はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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覚悟

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『まさか本当にソレの持ち主になるとは・・・』







 頭の中に響く聞き慣れた声に、振り返り背後の通路の方へ体を向ける。そこには、通路の入口を塞ぐようにズィーリオスが立っていた。







『俺は管理者として、ソレの危険性を十分に理解しているつもりだ。そして俺は、ソレが危険だと簡単にだがリュゼに説明した。覚えているよな?』







 勿論覚えている。昨日、ここにあるのは魔法書だと言っていた。そして俺が今、手にしているのは紛れもなく”本”だ。持ち主となった時点で、この本が魔法書だと言うことは理解している。そう、歴代の聖域の管理者たちが、何度も結界を張り替え封印してきた、禁術の”魔法書”だということを。





 魔法書を抱え直し、しっかりと頷く。それを見たズィーリオスが目を細める。ズィーリオスの纏う雰囲気が変わる。今まで見たこともない。これは・・・どういう感情なんだ?怒りも軽蔑も感じない。目の前で封印し続けるべきものを奪われたのだ。そのような感情が示されてもいいはずだが、その様子がない。何も感じていないような、無の状態にでもなっているような。







「ズィー?」







 ピクリと耳が動き、瞳が普段と同じように開かれ、真っ直ぐ見据えられる。そこから何かを探り出そうとするかのように。







『ずっとここで暮らす気か?』

「そんな気はない」

『では、・・・外に出るつもりか?』

「当たり前だ」







 昔の俺なら、人に会うのが嫌で聖域で暮らすという案に飛びついたであろう。だが、人と接するのはなるべく避けたいのは変わらないが、今はもっと、ズィーリオスやこれから契約する予定の精霊王と、この世界を見てみたいという気持ちの方が強い。



 周りを良く見てみると、ここも以前の聖域と同じように、入口から奥の左端の所に水飲み場が存在している。食料調達さえどうにか出来れば、暮らしていくことも可能だろう。天井はドームのようになっており、広さは教室2つ分ほど。十分な広さと言える。だが、それだけだ。

 ここには、俺を楽しませてくれる体験も光景も存在しない。ずっと暮らしていくには何も無さ過ぎる。







 急にこんなことを聞くなんて。

 ・・・俺を外に出させないつもりか。ただ本の所有者になっただけ。禁書だということは分かっているが、ただそれだけで?







「俺はこれからもズィーと一緒に旅をしながら、世界を周るつもりだ。ダメなのか?俺と一緒は嫌になったのか?」

『っ!嫌ではない!』







 左腕で本を抱きかかえながら、右手をズィーリオスに向けて伸ばしながら問う。その問いにズィーリオスは頭を振りながら否定をするが、前足がかなり力が入っている様で、何かに耐えているようにも見える。







『俺は!俺は・・・。ずっと一緒にリュゼと旅がしたい』







 若干俯き加減だった顔を勢いよく上げ、俺の顔を真っ直ぐに力強く見据える。その目は何か覚悟を決めたようだった。







『けれどリュゼは、その魔法書を手に取った。何千年も管理していたその魔法書を。人の世に出ないようにしていた物をッ』

「ああ、そうだな」

『ねえ、リュゼ。ソレの所有者になる権限って、どう決まるか分かる?』







 急にズィーリオスの雰囲気が柔らかくなる。尋ねる声は明るく優しい。



 今日のズィーリオスは、何を考えているか分からない。距離を置かれ、寂寥感に苛まれる。







 それでも、ズィーリオスの質問にはきちんと答えたい。ただ、今声を出すのは、酷く震えてしまいそうだった。それでも・・・声に出すべきだ。今自分の言葉で話さないと、何か決定的なミスを招く予感がした。頷いて答えることも出来るのに。



 大きく息を吸い込み、吐く。









「勿論だ。この魔法書には意思がある。魔法書が俺を持ち主に選んだ。選ばれた者が所有権を有する」







 いつものように、普段通りに答える。寂寥感も、捨てられるかもしれない恐怖も、何もかもを押し殺して。絶対にバレないように。ズィーリオスの良心が揺らぐことが無いように。



