に純粋な気持ちを写してあった。
「そうか。怒ってないのか」
「ああ、そうだぞ」
良かった。本当に良かった。ダガリスの信頼を、俺は裏切らずに済んだのだ!
何度も何度も裏切られて来たからこそ、裏切られた側の気持ちは痛いほどに理解している。だから俺は、裏切り行為は絶対にしないと決めている。特に、俺を信頼し、信用してくれている人に対しては、絶対に裏切るような事はしたくない!
そう、決意し、俺の信念となったのだ。あの日、リュゼとして生まれ変わった時に。
強張っていた顔が綻ぶ。寝起きでフードなど被っていなかった俺は、素顔を晒していた事に気付いていなかった。そして、何度も心の中で安堵の言葉を繰り返していた俺は、一度見た事があるはずのダガリスの目が見開かれ、耳が僅かに赤くなっていた事にも気付いていなかった。
勿論、ポツリと呟かれた「本当に男かよ・・・」という言葉にも。
「うんうん。良かったな、リュゼ!」
「ちょっ!」
俺の謝罪騒動がひと段落ついた頃、ズィーリオスが俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。長く伸び、おろされた白い髪が、ズィーリオスの手の動きに従って揺れる。パシパシと顔に当たる髪の毛が鬱陶しい。
やっぱり切ろうかな。ここのギルドならハサミ、貸してくれるだろうか?うーん、ギルドに行くならフード被っていかなければならないから、怪しすぎて貸してくれないかな?不審者にハサミなんて貸さないのが常識だもんな。あれ?俺、剣という、ハサミよりも物騒な物持ってるな。ん?なら、ただでさえフード被った不審者なのに、さらにグレードアップして物騒な不審者になるのか?そしたら大概の冒険者はみんな物騒な不審者・・・。あっ、冒険者がみんな物騒な連中なのは当たり前だった。物騒なのは許されても不審者は許されないのか。そもそも、この街の中でもずっとフード被っているから、ギルドだろうがどこだろうが不審者だな。うん。今は不審者じゃないけど!だってフード被ってないし!
武器(剣)<ハサミ
フード=不審者
という方程式が頭の中に確立した時には、ズィーリオスのわしゃわしゃ攻撃は既に止んでいた。
『そうねぇ。あれだけ心配していたんだものぉ。本当に良かったわねぇー!リュゼェ』
「ああ、そうだな」
「心配していたからこその、先ほどのあの行動だったんだな。そうか!そうっ!・・・か」
柔和な表情で俺に視線を向けていたズィーリオスが、突如として何かに気づいたようだ。驚愕を露わに目を見開いたまま、何とか口だけを動かして、最後まで言い切る。
何があったのか全く分からない俺とダガリスは、おかしな反応をしたズィーリオスに視線を向けた後、お互いに顔を見合わせるが、ダガリスも何があったか分かっていないようだ。困惑したままズィーリオスに顔を向けると、実はダガリスは女でした!とでも言われたかのような、信じられないとでも言いたげな顔だった。
本当に何があったんだ?
