はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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別れ

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「は?・・・え?ま、待てよ。待ってくれ。死ぬ?師匠が・・・?」







 脳がその言葉の意味を理解するために、砕き、咀嚼する事を拒む。



 わしは今日、死ぬ。



 塊のままの言葉は、幾度となく勝手に再生され、脳内に降り注ぐ。



 師匠が死ぬ。ヴァルードが死ぬ。今日、死ぬ。



 傘などと言った柔な物では防げない。盾も貫通し、壁も意味を成さない。四方八方、ありとあらゆる角度から襲い掛かる。









 丸腰だった。









 例え剣を持っていたとしても、剣などでは到底捌き切れない。

 ボディーアーマーもシェルターも、ズィーリオスの結界でも防ぎきることは出来ない。





 ただただなされるがままに立ち尽くし、暴力に晒される。実際にはたった一言しか発していないのに。自分自身で勝手に虚像を生み出し、それらを実体化させて傷ついていく。愚かにもほどがある。



 それでも止めることは出来なかった。



 今まで何人も人も、魔物も殺してきたにも関わらず。敵が死ぬということと、身内が死ぬということを同じ死として受け入れることが出来ない。





 敵なら容赦なく切り捨てられる。たとえそれが人だろうと、血の繋がった家族であろうと。きっと。







『おい!しっかりしろ!リュゼ!』





 人化したズィーリオスが俺の体を揺さぶる。目の前に立ち、両肩を掴まれている様だったが、その顔をはっきりと認識出来ない。こんなに近くにいるのに。





『チッ。マズイ!魔力が不安定だ!この魔力量での魔力暴走など洒落にならんぞ!』

『仕方ないわぁ!一度意識を落としましょうぉ!』

『そうだな』





 ズィーリオスと精霊王の会話がぼんやりと聞こえる。けれど、その内容も理解する事が出来ない。頭が上手く動かず、ボーっとしている中、いきなり視界が不鮮明になっていく。そして意識は暗闇の中へと落ちて行った。































『全く。動揺し過ぎだってー』





 懐かしい。この声は・・・。





『そうだよ!お久しぶりだね!いや、今は毎日一緒にいるからお久しぶりはおかしいな』





 黒の書、だよな?





『そうだよー!正解!暫くは静観しているつもりだったんだけど、思ったよりも君の精神の揺らぎが酷くてねー。つい声を掛けちゃったのさ!』





 今日はいっぱい喋るんだな。





『あはは!君がきちんと所有者になって、繋がりを得られたからね。以前の時は、繋がりが無いに等しかったから』





 そういうことだったんだ。





『で、話を戻すけど。君が意識を失う前までのことは覚えているかい?』





 意識を失う前?何だっけ。確か今日は、ヴァルードがプレゼントをくれると言って、それで・・・。ああ、ヴァルードが、ヴァルードが死ぬって。





『そうそう。覚えているようだね。ほらほら落ち着いて?君が慌てたところで、現実は何も変わらないのだから』





 っ!?何も、変わらない。





『そうだよ。だってそうでしょ?生きとし生ける者はいつか必ず死を迎える。それは不変であり、変わることのない理ことわり』





 そりゃ、そうだけど。分かってる。だけどいきなり・・・。





『いきなりなんかじゃないよ。ずっと前から予兆は出ていたでしょ?寿命なんだよ』





 予兆。もしかして、最近、元気がなかったり、返答が遅かったりしたのも全部・・・。





『そう。ね?あったでしょ?予兆。君は別れ寂しさからだと思っていた、いや、思い込んでいたみたいだね』





 思い込んでいた?





『やっぱり自覚していなかったかー。だって、ただ別れが寂しいからってだけじゃ、明らかにおかしいって言動が多かったでしょ?別れが近づいていることを知っているのに、わざわざその貴重な時間を眠って過ごすような相手だと思う?』





 思わない、ね。





『でしょー?死が近づいている証拠だったんだよ。だけど君は無意識に無視した。事実を直視したくなかったんだね』





 ・・・・・そうかも。





『そうなんだよ。それでも避けては通れない。いくら君が避けたくとも、ね?』





 ・・・うん。





『でも、そこまで落ち込まないでよ。だって言ってたでしょ。あのドラゴンは。覚えてる?』





 えーっと。何を?





『自らの亡骸を素材としていいって。それってつまり、死して尚、共に側にあり続けるってことじゃないか』





 え?そんなこと言ってた?





