はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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疲労

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 いったい、いつからだ?いつから2人は土人形になっていたんだ?

 唯一残っていた犯人が、俺たちの目の前で土人形となって崩れ落ちた。他の犯人達は、俺が殺してしまっているから、もうここには存在しない。ああ、やってしまった。

 ゆっくりと目だけを動かして、ダガリスの様子を窺う。眉を寄せて皺を作っていた。人魚の王女の方にも視線を向けてみると、片眉のみを上げて、崩れ落ちた土の残骸を睨みつけている。折角のお綺麗な表情(かお)が物凄いことに・・・、あっ、俺は何も見てません!
 王女から向けられた視線を合わないように逸らして、そっぽを向く。


 カツ、コツ、と近づいて来る気配を感じる。きっと近くにいるダガリスに用があるんだろう。この場にいる人間の中で一番地位の高い人物だしな。そっと、ダガリスとすれ違う様に気配から反対側へ移動を・・・。あ、おい、ダガリス。なんで進行方向に立ち塞がる?しかも移動出来ないように、両肩を鷲掴みするんじゃない!

 抗議をしようと視線を上げてその顔を覗きこもうとしたが、その前に足音が背後でピタリと止まった。げっ!?と僅かに身構え、硬直した瞬間に、グイっと肩を回される。視界が横に流れ、体ごと勢いのまま振り返ることになる。

 ピタリと止められた目の前にいたのは、近づいて来ていた気配の人物、王女本人であった。


 引き攣りそうになる頬を気合で抑え込み、ゆっくりと首を上へと傾ける。一切の感情の読めない目がこちらを見下ろしていた。



「・・・・・・・・・・?」


 なんの用だろうか?というか、ダガリスに用があるのじゃないのか?なぜ俺がダガリスと王女の間にいるのだろう?あっ!もしかして、ダガリスの盾にされている!?王女、冷たい印象を与える表情(かお)だものな。ダガリスとは相性悪そうだし・・・・なんとなく?


「お前、あの男たちと知り合いなのか?」


 王女が口を開く。俺に向けた視線はそのままで。




 うん、やっぱり気のせいではなかったようだ。


 完璧俺に対して用があるじゃんか!ダガリスじゃないのかよ!ダガリスでいいじゃないか!


 ・・・・まぁ、今の王女の言葉から、俺に質問した理由もよくわかったけれども。俺にしか答えられない質問だけれども!



「知らない。今日初めて会った」


 ただひたすら見下ろしているだけの王女の視線に耐え切れなくなり、ボソッと答える。答えたと同時に、未だに俺の両肩を掴んでいたダガリスに力が入ったのを感じる。

 指が食い込んでいる。でも痛くはない。肩のマッサージで、指圧された状態で止まっているかのようだ。

 出来ればもう少し、親指を肩甲骨の上からずらして、首の付け根の背骨側に移動して指圧してほしいな。魔法を使うよりも肉体労働が多いからか、首から肩にかけてが特に凝るんだよなー。首を回すだけでバキバキ鳴るし。子供の体なのに、なんでなんだろう?まだ俺は若いぞ?ピッチピチだぞ?前世よりも断然・・・・・、前世も10代の若者だった。今とそこまで歳の差はないな。それに・・・よくよく考えると、首、肩が凝っていたのは前世の頃の話だな。今はこの体が丈夫で、慢性的に凝るという不調は起きたことはなかった。体がバキバキなのは・・・地面で野宿して寝ていた時ぐらいか。そう、いつも通りに12時間ぐらい・・・。
 

 最近はジュリアがいて睡眠時間が短くなったり、ダガリスの家の客室のベッドで寝ていたからバキバキ鳴ることはなかったんだな。なるほど。やっぱり地面で眠るのは体に悪いんだな。寝袋じゃなくてベッドを買うべきだったか!


「・・・・・おい」


 ふと、すぐ目の前から聞こえた声に、ボーっとぼんやりと遠くを見ていた視線を向ける。

 あっ。人魚の王女がいるんだった!えーっと、何の話をしていたんだっけ?快適な睡眠方法について・・・じゃない、んーっと。


「肉体年齢と慢性疲労による「凝り」との関連性について?」
「「はぁ?」」


 思考が口から飛び出る。直後、前後から男女のハモった声が聞こえた。


「お前は何を言っているんだ?」


 後ろからの呆れたとでも言いたげなダガリスの声に首だけ振り返ると、溜息を吐きながら頭を左右に振っていた。

 あれ?違った?ああぁ、そうだ。確かに、こんなどこぞの大学生の卒論みたいなタイトルが付きそうな話はしていなかったな。高校生で人生終了しているから、卒論がどんなものかは分からないけれど。難しそうだよなー、卒論って。もっと難しそうなタイトルを卒論には付けるべきなのだろうか?どういうタイトルが卒論っぽくなるんだ?