訝しげに思いながらも、とりあえず状況把握のためにズィーリオスに質問しようと口を開きかけたが、ガシッ!とズィーリオスに両肩を鷲掴みにされ、言葉を飲み込む。
『今の言葉は事実!?』
『えっ、うん。そうだけど』
ズィーリオスが念話で話しかけてきたので、条件反射で同じく念話で答える。めちゃくちゃ圧が凄い。ズィーリオスの金の瞳がキラキラではなく、ギラギラしてる錯覚すら覚えそうだ。それぐらいに圧が凄い。
『精霊王が言った言葉だよ!?』
『だからそうなんだって・・・』
タジタジになりながらも答える。目を合わせてられず、スッと逸らす。が、それを許してもらえず、覗き込まれてしまう。それも更に逸らして逃げると、両肩に置かれていたズィーリオスの両手が、俺の頭をガッチリと固定し、俺は動けなくなってしまった。
何なんだ、この状況。俺が何をしたというんだ。何かおかしなことを言ったか?第三者に見られたら、絶対に変な勘違いする奴がいるから。第三者がいなくて良かっ・・・って違うな。ダガリスがいるんだった。何とか自由な目だけを動かし、ダガリスの様子を窺うと、目をあちらこちらに彷徨わせ、かなり狼狽えている。時折、チラチラとこちらを見てくるのはやめていただきたい。視線が鬱陶しい。
『本当に、ジュリアのこと心配してたんだね!?』
俺の注意がダガリスに向いていると、ズィーリオスの声が聞こえてきたので、慌てて意識を向ける。そして、注意が逸れていたことがバレないように、間髪入れずに返答する。
『ああ』
『そっかー!』
えっ。なにその、冤罪死刑が確定無罪に変わったかのような安堵の表情。はっ!まさか!!まさか!!ズィーリオス、ものすっごい勘違いをしているんじゃないか!?大人であれば6歳は問題のない年の差とはいえ、現状一回りも年上なんだぞ!俺は小さな可愛い子は好きだが、ロリコンではない!!断じて違う!俺は危ない奴などではない!!
考え至ったズィーリオスのありえない思考の可能性に、慌てて否定しようとした瞬間、ズィーリオスから飛び出した言葉に俺の思考が止まる。
『“心配”したんだね。“他人”に』
その言葉に込められた意味に気づいた。その言葉が指す状況に気づいた。
この俺が、レオナードやシゼルスなどの完全なる仲間以外の“人”に対し、“心配”という感情を抱いたということだ。他人の事などどうでもいいと思っていたはずなのに。そのはずだ。なのに何故?
レオナード、シゼルスの2人とジュリアは違う。あの2人は、変わってしまった俺でも信じてくれると、受け入れてくれたから俺も受け入れることが出来た。元から2人の事を知っていたこともあるのだろうが。けれど、ジュリアは違う。俺はジュリアの事をほとんど知らないし、ジュリアだって俺の事など知らない。俺に興味すらないだろう。けれど俺は、ジュリアの事を“心配”していた。それは紛れもない事実だ。
今だって他人がどうなろうと、どうでもいいと思っている。その考えに変わりはない。では、ダガリスが怪我をしたら心配するだろうか?分からないな。そもそもダガリスが心配するほどの怪我を負う可能性を想像出来ない。ジュリアだけなのだろうか?
人が嫌いになったから、聖域に籠り、過ごしていた。そうすれば、人と関わらずに済むから裏切られずに済む。そう思っていた。ズィーリオスに引きつられ旅に出ることを決めた時も、人となるべく関わらずに過ごすことを考えていた。最低限の付き合いだけで済まそうと考えていた。
最近の出来事を回想する。
人と関わりすぎたのだろうか。
顔を上げると、ズィーリオスがダガリスにどういう説明をしたのかは分からないが、両者はとても穏やかな表情で談笑していた。
ダガリスは笑顔で、ジュリアは無事。
俺にとっては仲間ではない、どちらかというと協力者であるダガリスからの信頼に応えた。ジュリアを心配していた。
無意識に僅かに口角が上がる。
他人に信頼され、心配するというのも、・・・別に悪くない。
部屋に沈黙が落ちる。やはり、怪我をした時の状況説明をした事でその理由を知って、ダガリスは怒っているのだろう。ジュリアの怪我は、俺が助ける前に負った怪我だと思っていたに違いない。先ほど、人魚のカップルから怪我をした時のことを聞いたとは言っていたが、俺もその場にいたとはきっと知らなかったのだ。俺を信頼して大事な孫娘を任せたのに、このざまだ。怒るのは当然の感情である。
「リュゼ殿」
ダガリスの声にビクりと肩が跳ねる。
「頭を上げてくれ」
そう言われても下げ続けていたが、何度か言われ続けたことで頭を上げた。
「結論から言おうか。俺は怒ってはいない。だから謝罪は受け取れない」
「しかしっ!「だってな?」」
反論しようとした俺の言葉にダガリスが重ねる。その穏やかな声音に、思わず口を閉じる。
「もしかしたらジュリアの命はなかったかもしれないし、あったとしても、もっと酷い事になっていた可能性だってある。それが軽傷で済んだんだ。それに俺としては、ジュリアの居場所の特定だけを頼むつもりだったんだ。いくら君でも、まだ子供なんだ。子供を1人で危険な人攫いのアジトに乗り込ませるつもりはなかったんだぞ?それなのに想像以上の結果を出してくれた。そして君の実力は大体把握している。そんな君が重症を負う程の相手2人を、たった1人で抑え込んでくれていたんだろ?だから俺は君に感謝しているんだ」
ダガリスのその思いがけない言葉に呆けてしまう。きっと今の俺はアホ面を晒しているのだろう。
「それにな?助けてくれたリュゼ殿に謝罪させた、とジュリアに知られてしまっては、俺が嫌われてしまう」
茶目っ気たっぷりにダガリスは言い放つ。その眼は、本当に純粋な気持ちを写してあった。
「そうか。怒ってないのか」
「ああ、そうだぞ」
良かった。本当に良かった。ダガリスの信頼を、俺は裏切らずに済んだのだ!
