はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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魔法の不発

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『リューゼェー?』







 聞き慣れない低い声にビクつき、錆びれかけの扉のように、ギギギと音を立てている幻聴を聞きながら、目の前に影を落としている存在に顔を向ける。



 地団太を踏むように足踏みをしているズィーリオスがいた。この仕草の意味、知っている。ズィーリオスを犬と同じように見て良いか分からないけれど。犬の場合、イライラしている時に見せることが多い行動の1つらしい。人と同じような意味だ。



 前世では家でペットを飼えず、いつか独立して生活していけるようになった時に飼おうと思い、ネットで色々と調べていた。その時にそんなことが書かれていた気がする。





 もしこの内容が合っているなら、いや、もう声のトーンから分かり切っていることだけれども!イライラ、してる、よな?







『今のは何?』

「召喚?かな?」







 目線を泳がしながら、そーっと後方に距離を取ろうとしたが、いつの間にか足元に隆起していた土が俺の足首までを飲み込み、その動きを阻害する。体が傾き倒れそうになったが、お腹に力を込めて体勢を整える。ふー。危なかった。



 って、まだ安心出来なかったー!見せつけるようにゆっくりと歩いて来るズィーリオスを窺う様に見てみると、その口元の筋肉がピクピクと痙攣していた。あ、これはガチでヤバいやつだ。



 その場から逃れることが出来ない俺の下に、無音で魔王がやって来るのだった。













































 生まれたばかりの小鹿のようにプルプルと震えて、痺れ過ぎて感覚のない、使い物にならなくなった脚を何とか動かして真っ直ぐに伸ばす。



 数時間。数時間にも及ぶ説教と言う名の小言を、正座して聞いていた俺の脚は既に瀕死の状態であった。立ち上がることなど出来るはずもなかったので、脚を伸ばして座り込んでいる。以前、俺がズィーリオスと精霊王を説教した時は、十数分で終わったのに。ひっじょーに長かった。





 序盤は、この魔法書が俺や周りにどのような影響を与えるか良く分からないのだから、ズィーリオスや精霊王がいて、尚且つ何をするか明言してから行動に移すようにという話を長々と聞かされていた。何か起きたとしても、何も分からない状況では対応がしきれないと怒られたのだ。

 だが中盤以降に至っては、魔法書とは全く関係のないことにまで派生しており、まるで、話に聞くネチネチした鬼よ、あ、すいませんでした。ズィーリオスさん、反省しています。ほら、脚もこんなになって可哀相に、って自業自得ですね。はい。気を付けます!









 正座中は、身体強化も自己回復も魔力を使うものを禁止されていたので、自己回復能力で脚を回復させることにしよう。自然治癒だと1時間以上はかかりそうだしな。あ、そういえば俺にも聖属性があるはずなんだから、治癒魔法が使えないだろうか。自分自身に掛けるわけであるが、自己治癒とは系統が違うのだから試してみるのもいいだろう。



 生活魔法のクリーンでさえ発動しなかったことは、この際気にしない。魔法書に選ばれたということは、魔法が使えるはずなのだから。



 まさか選ばれたのに使えないということはないだろう。使えるものが魔力を体内で活用する、身体強化と自己治癒だけではあるまい。もしそうなら、俺は泣く!









「ズィー、治癒魔法を使ってみたいんだが、コツとかあるか?」







 脚を指さしながらズィーリオスに尋ねる。







『そうだな。人が魔法を使う時は、詠唱を行い発動させる。しかし、聖属性の魔法は人の世から消えて久しい為、詠唱文が存在していない。ここまではいいな?』







 頷き返事を返す。それで、コツはあるのだろうか。







『人以外の存在、例えば魔物はどのように魔法を使っていると思う?』







 簡単にはコツを教えてくれないのか。それか、この話がコツに繋がっているのか。







「前にヴァルードが言っていたみたいに、本能か?」

『そう。本能だ』







 えっとつまり?





