はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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2対1

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 暗闇が仄かな光によって払拭されているのは、俺の背後の十数メートル地点までだ。近づいて来るザスの背後には光球が存在しない。今まで通りに僅かな範囲のみを照らしている。俺の方を重点的に明るくしている。彼らの進行方向であり、俺が動いていた方向を。



 確かに、後方に下がることで暗闇の中に招きこもうとは考えていた。今の俺なら、例え再び闇のダンジョンに潜ったとしても、当時のズィーリオスのように明かりをつけることなく、移動や戦闘を行うことが出来るだろう。



 他の者なら視界を潰され行動が制限される暗闇の中で。









 彼らは俺が闇属性持ちだと思っている。しかし実際は属性なんて持ってなく、単純に精霊王の力だ。精霊王に戦闘の支援をしてもらい、俺は剣での接近戦闘のみに集中出来る状態だ。相手方は俺一人だと思い込んでいるのだから。



 しかし、精霊王にはあまり頼れない。





 契約していないからだ。





 またしてもここで契約がネックになる。”虫の知らせ”もどきのように魔力を渡すことは出来るが、それは使用し消耗した魔力の補給という形なのだ。それも補給中は精霊王が別の魔法を使えない。



 使いものにならなかったのは記憶に新しい。



 それだけでなく、やはり契約をしていない精霊となるとかなり制限が掛かる。ここぞという時だけ手を貸してもらうか、省エネタイプの魔法で手数を多めに貸してもらうか。





 いや、向こうには光属性がいるんだった。何度も同じ手は通用しないだろう。



 こちらの攻撃が効果的なものだったのなら、反対に、敵はこちらの細工を無効化する事も出来るのだ。力の強弱を考えれば圧倒的に精霊王に軍配が上がるが、今は契約していない事による制限に、省エネタイプの魔法となると、相手方がごり押しすればもしかしたら、精霊王に打ち勝つかもしれない。



 そのような危険は冒せない。やはり、ここぞという時に手を貸してもらうしかない。





 こちらに向かっているはずのズィーリオスがやって来るまで。





 イラついきながら近づいていたザスが、剣を上段に構えながら一瞬で目の前まで迫り来る。その動きに対し、咄嗟に剣を頭の高さまで柄頭を右斜め上に引き抜き、途中で両手を添えて刃先を左肩側へ向け、左半身を内側へ入れつつ、攻撃を受け流す。そのまま右足を軸とし、左足を引く様にして回りながら、返す刃で右袈裟切りをザスの後方から放つ。が、ザスは更に前へと踏みだし俺の攻撃を避ける。



 すれ違いの攻防は一瞬のことで。



 しかしその一瞬で両者の位置は入れ替わっていた。俺を挟み込む形で。





 その隙を逃がさないとばかりに後方から魔力の気配を感じ、即座に壁に張り付くように避ければ、俺が先ほどまでいた場所に何かが着弾した跡が残っていた。見た感じ威力は強くはなさそうだ。



 抵抗出来ないが、俺が自力で付いて来れるような怪我を負わせるつもりだったのだろう。それだけ手加減されている事が分かる。俺が人質を救出する過程、または救出した後はその程度では済まない可能性が高い。自己治癒能力を使えば多少の怪我は自力で治癒する事が可能だが、今まで切り傷や打撲、やけどといった軽傷しかその効果を試した事は無いので、骨折や肉体の一部損失といった重症まで治癒できるか分からない。



 無傷での人質救出は不可能だろう。多少の怪我は覚悟の上で、挑んだ方が良さそうだ。戦闘不能となる重症さえ気を付ければ・・・良い、のか。このぐらいの魔法攻撃なら魔力鎧で何とか防げそうだ。だが、手加減をなくして行けば、いつかは魔力鎧だけでは対応できなくなるだろう。それに、いくら怪我をしない可能性があると言っても、飛んでくる攻撃は鬱陶しい。魔力鎧を突破してくる攻撃をしてくる可能性もあるからこそ、魔法攻撃は無視しても良いとは言えないのだから。