何度も何度も裏切られて来たからこそ、裏切られた側の気持ちは痛いほどに理解している。だから俺は、裏切り行為は絶対にしないと決めている。特に、俺を信頼し、信用してくれている人に対しては、絶対に裏切るような事はしたくない!
そう、決意し、俺の信念となったのだ。あの日、リュゼとして生まれ変わった時に。
強張っていた顔が綻ぶ。寝起きでフードなど被っていなかった俺は、素顔を晒していた事に気付いていなかった。そして、何度も心の中で安堵の言葉を繰り返していた俺は、一度見た事があるはずのダガリスの目が見開かれ、耳が僅かに赤くなっていた事にも気付いていなかった。
勿論、ポツリと呟かれた「本当に男かよ・・・」という言葉にも。
「うんうん。良かったな、リュゼ!」
「ちょっ!」
俺の謝罪騒動がひと段落ついた頃、ズィーリオスが俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。長く伸び、おろされた白い髪が、ズィーリオスの手の動きに従って揺れる。パシパシと顔に当たる髪の毛が鬱陶しい。
やっぱり切ろうかな。ここのギルドならハサミ、貸してくれるだろうか?うーん、ギルドに行くならフード被っていかなければならないから、怪しすぎて貸してくれないかな?不審者にハサミなんて貸さないのが常識だもんな。あれ?俺、剣という、ハサミよりも物騒な物持ってるな。ん?なら、ただでさえフード被った不審者なのに、さらにグレードアップして物騒な不審者になるのか?そしたら大概の冒険者はみんな物騒な不審者・・・。あっ、冒険者がみんな物騒な連中なのは当たり前だった。物騒なのは許されても不審者は許されないのか。そもそも、この街の中でもずっとフード被っているから、ギルドだろうがどこだろうが不審者だな。うん。今は不審者じゃないけど!だってフード被ってないし!
武器(剣)<ハサミ
フード=不審者
という方程式が頭の中に確立した時には、ズィーリオスのわしゃわしゃ攻撃は既に止んでいた。
『そうねぇ。あれだけ心配していたんだものぉ。本当に良かったわねぇー!リュゼェ』
「ああ、そうだな」
「心配していたからこその、先ほどのあの行動だったんだな。そうか!そうっ!・・・か」
柔和な表情で俺に視線を向けていたズィーリオスが、突如として何かに気づいたようだ。驚愕を露わに目を見開いたまま、何とか口だけを動かして、最後まで言い切る。
何があったのか全く分からない俺とダガリスは、おかしな反応をしたズィーリオスに視線を向けた後、お互いに顔を見合わせるが、ダガリスも何があったか分かっていないようだ。困惑したままズィーリオスに顔を向けると、実はダガリスは女でした!とでも言われたかのような、信じられないとでも言いたげな顔だった。
本当に何があったんだ?
