はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

文字の大きさ
上 下
141 / 340

余裕な態度の理由

しおりを挟む
 アンドリューが口にしたヒントとやらを聞き終わると、王女の眉間に皺が寄り、横眼で彼女の背後の方に視線を送る。そこには、同じ人魚の者達がおり、その更に背後に人間たちがいた。アンドリューは、俺とその近くにいた王女、エリム、ダガリスにしか聞こえない程の小さな声でヒントを話していた。



 王女の少し離れた背後には人魚達がこちらの様子を窺う様に見ており、その背後にいる人間たちはやる気がなさそうに近くの者と話している者もおれば、真面目にこちらを見ている者、ボーっとしている者と様々な者がいた。



 ヒントの話、それはアンドリューが言う、今回の人攫いの本当の黒幕に通じるものだった。その関連として、ヒントからすぐに浮かび上がった答えが王女の視線の先にいた。王女と共に来ていた人間たち。その”所属先”である。



 実はここに来ていた人間は全てがダガリスの兵ではなかった。そもそも、ダガリスがこ・こ・でそのような大勢の兵を動員できるわけがない。



 ここはダガリスの領外。別の領主の治める領地だ。いくら犯罪者が入り込んだ場所であり、領主たるダガリスの孫娘の奪還および、人魚達の救出のためとはいえ、領軍を全て動員する事は侵略行為と捉えられかねない。この街に侵略しに来たのではないのだ。



 その為ダガリス曰く、一部の兵のみを引き連れてきた様で、残りはズィーリオスと共に領地に残っているらしい。だからズィーリオスはここには来ていないようだ。



 そして、兵を一部とは言えこの街に引き連れてくるということで、ここの領主とひと悶着あったらしい。到着が遅くなったのはそれが原因だったようだ。その結果、ここの領軍の一部も連れて行く事で許可が出たのであった。



 だから今、王女の視線の先にいるのが、同じ人間とはいえ別の領主の兵たちがいるのだ。その様子を見る限り、ほとんどの者達が緊張感もなくだらけている。何名かはきちんと仕事をしようとしているようだが、その仕事はどうやら犯罪者たちの後始末ではなく、ダガリスや人魚達の動向を見張っているだけの様に見える。自分たちの領地内で犯罪が起きたというのに、あまりにも他人事のような反応だ。



 それも、同じ国の1つの領地の者とはいえ、国としての存在を保っている人魚達を巻き込んでいるにも関わらずだ。共和国制をとっているのだから、内乱と言う名の独立戦争になりかねない。いや、下手したら種族間の戦争に発展しかねない事件だったのだ。なのになぜ、ここの兵たちはこんな状態なのだろう?



 人魚対この領地の人間、という争いの可能性をあったにも関わらず。まるで自分たちの領地は人魚達とは争うことはないとでも考えているかのようだ。ここの街も当然のことながら、人魚達と交易がある。その交易が止まるかもしれないという不安は感じないのか、それとも、止まったとしても問題ないと感じているのか。はたまた、それすら考えつかないような領主なのか。













 ただ分かったのは、ここの領主、ラダーガ・ベンとダガリスはあまり仲が良くないということだ。仲が良くないと言うよりも、ラダーガが一方的にダガリスを毛嫌いしているらしい。ダガリス本人は、特にラダーガに対して何か嫌うことがあるわけでもないようだ。2人と特に接点はなく、あるとするならば、領主としての国の話し合いの時に、他の領主たちも含めて参加する会議の時に会うぐらいらしい。それ以外に接点は無いとのこと。だからこそ、ダガリスも何故嫌われているのか分かっていないみたいだ。



 そんな関係だからこそ、ベンの兵がダガリスを監視している要因でもあるように思える。ダガリスのことだから、その会議の席で何かやらかしたのではないかと思ったが、その場合は大抵、盟主が両者を取り成すとのことだ。そんな事はなかったようで、その為余計に、何故そうなっているか疑問となっている。





 役に立たないだろうベン領の兵たちは放置し、ダガリスの兵たちだけが物言わぬ肉塊となった犯罪者たちの成れの果ての姿を片付けていく。来た道を戻りながら地上へ運んでいくようだ。半分近い数のダガリスの兵たちがいなくなっていく。





