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消えたジュリア

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「ジュリアが・・・!ジュリアは何処だ!?ジュリアと一緒に居ただろう!?どこにいるんだ!どこへやったあ゛ぁ!」





 猛烈な勢いで近づいて来たダガリスを唖然と見つめていると、ズィーリオスの肩を鷲掴み揺さぶる。





「落ち着いて!落ち着いてくれ!ダガリスさんっ!!」





 揺さぶられながらズィーリオスが叫ぶ。

 先ほどまでの和やかな空気は一変し、ラナンでさえ、代名詞とも言えるその笑顔が鳴りを潜めていた。





 すると息を切らせたライナーが遅れてやって来て、すぐさま興奮しているダガリスを羽交い絞めにし、ズィーリオスから引き剥がした。しかし2人の体格差は圧倒的で、一瞬のスキをついて偶然にもライナーは引き剥がすことが出来たようだが、ダガリスがライナーを振り切って掴み掛ろうとした。その時、ダガリスが不自然な恰好で身動きを止める。空中であがく様に動いているが、振り切られそうな様子はない。





「風魔法で拘束しておいた。ライナーさん、構わないですよね」

「え、ええ。助かった」





 ズィーリオスの魔法なら確実だ。放せと喚いている声は全会一致で無視だった。

 だが問題はダガリスではない。ダガリスが言っていた発言の意味の方だ。





「貴方は領主様の、・・・確か側近の方でしたよね。状況をお教えして頂けますか」





 エリムが静かに、落ち着いた声音で尋ねる。その声を聞いて、深呼吸をしたライナーが簡潔に述べる。





「ジュリア様が消えられたのだ」

「そういうことか」





 ダガリスの発言から何となく想像は出来ていたが、また一人でロザロ山脈へ行ったわけでもあるまい。薬草は手に入ったのだから。それに、一刻も早く弟に薬を飲ませたがっていた。寄り道をしているはずもない。





「領主邸へは戻ったのか?」

「それが、門に入られた瞬間にお姿が消えたのです。偶々窓からその様子を目撃していた為、至急使用人総出で周囲を探したのですが見つからず、探している間に領主様に報告するといきなり飛び出して行かれて・・・」





 その後に続く話を更に詳しく聞くと、領主の話を聞いた町の者達も協力して捜索に当たっているが、現状は見つからず、一緒に居た俺たちを探しに海辺までやって来たらしい。俺たちが何か知っていないか聞きに来たはずだが、いつの間にかダガリスは興奮してしまってあのようになっている、と。



 ライナーが冷静で状況を理解してくれていて助かった。じゃなければ、やっと少し落ち着いて来たダガリスから情報を聞くまでに、多大な時間を浪費していたに違いない。



 それではジュリアの発見が遅くなり、ダガリスにとっても本望ではないだろう。





「それで何か知らないか?そもそも、・・・何故お嬢と一緒じゃなかったんだ!出かける際は一緒だっただろう!?」





 ライナーが思い出したかのようにズィーリオスと俺に詰め寄る。確かに一緒にここに来た。しかし、危険はないと思い1人帰らせてしまったのは事実だ。





「すまない。歩き慣れた場所だから大丈夫だと思い、1人帰らせたのはこちらの不手際だ」

「ごめん!」





 ズィーリオスの謝罪に追従して謝る。





「謝って済む問題ではないだろうが!?」

「落ち着きなよ!」





 ライナーがズィーリオスの服の襟元を掴み上げる。それをラナンが制止の声を上げ、エリムが2人を離れさせる。





「あんたまで興奮してどうするのさ!2人がここに残り、お嬢ちゃんを1人で帰らせたのは私達がこの2人を引き留めたことが原因だ!責めるなら私達を責めたらいい!」





 ラナンが声を張り上げ続ける。その言葉を聞いてばつが悪そうな顔になる。それはダガリスも同じであり、冷静になってものを考えることが出来るようになっていた。







「今は言い争いをしている場合ではないだろう?お嬢ちゃんを見つけるのが先決ではないのか!?」





 そしてライナーはその言葉に苦虫を噛み潰したように顔が歪んでいた。落ち着いたのだろう。やっとこの場の全員が、冷静に話が出来る状態になり、ズィーリオスがダガリスの拘束を解いた。