訝しげに思いながらも、とりあえず状況把握のためにズィーリオスに質問しようと口を開きかけたが、ガシッ!とズィーリオスに両肩を鷲掴みにされ、言葉を飲み込む。
『今の言葉は事実!?』
『えっ、うん。そうだけど』
ズィーリオスが念話で話しかけてきたので、条件反射で同じく念話で答える。めちゃくちゃ圧が凄い。ズィーリオスの金の瞳がキラキラではなく、ギラギラしてる錯覚すら覚えそうだ。それぐらいに圧が凄い。
『精霊王が言った言葉だよ!?』
『だからそうなんだって・・・』
タジタジになりながらも答える。目を合わせてられず、スッと逸らす。が、それを許してもらえず、覗き込まれてしまう。それも更に逸らして逃げると、両肩に置かれていたズィーリオスの両手が、俺の頭をガッチリと固定し、俺は動けなくなってしまった。
何なんだ、この状況。俺が何をしたというんだ。何かおかしなことを言ったか?第三者に見られたら、絶対に変な勘違いする奴がいるから。第三者がいなくて良かっ・・・って違うな。ダガリスがいるんだった。何とか自由な目だけを動かし、ダガリスの様子を窺うと、目をあちらこちらに彷徨わせ、かなり狼狽えている。時折、チラチラとこちらを見てくるのはやめていただきたい。視線が鬱陶しい。
『本当に、ジュリアのこと心配してたんだね!?』
俺の注意がダガリスに向いていると、ズィーリオスの声が聞こえてきたので、慌てて意識を向ける。そして、注意が逸れていたことがバレないように、間髪入れずに返答する。
『ああ』
『そっかー!』
えっ。なにその、冤罪死刑が確定無罪に変わったかのような安堵の表情。はっ!まさか!!まさか!!ズィーリオス、ものすっごい勘違いをしているんじゃないか!?大人であれば6歳は問題のない年の差とはいえ、現状一回りも年上なんだぞ!俺は小さな可愛い子は好きだが、ロリコンではない!!断じて違う!俺は危ない奴などではない!!
考え至ったズィーリオスのありえない思考の可能性に、慌てて否定しようとした瞬間、ズィーリオスから飛び出した言葉に俺の思考が止まる。
『“心配”したんだね。“他人”に』
その言葉に込められた意味に気づいた。その言葉が指す状況に気づいた。
この俺が、レオナードやシゼルスなどの完全なる仲間以外の“人”に対し、“心配”という感情を抱いたということだ。他人の事などどうでもいいと思っていたはずなのに。そのはずだ。なのに何故?
レオナード、シゼルスの2人とジュリアは違う。あの2人は、変わってしまった俺でも信じてくれると、受け入れてくれたから俺も受け入れることが出来た。元から2人の事を知っていたこともあるのだろうが。けれど、ジュリアは違う。俺はジュリアの事をほとんど知らないし、ジュリアだって俺の事など知らない。俺に興味すらないだろう。けれど俺は、ジュリアの事を“心配”していた。それは紛れもない事実だ。
今だって他人がどうなろうと、どうでもいいと思っている。その考えに変わりはない。では、ダガリスが怪我をしたら心配するだろうか?分からないな。そもそもダガリスが心配するほどの怪我を負う可能性を想像出来ない。ジュリアだけなのだろうか?
人が嫌いになったから、聖域に籠り、過ごしていた。そうすれば、人と関わらずに済むから裏切られずに済む。そう思っていた。ズィーリオスに引きつられ旅に出ることを決めた時も、人となるべく関わらずに過ごすことを考えていた。最低限の付き合いだけで済まそうと考えていた。
最近の出来事を回想する。
人と関わりすぎたのだろうか。
顔を上げると、ズィーリオスがダガリスにどういう説明をしたのかは分からないが、両者はとても穏やかな表情で談笑していた。
ダガリスは笑顔で、ジュリアは無事。
俺にとっては仲間ではない、どちらかというと協力者であるダガリスからの信頼に応えた。ジュリアを心配していた。
無意識に僅かに口角が上がる。
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