はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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ジュリアの痕跡

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『あとどれぐらいだ?』

『もう少しよぉ』





 日が差し込む木々の間を駆け抜ける。ダガリスと部屋で話し込んでいた時に入ってきたズィーリオスからの情報に基づき、俺は精霊王の案内に従って領主邸の裏の森を移動していた。



 連絡手段についてダガリスはとても聞きたそうにしていたが、詮索禁止と言って食い止めた。また、ダガリスはジュリアの捜索に付いて行きたがっていたが、領主邸に避難している町の住人や、彼の孫でありジュリアの弟の守りが必要だと説得して、付いて来ることは阻止できた。



 トップは後方で大人しく指示を出していればいいのだ。それに、ただでさえ戦力が不足している時に、領主邸の最強戦力が俺と共に行動する必要はないだろう。俺は通常魔法は使えないが、身体能力だけは自信があるのだ。このような隠密行動には、少数で動き回れる人材を使う方が確実だ。隠密のプロではないが、これでも森の中で何年も生活してきた実績がある。それなりの隠密行動は出来るだろう。失敗したら・・・強行突破あるのみ!





『そろそろ見えるはずよぉ』





 その言葉に、全方位への注意を払いながら、前方の気配を探る。何も感じない?



 更に進むと、一部だけ森が開けている場所があり、そこに木造の小さな小屋があった。小屋の周囲を警戒しながら気配をもう一度探るも、小屋の周囲にも中にも気配は感じられなかった。



 どういうことだ?

 罠が仕掛けられている可能性も考えながら、慎重に小屋の扉を開く。そっと中を覗いてみるが、やはり中には誰もいない。



 どうやらこの小屋は、木材の保管倉庫のようだった。床には埃と大量の木くずが広がっている。しかし、よく見てみると一部だけ、綺麗な部分があった。つい最近まで何かそこにあったかのような。だが、管理状態から考えて、木材を動かしたようには見えない。





「これは・・・ジュリアがここに居たってことでいいのか?」





 綺麗になっている床の一部を見ながらポツリと呟く。その部分は、ジュリアぐらいの大きさの子どもが横になったとして考えると、丁度ピッタリの範囲なのだ。ズィーリオスからの念話では、ジュリアの居場所がラナンの魔道具によって特定され、その位置情報を精霊を通して案内するとのことだった。



 このジュリアの位置情報を特定したという魔道具だが、これは風の精霊のみが反応する特定の波長を放つらしい。エリムが風の精霊と契約しており、その場所を把握した風の精霊から精霊王の眷属の闇の精霊に伝えられ、俺たちより先回りしてこの小屋に眷属の精霊が待機していた。



 精霊たちやズィーリオスが嘘を吐くことはない。だからジュリアがここに居たのは事実だろう。しかし間に合わなかった。ジュリアがいたと思われる床に手で触れてみるが、床は冷たい。移動して時間が経っている。けれど、ズィーリオスから連絡が来た少し前までは確実にこの場にジュリアは居たのだ。



 その時間から逆算し、移動範囲をおおまかに絞る。せめて方向さえ判れば。いつ追っ手に見つかるか分からない状況で、徒歩での移動はないはずだ。なら、馬車か馬での移動か。外に何かしらの手掛かりがあるかもしれない。



 小屋を出て周囲を見渡す。地面には大量の草が生えており、轍や蹄の跡を見つけ出すのは時間が掛かりそうだ。草が踏み潰された跡があれば楽に見つかるんだけどな。小屋の周辺を注意深く調べながら見回る。





『何しているのぉ?』

『この周囲で人や動物、馬車などにより踏みつぶされて出来た跡がないか調べているんだ』





 俺が地面と睨めっこをしていると、精霊王が不思議そうに尋ねてくる。





『ふーぅん。めんどぉなことしているのねぇ』

『そう、大変なんだよ。だから手伝ってくれ』

『手伝っても良いけどぉ』

『けど、なんだよ』





 何か要求でもあるのだろうか。今まで精霊王に手を貸してもらう時、何かを要求されたことはなかったのに。欲しい物でも出来たのだろうか。





『リュゼの魔力を広げて周囲を一気に調べた方が速いのじゃないかしらぁ』

『・・・・・』





 なんでその方法にもっと速く気付かなかったんだ、俺!無駄に体力と時間を消費しちまったじゃないかーー!頭を抱えて蹲る。魔力制御訓練のおかげで、魔力を自分の手足のように動かすことが出来るようになっただけでなく、そこに何があるのかまで把握出来るようになっていたのだった。ただ、基本肉体頼りのことしかしないせいで、魔力で何かをするという考えに及ばなかった。







『リュゼェ?』

『何でもない。精霊王の言う通りだ』





 返事のない俺を心配して顔を覗き込んで来た精霊王に声をかけ、無意識に普段から展開している魔力鎧を崩すことなく、体内から新たな魔力を全方向に放出していく。その全てに意識を乗せながら、一定の魔力濃度を保ちつつ、捜索範囲を広げていく。







 うん、あったな。あからさまに草が潰されている場所がある。それも、どこかへ向かう様に先が続いている。



 広げていた魔力を引き戻し、魔力鎧の魔力の一部に加える。反応があった場所まで向かうと、それは小屋から少し離れた場所にあった。草の折れた下に、轍の跡がくっきりと残っている。隠す気はなかったようだ。それともそこまで気が回らなかったか。まあ、道しるべとなり分かりやすいからありがたいが。





『行くぞ』

『はぁーい』





 精霊王に声を掛けて、一気にスピードを上げて森の中を駆けて行く。駆け抜けながら、ズィーリオスに事の次第を報告しておく。お、サハギンの群れの殲滅は終わりそうなんだ。流石ズィーリオス!ん?乱入者がいて速く処理が出来た?増援のことじゃないよね?え?俺が呼んだ?知らない知らない。・・・知らないったら知らない。俺はジュリアの追跡に集中するんで!ズィーリオスも来いよ!











 森を駆け抜けていると、ベイスの町の端の方に出た。多分ベイスの南側の方だろう。轍の跡を頼りに追跡を続ける。すると途中からいくつもの他の轍と合流し、どれが追っていた馬車の轍か分からなくなってしまった。だが、合流した轍が向かった場所は全て同じ所へ続いている。それはここからでも見えた。ベイスの南門である。



 既に日が傾き始めているからか、門の前に並ぶ馬車の数は少ない。逆算して数時間前にここを通った馬車についての情報を集めようか。





『ちょぉーと待ってぇ』





 と、思っていたがいきなり精霊王に止められる。なんだ?視線でその真意を問う。





『今ねぇ、眷属の子が小屋の中と同じ魔力を持った人間の子を見たって報告が来たのよぉ。きっと今探している子のことじゃなぁい?』





 目を見開き精霊王に詰め寄る。ここが見晴らしのいい場所だとかは気にしない。丁度門からやって来て通り過ぎた商人のおっちゃんが、頭のおかしい者を見る目で見ていたとしても気にしない。





『案内出来るか!?』

『どーおー?うん。出来るらしいわよぉ』

『良し!じゃあ頼む!そろそろ日が暮れるから急ごう』





 まさかのここに来ての朗報に、緩む表情を引き締めることが出来ない。精霊王も喜色を隠さず表している。やっぱり、この状況であっても色っぽい。その色気はどうにか出来ないのか。出来ないよね。ええ、分かってますとも。





 精霊王の目の前でクルクル回る小さな精霊に礼を言う。この精霊が案内をしてくれるそうだ。そして小さな精霊の案内のもと、再びジュリアの追跡に走り出した。

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