 そして残りはアンドリューとザスの身柄の護送だけだ。彼らが人魚達とジュリアに使っていたものと同じ魔封じを付けての護送を行うために、手錠型の普遍型魔封じが用意されていた。それは、外に大半の兵と共に一緒に出て行ったライナーがつけていたものと同じものだった。



 魔封じを付ける役目はどうやらエリムの仕事のようだ。エリムが魔封じの手錠を手にしてザス達に近づいて行く。どんな効果のある魔封じか知っているはずだが、それでも相も変わらず不敵な余裕の笑みを浮かべていた。



 エリムはエルフであり、王女と共にいつのだからそれなりに戦う術も持っているだろう。手錠が付けられる瞬間にでも逃げ出そうとしても、種族的にエルフであるエリムの方が魔力の動きに関しては敏感だ。魔法を行使しようにも直ぐに気づかれるだろう。それに、剣の腕のみで考えれば、ダガリスがいる。例え、素早いい近距離からの攻撃を行おうとしても、ダガリスがピリピリとしながら威圧を含めて監視している状態では逃げ出すことは無理だ。



 それなのに、もう自由ではなくなるのが目の前に迫っても、アンドリューが焦ることはなく、またザスはアンドリューを完全に信用しているようで、アンドリューが大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろうと言わんばかりに、自身の骨折部位を手当し自分の世界に入り込んでいた。全く不安そうな様子は見られない。







「詳しくは後ほど聞こう。場所を移動する。さっさとこの2人を拘束し連れて行くぞ」

「わかりました」





 王女が人魚達全員に向かって言い放ちながら、エリムがそれに答え、僅かに少しだけチラリと俺に視線を寄越す。



 何か聞きたい事があるような顔をしていたが、俺に対し口を開くことはなく、両腕を組んで顎先でエリムに対しザスとアンドリューを指し示した。





 エリムが持って来ていた魔封じに魔力を流しているのを横目に、アンドリューを見据える。何故、この状況になっていてもなお、そのように余裕ぶっているのが不思議でならなかった。考えても分からず、ついついアンドリューをジーっと見つめていた。





「そんな熱い視線を送られても困る。知らないうちは女装していたら女と勘違いしていただろうが、男だと分かっているからな。いくらお前がそんじょそこらの女よりも美少女でも、俺は男は無理だ」







 なるほど。虚勢でもなんでもなく、本当に余裕なんだな。・・・・・禿にしてくれよう。





 不穏な空気をまとった俺を見て、ダガリスが慌てて腕をひっつかみ、それ以上前に進むことを阻む。睨みつけ、視線に放せと気持ちを乗せて訴えるも、呆れ顔で首を横に振られる。そしてダガリスが視線で示したのが王女の方であった。



 王女がいるから動くな、とでも言いたいのだろう。うん。俺には関係ないね。



 ダガリスの腕を振り払おうとした時、エリムの準備が整ったようで、エリムがアンドリューに近づいて行っていた。眼前にエリムが入り込んでしまった為、前へと進もうとしていた脚を止めざるを得なかった。





 エリムがアンドリューを、王女の補佐官っぽい人魚の人たちのうちの1人がザスの、それぞれ両腕をとる。その時、アンドリューは自ら突き出すまではしなかったが、大人しく両腕をとられたが、ザスは痛みに耐えると言うよりも、心底嫌そうに顔を顰め、身を捻って抵抗をしたがそれも僅かな時間だった。





 ガシャン!



 なぜなら、ザスの腕をとった者が驚愕のあまり、手にしていた魔封じの手錠を落としてしまったからだ。



 それもそうだろう。







「また、次に会えるのを楽しみにしている」







 俺に視線を寄越しながらニヤリと片方の口角を上げ、そう告げたアンドリューが。





 手錠を掛けられた瞬間、土人形となり、手錠をすり抜け崩れ落ちていったのだから。そして、目を見開き、ほとんどの者達が思考停止している中、一部の立ち直りの早かった者達の目の前で、同じようにザスも土人形となり崩れ落ちた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

チートな親から生まれたのは「規格外」でした

真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て… これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです… +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-  2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます  時々さかのぼって部分修正することがあります  誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)  感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...