はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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手紙〈アンナ・カストレア視点〉

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「全く。また来ましたの?」







 音を立てることなく無音で現れた、全身黒づくめの男に視線を向ける。初めて現れた時から週に2日。4日に1回のペースで、現れるようになっていた。























 現れる時はいつも決まって、私とアンしかいない時の自室でした。訪れる時が、私が一人でいる時ではないという配慮をきちんと出来ているのは、好感が持てます。無言で頷く男を尻目に、目線のみでアンに合図を送ると、男が現れる前に行っていた作業を続行していきました。







「どうぞ。お座りになって」





 立ちっぱなしであった男に、目の前のソファーに座るように促しますと、大人しく腰を下ろしました。以前は座ろうとしませんでしたが、それに比べたら大した進歩でしょう。頑張った甲斐がありましたわ。

















 手紙を突き返したにも関わらず、再び手紙を持ってやって来た男を見て、訝しさと憤りを感じていました。部屋の外にいるはずの護衛を呼んでも、呼び入れた時にはいつの間にか姿を消しており、私が王都で受けた仕打ちから、おかしくなってしまったと屋敷の者達には思われる様になっていきました。





 私はどこもおかしくなどありません。なのに、あの男のせいで屋敷の者達は、私と少し距離を置くようになってしまいました。許せません。ですので私は、男に反撃をすることにしました。

















「そういえば毎回思うのだけれど、貴方、使者であるにも関わらず、私を上から目線で見下ろしてくるなど失礼ではなくて?」





 ソファーに座った私の前に立つ男を見上げながら言い放ちました。我がカストレア家の名を汚す反撃の方法ではありません。マナーで以て反撃する事にしたのです。





「私が忠誠を誓っているのは我が主のみ。礼を尽くすのは、主と主が認めたご友人のみです」





 しかし、男はまさかの自身の非礼を正当化しようとしたのです。





「ならば尚更、貴方の主の名を汚すようなことはしない方が良いのではないかしら?礼を知らぬ使者の主など、たかが知れておりますわ。手紙を読む価値もありませんね」







 暫く、男は逡巡するように何も発しませんでしたが、徐に私の前に片膝をついたのです。完全なる私の勝利でしたわ!













 その後から毎回手紙を届けに来る時は、私の前に膝をつくようになりました。毎度渡される手紙には相変わらず差出人が不明でしたが、その内容は、常にリュゼのことだけではなく、内容の端々にお心遣いがされたものでした。



 これだけの気配りが出来る方であれば、手紙の主は悪い方ではないと思う様になりましたが、やはりまだ完全に信用するまでには至りませんでした。









 そんな中ある日、私は久しぶりに外出する事が出来ました。領都の城下町のみでしたが、久しぶりの外出はとても気分の良いものでした。その為、羽目を外し過ぎてしまったのかもしれません。夕方、気が付いた時には、一緒にいたアンや護衛がおらず1人になっておりました。

 夕方になると人通りが減っていくので、急いで大通りの広場まで移動しようとしていましたが、酔っぱらった2人組の男たちに絡まれてしまったのです。腕を掴まれ、逃げようにも逃げられず、恐怖のあまり声も出ずに裏路地に引き込まれてしまいました。

 魔法で対抗しようにも、私は水属性の治癒魔法の方が得意であり、攻撃魔法が上手くありませんでした。



 そんな時に、黒ずくめの男が現れたのです。その姿は見慣れた背格好で、初めは一向に手紙の主に対して反応を示さない私への、強硬手段に出たのかと思いました。しかし、男が現れたと脳が認識した次の瞬間には、私は暖かな何かに包まれ、目の前には硬く黒い温かなものがありました。



 何が起きたのか理解できず、放心状態だった私の意識が戻った時には、何故か私は目指していたはずの大通りの広場にいました。アンに泣かれ、心配をかけた護衛の騎士達に謝り、自室に戻って何が起きたのか1つづつ思い出していきました。



 その時の私の顔は、きっと耳まで赤く染まっていたことでしょう。顔が熱くて熱くて仕方なかった記憶がありますから。思わずベッドの中に潜り込んだのは、部屋にアンしかいなかったとはいえ懸命な判断だったと思います。



 だってそうでしょう?あの時、私は間違いなくあの男に助けられ、しかも抱き締められていたのですから。広場まで連れて行ってくれたのもその男で。フードの隙間から見えた顔は一見地味ですが、どこか安心するような優しい顔付きでした。顔を彩るサラサラとした短い髪は、濃いグレーの色で・・・。













 その次の日に、見慣れたいつもの男が現れた時、その男は前日の話を全くしませんでした。私が前日の話をしようとするとあからさまに避けるので、余計に本人であると証明しているようなものでした。この男は、いえ彼は、とても分かりやすくコミュニケーション下手なだけだと気付いたのです。それを気付くと、彼の態度が可愛らしく見えてきました。



 そして彼の、前日よりは少し肉付きが良くなった体形はいつも通りで、思い出すと、前日の彼は細すぎたように思えました。しかし、その雰囲気から同一人物であることは直ぐにわかりました。





 ですからその日からは、膝をつかせるのではなく、目の前のソファーに座らせることにしました。そして、紅茶とお菓子、軽食などを用意するようにしました。これは、私を助けてくれた彼へのお礼として、無理やり私に付き合わせています。しかし、食べた瞬間に広がる幸せそうな雰囲気が、彼が本気で嫌がっているわけではないことの証明になっていることを、本人は自覚しているかはわかりませんが。

 そうして美味しそうに食べている彼とのお茶会はとても居心地が良くて。

 気付けば毎回同じようなもてなしをしていました。けれど、やることもなく暇な私は、いつしか彼が来ることを心待ちにするようになっていたのです。













































 冒頭に戻り、いつものように紅茶の準備をアンにしてもらいます。今日は紅茶に合うスコーンを数種類用意しました。







「アンナ様。主からのお手紙です」







 私が紅茶をソーサーに戻すタイミングを見計らって、手紙が差し出されます。未だに彼の主が誰で、彼の名前を聞いても答えてはくれませんが、私の名前を呼ばせることには成功しました。それにどことなく、初めの頃よりは寛いで下さっている気が致します。



 手紙を取り出すと、いつものように中身に目を通します。最近は、そろそろ受け取ってあげても良いかと思う様になりました。それにしても、これほどずっと手紙を突き返し続けているのに、未だに私に手紙を送り続けるとは、何とも彼の主は物好きな方のようです。







「これは・・・!?」





 想像にしていなかった内容に、思わず声が漏れてしまいました。今までの手紙の内容とは圧倒的に違いました。席を立ち、部屋の中を横断して机の前に座ります。そして、言わずとも理解してくれたアンが用意した無地の紙を受け取り、万年筆を持った手を紙の上に走らせていきました。



















 その日を境に、私は彼の主という人と手紙のやり取りとするようになりました。そのやり取りする相手について、憶測が立つようになりましたが、もしその私の憶測が当たっていた場合、かなり大変なことになります。それに、彼の主である人が悪い人ではないでしょう。



 なるべく周囲にバレないように細心の注意を払いつつ、手紙のやり取りをするようになりました。
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