「・・・なるほど。ズィーリオス殿が言っていた「リュゼは意識がすぐ飛ぶ」という忠告は、何も寝入ることではなく、このことを指してしたのか」


 ボソッと呟かれたダガリスの言葉の中にあったズィーリオスの名前を拾い取り、いつの間にか俯き、手を顎に当てていた体勢から振り返り聞き返そうとしたが、俺のその動きよりも早く、ダガリスが両肩に置いていた両手を離し、右腕で俺をホールドして身動きが取れないようにし、左手で口を塞がれた。


「ん!?んんっ!?」


 これは先日、ジュリアにしていたやつだな!それはジュリア専用だろ!俺は適応外だろ!?ダガリスの両腕を引き剥がそうと、叩いたり引っ張ったりと抵抗するがビクともしない。本気で抵抗すべきか?

 身体強化を強めに掛けようと、体内に循環させている魔力量を増やそうとした瞬間、ゾクッとした寒気を感じて本能的に一切の抵抗を放棄する。


「王女殿下。申し訳ないですが、貴女方の同胞たる王子殿下とその婚約者殿を救った立役者として、この者の無礼を許してくれないでしょうか?」


 ダガリスが敬語を使っている!?ダガリスがダガリスらしくない!気持ち悪っ!!って痛ぁ!わ、わかったから!俺が悪かった!!し、締め付けないでくれ!死ぬーぅ!・・・はあ、はぁ。なんだよ。心の声でも聞こえるのかよっ!ってやばっ。大人しくしないと、今度こそ死ぬ!筋肉マッチョなおっさんの腕の中で死ぬなんてまっぴらごめんだ!!

 俺は動かない。人形、いやマネキンのように。動かない。動かない。動かない・・・。


「・・・・・・良いだろう。ただし、詳しい事情は後ほどきっちりと聞かせてもらう」
「勿論です」


 息を顰めて完璧なマネキンに成りきっていると、ダガリスと王女は話し合いがついたらしく、地上へと戻るようだ。どうやら人魚の王女は俺への質問は取り止めたらしい。チラリと視線を寄越した後、振り返ることなく同胞たちの下へと戻って行く。そこで何人かに何事か指示を出していく。そして、それ以外の人員と、やっと落ち着いてきたバカップルを率いて地上へ戻って行った。

 あのカップルは一体ここをどこだと思っていたんだ?イチャイチャするなら状況を考えてほしいものだ。別に俺が死にかけてマネキンになっていた時に、2人だけの世界に入り込んでラブラブしているを妬んでいるわけではない。状況を良く考えろってだけなんだ!王女たる姉がやって来たというにも関わらず、あの王子は自分たちの出る幕が無いと悟った途端に、婚約者に構いだしたんだ。もう、ほんと、異様な光景だった。


 はぁーーーーーー。今日は肉体的にも精神的にも疲れた。それにもう、周りの人たちの話を聞いている限り、日が明け始める頃合いらしい。眠い。疲れた。寝よう。そうしよう。さっさと帰って眠るぞ!


「ダガリス。早く帰ろう。もう眠い。寝たい。寝て良い?」
「待て!わかった、直ぐに戻ろう。だからここでは寝るなよ?」


 拘束を解いたダガリスに簡潔に要求する。あまりの疲労から言葉も端的になっているが、伝わっているから問題はないだろう。・・・幼児っぽくても。


 ふらつきながらもダガリス達と共に地上へ上がる。そこには色々と作業中の兵士たちがうじゃうじゃしていた。が、俺たちがダガリスの団体さんだからか、ぶつかることなく間を通り抜けることが出来た。

 通り抜けた先には馬車があった。既にダガリスの腕の中で可愛らしい寝息を立てていたジュリアが乗せられ、俺もジュリアと一緒に乗せて行ってもらえる事になった。ジュリアの対面の座席にもたれ掛かる。

 ダガリスも乗って来ると思ったがどうやら乗らないらしい。まだ仕事が残っているようだ。そりゃそうだった。さっき王女に後で話があるって言われていたもんな。


「今回はジュリアを助けてくれてありがとうな。ゆっくり休めよ。目が覚めたら色々聞かせてもらうからな?王女様もさっきの話の続きでやって来るようだし」
「え?」


 置き土産の様に、ダガリスが言うだけ言って馬車の扉を閉める。
 そのお土産、捨てちゃダメ?
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