『言ってたよー。もー聞いてなかったの?』





 言ってた気もするけど覚えていない。





『死ぬって言葉が衝撃的過ぎて飛んじゃってたかい?』





 そうかもしれない。





『いや、絶対そうだって。言ってたの!言ってた!良い?』





 わ、分かった。





『それで、どう?落ち着いて考えられるようになった?』





 落ち着いて・・・。そうだな。いつの間にか重しが取れたような気がする。





『それは良かった。そもそも君は、冷静に考えられさえすれば立ち直りは早いんだ』





 立ち直り早い方なんだ。それは知らなかった。





『魔力制御だけでなく、気持ちのコントロールも出来るようにならないと、戦場で今見たいになってしまっては直ぐ死んじゃうよ』





 そうだな。





『やっと君を見つけたんだから死なれちゃ困る。だからと言って心を殺せ、とまでは言わない。きちんと気持ちの切り替えと、自分自身の折り合いを付けれるようにね』





 うん。





『特に君は、自分自身に向かう悪意や危機には心が揺らがないくせに、自身の周りの心を許した相手にそれが向くと、大きく揺らいでしまうようだ』





 大切な仲間なんだから仕方ないだろ。





『確かに大切なものかもしれないけど。・・・今日みたいなことがいつまた訪れるかは分からない。覚悟しなよ』





 ・・・覚悟。覚悟か。





『そう、覚悟。君にしか相手が出来ない敵が戦場にいて、君の仲間と共に君はそこにいるとした時。仲間が一人死んで今日のようになってしまったら、仲間一人を失うどころか、全員を失ってしまう。勿論君自身も。言いたいことは分かるね?』





 ああ。





『ならもう、何も言うことはないよ。ちゃんと最期のお別れをするんだ。看取ってあげな』





 すまなかった。ありがとう。





『ふふっ。どーいたしまして!またね!』







































 黒の書との会話が終わった次の瞬間、気が付くと目が覚めていた。頭上からは差し込む日の光が見える。どうやらそれほど長い時間、寝てはいなかったようだ。上半身を起こして、側にいるズィーリオスに声をかける。





「ズィー」

『目が覚めたか。何があったか覚えているか?』

「ああ。だが、なんで意識を失ったかは分からない」

『あー、まーそれはリュゼが魔力暴走を引き起こしそうだったから。ごめん。無理やり意識を落とした』

「いや、謝らなくていい。それは完全に俺が悪かった。逆に止めてくれて助かった」





 魔力暴走を引き起こしかけていたとは。それはどう考えても俺が悪い。





『それで、もう大丈夫なのか?その、えーっと・・・』

「大丈夫。もう大丈夫だ。落ち着いたし、どういうことか理解出来ている。最期まで、看取らせてくれ」

『・・・そうか』





 寝ている間にあった黒の書との会話は、今回は忘れることなく覚えていた。これも、所有者か否かの問題だったのかもしれない。前回も対話したことがあったことは、先ほどの対話の時に思い出してた。



 寝ている間にきちんと理解したのだから、もう・・・大丈夫だ。



 ズィーリオスの目を見て答えた俺に、ズィーリオスはゆっくりと頷き、ヴァルードの方へ視線を向ける。







 意識が飛ぶ前は気付かなかったが、ヴァルードの瞳が僅かに白く濁っていた。こうなったのは昨日今日の話ではないだろう。ずっと俺が目を逸らしていた現実。そしてその目は、ただ真っ直ぐに俺を見つめている。優しい目をしていた。



 目の奥が熱くこみ上げて来る感覚がしたが、意地でその感覚を抑える。



 ヴァルードは、もう頭をあげる気力は残っていないのか、自身の腕に顎を乗せている。ヴァルードに近づいてそっと鼻先に触れる。鼻の穴から流れ出て来る生暖かい風が、ヴァルードがまだ呼吸をしていることの証だった。



 ヴァルードの鼻先付近の腕にもたれ掛かりながら、思い出話をする。俺たちが出会った頃から今日までの日々を。ヴァルードは聞いているだけであったが、俺も念話で話す。時々精霊王が俺やズィーリオスの知らないヴァルードの話をしたりして、ずっと笑いっぱなしであった。



 談笑し続けてどれ程の時間が経ったのだろうか。頭上の穴からは西日が差していた。





『・・・・・・・皆、ありがとうのぉ。・・・・最期は、楽しいひと時じゃった・・・・。・・・お主らに会えて・・・・本に・・・よか・・・達者で・・・。・・・・・・”リュゼ”・・・元、気で・・・』





 最期の別れの言葉が静かに皆に届き。





 震える瞼をゆっくりと閉じたヴァルードは。





 二度と目覚めることのない眠りへとついた。





 そして、堰を切ったように溢れ出す温かい何かが、ただ静かに頬を伝い続けた。

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