 ダガリスとズィーリオスがお互いに謝り合い、ダガリスが領主の顔になり、今後の行動について話し合う。





「俺は、ジュリアが何者かに攫われたと考えている。そこでもう一度確認しよう。ライナー、ジュリアが消えた時の状況は?」

「はい。俺が邸宅内を移動中、窓の外からお嬢が帰って来るのが見えて、お嬢が俺に気付いて声を上げようとなさったんです。しかし、瞬きをした一瞬のうちに姿ごと消えてたんです!」

「残像すら残さず?」

「ああ、そうだ」





 ライナーの説明にズィーリオスが質問を投げ込む。

 なるほど。相手は高速で動いて掻っ攫ったわけではないのか。それとも、残像すら残さない程の強者か。それか・・・。





「幻影魔法の使い手か?」

「なっ!」





 ズィーリオスの溢した発言にライナーが驚く。幻影魔法は光属性の魔法だ。光属性は他の魔法属性に比べて、その術者の数は少なく、幻影魔法は光属性の中でも高度な魔法だ。もし相手が本当に誘拐犯であるとするならば、それほど高度な魔法を使える相手が敵に与しているということになる。



 聖域に張っている幻覚魔法は見やぶれるが、他の幻覚魔法や幻影魔法でも同じく見破れるかは分からない。だが、あれ程魔力制御に関して集中的な訓練を行ったのだから、見破れるのではないかと感じている。





「もしそうだとしたらかなり厄介な相手だな」

「そうですね」





 ダガリスが考えこみ、ポツリと溢した言葉にライナーが反応する。





「それに今のところは敵から要求等も来ていないんだ」

「ならただの誘拐ではない可能性もあるな」

「そうだ。それにここ最近、町の外からやって来た見知らぬ者は、注意して見張るように言っていたが、君たち以外でそのような人物が来たという報告はないのだ。君たちが犯人だとは言ってはいないが、もし君たちが犯人だとしても、何故そのタイミングが今だったのかが不自然だ。ロザロ山脈で出会った時にチャンスはいくらでもあっただろうからな」







 ズィーリオスの考えに頷き、ダガリスの言葉に確かにそうだと再び頷く。ただの誘拐であるならば、敵は何らかの要求をしてくるはずだ。何か交渉がしたくてそのような犯行に及んでいるはずなのだから、要求のない誘拐事件はおかしい。だが、要求が無く、交渉が目的でないとしたら、ジュリアの身の安全が保障されない。いつ殺されてもおかしくない状況だ。





 先ほどから声を出していないエリムとラナンに目をやると、小声で何か言い合っていた。俺の視線の先に気付いたズィーリオスが同じ方向を見、さらにダガリスも気付いたことで、自然とこの場の視線がこそこそと話し合っている2人に集中する。



 その視線に気づいた2人が今度はアイコンタクトで会話をし出すが、何やら決まったようでラナンが口を開いた。





「今の話を聞いてて、実は・・・心当たりがあるの」





 ラナンの口から飛び出たのは、思わぬ言葉だった。今何も分かっていないんだ。少しでも手がかりが欲しい。それはこの場の皆が同じ思いだったようで、ダガリスが無言でその先を促す。





「領主サマは知っていると思うけど、この町の人間と人魚達との関係が悪くなった原因は何だと思う?」





 ラナンがダガリスではなくズィーリオスと俺に向けて尋ねる。ダガリスはやはり何かを知っているのだろう。「まさか・・・!」と言葉を小さく溢したまま目を見開き、考え込む。



 俺は分からなかったので首を横に振り答え、ズィーリオスも少し考え込んでいたが分からないと答えていた。





「実はね、この数か月前から、若い人魚が相次いで消息を絶っているんだ。それもこの1カ月が特に多くて、陸に上がっている時ばかりなんだよ。そして昨日、偶然その瞬間を見たという者がいて、その者が言うには、一瞬で消えてしまったらしい」





 ラナンが教えてくれた内容は、ジュリアが行方不明になった瞬間の状況と全く同じであった。

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