はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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仕掛けた一手

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「はぁっ!はーっはーっ!まさか今のが”虫の知らせ”か!?マズイ!ザスの奴に知らせに行かないと!」





 寝台から飛び起きたライナーは転げるように部屋の扉まで移動し、はっと立ち止まる。ドアノブに伸ばした手をそろそろと引き戻しながら、反対の手でその腕を抱え込む。





「いや、知らないフリしていた方が良いんじゃ・・・。”虫の知らせ”ならあの少年が来るってことだ。なら俺が何も言わない方が、お嬢を助けてもらえ・・・いや、”虫の知らせ”だからこそダメだ!あの場に俺とザスの奴がいたってことは、結局あの通りにザスがあの少年・・・リュゼ君を切ることになってしまう。アイアンゴーレムを相手取って無傷な程の奴なら無事にお嬢を・・・。でも、流石にザスの奴には勝てはしないはずだ。なら、後ろからの襲撃でなく正面切ってであれば、リュゼ君でもどうにか出来るか?クソッ!とりあえずザスのところに知らせに行かねぇと!このままではリュゼ君が殺されてしまう!」





 部屋の中をぐるぐると歩き回りながら、ブツブツと呟くライナー。そして何かの判断を下して直ぐ、躊躇っていたドアノブに今度は躊躇いなく手を伸ばし、力任せに開こうとした瞬間、静かな夜に轟音が鳴り響き、地下の一室であるこの部屋自体が揺れ出す。



 その様子に何かを察知したライナーは顔を真っ蒼にし、慌てて扉を叩きつけるように開き、脚をもつれさせながら部屋を飛び出した。







 いつの間にかそこにいて、そして消え去った魔力の塊の存在に気付くこともなく。











































『・・・中に入らないのぉ?』

『だった』





 戻って来た精霊王の言葉で我に返る。物陰に隠れていた俺は気配を消しながら、崩壊した建物の内部に侵入する。そして、魔力をまき散らしながら、ジュリアの居場所を探し出し、そこへ向かって一目散に駆け出す。











 ”虫の知らせ”の通りなら・・・。

 ライナーが観た”夢虫の知らせ”の内容では、ここから始まり、俺が背中を切られて終わった。本当にソレが”虫の知らせ”であるならば、そうなっただろう。







 ”虫の知らせ”とは風属性持ちの中にたまに現れる力のことだ。その名の通り、良くないことが起こりそうと感じる能力である。その能力は人によって発現の仕方が違ってくる。ライナーのように夢の形で発現する者もいれば、白昼夢として表れたり、また音の形だけで発現したりと様々だ。



 しかし、1つ共通していることとして、その発現した内容は必ず現実となるということだ。それは一種の予知能力と言える。



 だが、それは誰が発現するかも、いつ発現するかも分からない。発現した人の中でも、人生で1回だけしか発現しない人もいれば、何度も発現する人もいる。その基準は分かっていない。そしてそれは、自分の意志で発現させることが出来ない能力だ。



 だから今回は、その能力を利用した。コントロール出来ない能力だからこそ、それが起きたように見せればいい。そう、思い込ませてしまえばいい。





 屋根の上から倉庫内を窺っていた時に感じた気配は、ざっと見繕って50人程の人がいるようだった。そんな数の敵を、精霊王がいるとはいえ1人で相手取るわけにはいかない。こちらは攻撃手段が剣しかないのだ。そんな俺が有象無象を相手にしていたら、その隙に主犯格の人にジュリア共々逃げられてしまう。



 そうなれば敵方は更に警戒し、ジュリア奪還の難易度が上がってしまうだけだ。それは仕事が増えるということ。俺はそんな労力を払いたくない。



 そこで俺は考えた。相手取るかどうかに限らず、対峙する敵の数自体を減らしてしまえばいいと。そして、逃げ道を確保したうえで、ジュリアや他にいるだろう人質を奪還しやすく、守りやすい状態にする方法を。