「俺も本能で治癒魔法を使え、と?」

『出来るはずだ』

「・・・・・」







 ・・・うん。ヴァルードが言っていた通り、教えるのは向かないみたいだな。魔力が開放されて今まで、一度も本能で魔法が使えそうな気がすることはなかったんだけど。しかも、誰でも出来る生活魔法でさえ・・・。ってダメだダメだ!試してもないのに弱気になってどうする!まずは試してみないと!







「わかった。やってみる」







 本能に従うって具体的にどんな感じなんだ?何かが体内から湧き上がって来る!ってこともないしな。それに詠唱なしってことは、無詠唱だということだ。無詠唱は、詠唱有りよりも具体的なイメージと集中力が必要と言われている技術だ。本能でどうこう出来そうな気はしないのだがな。





 思いついた方法を1つ1つ試していくしかないか。



1 痺れが消えていくイメージをしつつ、翳した掌から魔力が降り注ぐようにする



 失敗か。なら次は。



2 先ほどと同じで、痺れが消えていくイメージをしつつ、直接触れた掌から魔力が流がし込む。



 これもだめか。



3 1,2のやり方で、流し込む魔力を聖属性だと強く意識する



 これでどうだ!これもダメだと?うーんでは、詠唱してみる、か?



4 治癒魔法でよくある詠唱の”キュア”を唱えてみる。



 ・・・・・。



5 治癒魔法でよくある詠唱の”ヒール”を唱えてみる。



 俺、実は聖属性を持ってないんじゃね?自己回復能力は、身体強化の延長線上のものなんじゃないか?

















「ズィー、どうやら俺は、そもそも聖属性自体持ってなかったらしい」

『そんなはずはない!聖域内で3か月以上過ごしているんだから、間違いなく聖属性は有しているはずだ!』

「それは聖獣の場合の話で、人間である俺には適用されない仕組みなんじゃないか?」

『先代はそのようなことを言ってなかったぞ?』





 お互いを見つめ合うが、答えなど出るわけもなく。だが、藪から棒が突き刺さる。





『リュゼェ、貴方が先ほどからやっているのを”視て”みたんだけどぉ』





 精霊王が俺の眼前にやって来て、腰を折り曲げ、目を覗き込む。





『きちんと魔力の質は聖属性のものになっていたわよぉ。ただぁ』





 そこで何故か言葉を濁す。何か言いよどむことでもあったのだろうか。





『なあーんかぁ、魔力が外部に出ることが上手く出来ていないようだったわねぇ。詰まっていると言えばいいのかしらぁ?』





 流れるような所作で顎に手を置きながら、首を傾け俺を見つめる。それは、未だに魔封じの影響が抜けていないということだろうか。それとも、普通では有り得ない年齢まで魔封じを付けていたことで、体内の魔力回路に影響でも出たのだろうか。そのように体が覚えてしまった、というような。







『詰まっている?そんなはずはない。魔力が開放されたときに、俺の魔力もリュゼの魔力もお互いの交換し合ったが、その際、魔力回路の違和感は何処にもなかったぞ。お前だって、”視た”のならそんなことはないと分かるだろ』

『分かっているわよぉ。そして今”視て”みてもどこも詰まってはないわよぉ!だけどさっきは確かにぃ、手元で外に放出出来ない魔力が詰まっているように見えたのよぉ!』





 通常の体内の魔力回路に異変はないのか。まあ、普段から身体強化で、体の隅々まで魔力が行き届くようにしているからな。詰まりがあれば直ぐに気づくだろうし、解消しているはずだ。しかし今回は、発動はしてないが治癒魔法を使った場合のみで、詰まりという現象が起きている。ん?待てよ?これと同じ現象は前にもあったな。



 生活魔法の”クリーン”だ。あの時も発動しなかった。精霊王に声をかけ、俺が”クリーン”を使っている様子も”視て”もらう。







『全く。同じようになってるわぁ』

「やっぱりそうなのか」







 ”クリーン”が使えない原因が分かったのは良いが、解消するにはどうしたらいいのだろう。







『魔法書に選ばれたのじゃから、その魔法は使えるはずじゃろ?一度それを使ってみるのはどうかのぉ。も、勿論わし以外を的にしての!』







 ヴァルード、いたのか。すっかり忘れていたぞ。



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