 手に入れてしまった。もう2度と手放すことが出来ないものを。後戻りは出来ない。せめて敵対するとしても、ズィーリオスを傷つけたくない。裏切ったのは俺だ。管理者として封印すべきモノを奪っているのだから。

 こんな俺の側にいてくれてありがとう。ズィーリオス。大好きだ。

 俺の方こそ、覚悟を決める。







































『ふふっ。なんだ。そっか。あははっ!』







 なのに。

 ズィーリオスは笑う。憑き物が落ちたように、軽快に。







「ズィー?」

『それもあるんだけどね。大丈夫、気にしなくていいよ。例え何があろうとも、リュゼの側に居続けることを望んだのは俺だ。守るよ、ずっと。共に戦うって決めているからな!』







 唐突にズィーリオスが駆け寄り、俺に覆いかぶさるように圧し掛かり、じゃれついてくる。







 本当に意味が分からない。何が何なんだ?取り敢えず、俺はズィーリオスに嫌われたわけではないということらしい。悲壮な覚悟を固めていただけに拍子抜けだ。顔面をペロペロ舐められまくるが、放心状態の俺には抵抗する力が湧かない。

















 肉球で顔をゲシゲシと踏まれていると、ハッと意識が戻る。どうやら顔中の涎は、クリーンで綺麗に消し去ってくれていたようだ。









「えーっと。ズィー?」

『なーにー?』









 上体を起こし、ズィーリオスに声をかけると、まるで先ほど起こった全てが夢だったかのように、ご機嫌なズィーリオスがいた。尻尾も楽しそうに揺れている。しかし、俺の側には魔法書があり、現実だと示す。







「俺のこと、許してくれるのか?」

『許す?許すって何を?』

「えっ?だって俺は、コレを・・・」







 傍らの魔法書をチラリと見る。







『あー、ソレ?別に大丈夫だよ。いつかは所有者が現れることは知っていたから。その所有者が現れるまではってここで保管していただけ』

「え?そうなのか?俺はてっきり、聖域に封印しないといけないモノを、俺が手に入れて持ち出そうとしたから、ズィーリオスとはもう一緒にいられないと思っていた」

『なんで!?そんなことはないよ!ずっと一緒って約束したじゃん!』

「ああ、そうだよな。はーー。良かった」







 言葉にして一緒にいられることを確認し、安堵から体の力が抜け、そのまま横にいたズィーリオスに抱き着くようにもたれ掛かる。

 このままずっと昨日と変わらず、明日も明後日も、その先もずっと一緒にいられる。本当に良かった。







 それに、魔法書の持ち出しに関してはお咎めなしのようで、胸をなでおろす。所有者を待っていただけだったとは。所有者と認められて、持ち出せるのは本当に良かった。

 ズィーリオスと殺し合いなんて俺に出来るわけがないし。でも、もしそんなことになったとしたら、俺はズィーリオスに怪我をさせて、ここから逃げ出していたことだろう。ズィーリオス相手に、お互い無傷で逃げ切るなど不可能に近い。だからこそ、今まで通りに過ごせるというのは、欣快に堪えない。







「ズィー」

『うん?どうした?』

「いつも側にいてくれて、ありがとな」

『どうも。でもな?俺はリュゼと一緒に居たくているんだ』

「ははっ。そうだな。俺もそうだ」







 和やかに時間が過ぎる。お互いの間にある繋がりは、何も契約だけではない。同じ日に生まれ、苦楽を共にし生きて来た時間は、いつしか強固な繋がりとなる。



 既に、世界は動き出している。



 魔法書の所有者になった時に理解した。平穏な人生にはならないと。それでも、自由に生きていくと決めている。









『ねえー、リュゼ?聖獣?大丈夫?遅くなぁい?』

『2人とも何か問題でも起きているのかのぉ?』







 穏やかな時間をぶち壊す声が頭に響く。







「え?そんな時間経っているのか?」

『だいぶ?』

「マジで?」

『うん』







 ズィーリオスから離れて立ち上がる。そして通路の入口まで駆け、振り返り、ズィーリオスを見る。







「行こうか!」

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