 まあ、奪還も人質の護衛も、若干難易度が上がった気がするが、逃げ道の確保が出来ることが重要だった。だから俺が踏ん張ればいいだけの話だ。全体的な難易度は下がる。





 そこで俺は精霊王に協力してもらい、倉庫内にいるライナーに偽の”虫の知らせ”を仕掛けた。精霊王の力による”悪夢”の魔法を応用して。



 本来、悪夢の魔法は、対象者の深層心理に入り込み、その対象者が最も感じる恐怖を夢として映し出す魔法だ。それを術者の意図する形で発動させたのが、今回の悪夢の魔法の応用の形であった。





 契約状態でもない今の段階で、”悪夢”の魔法はかなり魔力を消費するようで、現在は魔力を拡散させて把握した内部構造を基に、ジュリアの居場所ではない別の目的地に向かって、建物内を駆け回りながら、精霊王に絶賛魔力提供中である。





『やっぱりリュゼの魔力は良いわぁ!』

『それは良かった』





 俺の方に体を正面に向けているせいで後ろ向きに飛んでいる精霊王が、恍惚として両腕で自身の体を抱き締めながら身悶える。その豊満で美しい肉体を目の前で強調しないでほしい。目に毒だ。視線がその形の良い柔らかそうな部分に吸い寄せられてしまう。壁に激突してしまったらどうしてくれるんだ。





 脚にブレーキを掛けながら、なるべくスピードを落とさずに角を曲がり切る。今のところは敵がいない通路を通りつつ、その敵が集まっている方向とは逆の方向に駆けている為、俺がここまで侵入していることは誰も気付いていないだろう。





 予定していた通路に入り込み、その先へ進む。ここから先は枝分かれする通路のない1本道。この辺りは普段使う通路でないからか、明かりは全くなく真っ暗だ。しかし暗い地下道でも、魔力による状況把握が出来るので全く問題はない。走るスピードを落とすことなく駆け抜け、それなりの距離を進んだところで立ち止まる。





 通路の幅は、人が2人横並びでぶつからずに歩ける程度だ。高さは大体2メートルぐらいか。剣を振り回すには窮屈な場所だ。でもそれは相手も同じ。むしろ、まだ体格の小さい俺の方が動き回りやすい。





 気配を消し、闇の中に潜み、その時を待つ。



 今まで自分がやって来た方向を向いて、そこからやって来る気配を探りながら待ち続ける。きっとここに、奴等はジュリアと他の捕まった人達を連れてやって来るはずだから。あれだけ派手に襲撃を演じたのだ。これまで人魚達にも、ダガリスにも、その方法を感知されずに活動していた奴等なら、きっと、この通路に”逃げて”来る。だからその時まで待つ。





 攫った人達がいる状態で、さらに一太刀とは分からずとも、建物を真っ二つに出来るような敵が襲い掛かって来た状況で、攫った人たちを連れて逃げないという選択をするだろうか?



 否、危険を冒してまでそのようなことを仕出かしたのだから、まだ敵が眼前に迫っていない状態で迎え撃とうとはしないだろう。引き連れて逃げる。そしてその時、多くの者達が捨て駒として、主格の者と攫われた者達が逃げるための時間稼ぎに使われるはずだ。



 ならばそれらの者達がいない場所。逃げる主犯格達が使う逃げ道に先回りしてしまえば、そんな者達に鉢合わせなくていい。





 そう判断出来たのは、ここが入り組んだ地下道の中で、最も倉庫から離れた場所の地上に繋がる出口への通路だから。地上へ繋がる出口への通路はいくつもあった。しかしその主犯格達が、近場の出口から逃げるだろうか?



 逃げないはずだ。まず間違いなく、最も離れた場所の出口を使うだろう。地上に出て逃げる時間はなるべく短くしたいはずだ。人目を避けなければならないのだから。



 だからこそ、この最も逃げ切れる可能性が高い通路に奴等はやって来る。ジュリアを連れて。







 それから暫くもしないうちに、通路の先から近づいて来る複数の気配を感じた。
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