 1人でさえ荷が重い相手を2人同時に、それも逃げ道のなくなった挟まれた状態で相手をしなければならない。けれど俺がここを抑えないと、彼らは逃げてしまう。攫ってきた人質と共に行方をくらませるだろう。それは何としても避けなければならない。増援が、ズィーリオスが来るまではせめて。



 これでも時間はそれなりに経過している。ズィーリオスが到着すれば、魔法でどうにか出来るだろう。それに2対2になるのだ。ズィーリオスがいて負ける気はしない。



 時間的は、そろそろズィーリオスが到着していてもおかしくない。だけど・・・なぜ念話が繋がらない?ズィーリオスはベイスの方向にいる。けれど念話に出ない。繋がらない。近場にいて繋がらないなどありえない。契約による繋がりにはなんにも問題を感じない。正常なはず。



 ザスの攻撃に注意を向けつつ、光魔法による攻撃は魔力を拡散させ、その魔力の流れから動きを感知し対応する。連携は見事の一言で、きちんと避け切れない攻撃による傷が次から次へと増えていくが、対応する形で次から次へと治癒していく。はたから見れば、硬い防御力を有しているように見えることだろう。



 闇属性と思われている俺が、治癒能力を有している事がバレてはいけない。普通、それは有り得ないのだから、皮膚が切れていく端から治癒していく速さでないとバレてしまうことだろう。



 前後に挟まれてからは無数の傷を作り、治癒していきながら、ただひたすら防戦一方で反撃する余裕がない。攻撃に転じようとすると、意識が僅かでもズレ、傷の治癒が今の速度より遅れてしまうことが予想できるため、反撃からの人質奪還よりも、防御に集中し、増援を待つ事にした。



 けれど、突如としてザスからの攻撃の手が止まる。それに合わせて魔法攻撃も止まった。





 その直後、俺の周囲を囲むように通路いっぱいの光の輪が現れ、俺はその内側に閉じ込められる。そして輪が小さくなり、縛り付けるように動きを封じられる。一瞬のうちに剣を持った腕ごと拘束された俺の眼前に、蹴り上げられかけているザスの脚が迫る。その脚先は俺の手元を狙っており、下から掬い上げるようにそのつま先が左手首に直撃する。





 ゴキッ。





 手首から嫌な音が響く。そして蹴り上げられた勢いのまま両腕ごと上に跳ね上がり、自身の剣の刃が眼前に迫る。時間だけが過ぎる展開に嫌気がさしたのだろうか。俺への攻撃に遠慮が無くなり出し、手加減を加えない攻撃へと変わった。





 本気で、潰しに来た一発。





 だが、未だにズィーリオスに念話が繋がらない状態ではあるが、俺もここまで来て諦めることは出来ない。蹴り上げられた腕の勢いに乗りながら、自身の後方へと飛び上がりつつ衝撃を受け流す。所謂バク宙だ。



 けれども、待ってましたとばかりに光の矢が飛んでくる。腕は拘束され、剣を振るえる状態ではあらず、空中ということもあり逃げることも出来ない。例え体を捻ったとしても命中するだろう軌道で飛んでいた。それは体の軸を捉えた回避不可能な必中の攻撃だった。





 そう、だ・っ・た・。





 それらはいきなり霧散した。光の拘束も、光の矢も。

 そして残されたのは、膨大な魔力の気配のみ。



 魔法を放っていた細身の男は驚愕し、身動ぎすることなく停止する。更にダメ押しとして用意していたザスの攻撃は、その異常事態に攻撃に描いていた軌道を強引に停止させる。





 俺は光の矢に体を突かれることなく地面に立っていた。拘束が解かれ、自由となった状態で。





 あの一瞬の浮遊の時、一気にその莫大な魔力を利用して、強引に魔法を消滅させたのだ。





 けれど、もろに攻撃を受けた左手首は赤く腫れ、だらりと力なくブラブラしていた。そして、右腕一本で剣を構える。



 左手首は激痛が走っていた。苦痛に顔を歪めながら、それでも剣を構える。







 左手首は完全に折れてしまったようだった。
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