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浮き島

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『だめ。だめだよ』





 声が聞こえる。





『行かないで』





 男のような、女のような。





『折角、近づいたのに』





 若いような、老いているような。





『ずっと、待ってたんだ』





 懐かしいような、初めましてのような。





『長い間、ずっと』





 温かいような、冷たいような。





『やっと、見つけた』





 響くような、掻き消えそうな。





『ここで待ってるよ。ずっと』





 透き通っているような。淀んでいるような。





『だって君は『リュゼ!!』から』





























 誰かが俺の名を叫んでいる。





『リュゼ!!』





 だから!叫ばなくてもさっきから聞こえているってば。うるさい。







『目を開けろ!開けてくれ!』

『まだ契約は済んでないないのよぉ!』

『魔力の扱い方を教えると約束したじゃろー!』









 あー!もう!頭に響くんだって!グワングワンする。それにしても、誰かに何か言われた気がする。何だったっけ?







『この状況で契約だなんだとよく言えるな!』

『この状況だからこそよぉ!』

『お主ら!喧嘩しとる場合ではなかろう!』

『『うるさい!』』

『うっ!?』





 またズィーリオスと精霊王は喧嘩しているのか。念話で叫ぶのは止めるように言わないと。







「うるっさい。念話で叫ぶな。頭イテェ。」





 右手で頭を押さえながら呟く。







『『リュゼ!?』』

『良かった!人の子よ、目を覚ましたか!』





 ゆっくりと目を開けると、ズィーリオスと精霊王が覗き込んでいた。どうやら寝かされている様だ。





『良かったーー。どこか体におかしなところはない?』

『気分はどぉ?』







 上半身を起こして全身を確認してみるも、特におかしなところはない。だが、若干頭痛がする。こいつ等が念話で叫ぶせいだろう。







「頭痛がするぐらいで大したことはない。お前ら、念話で叫ばないでくれ。頭痛くなる」

『ごめん』

『ごめんなさぁい』

『すまなかったのぉ』







 頭痛がする場所の付近を、親指で押して揉み解す。これは、頭痛が起きた時の前世からの癖だ。痛みの中心地に届かないと分かっていても、どうしてもしてしまう。けれど、これでいつも痛みがマシになるのだ。だからこそ、この癖を治そうとすら思わないのだろうけど。





 暫くマッサージをしていると、頭痛が引いてきた。マッサージの効果か、念話で叫ばれないからか。はたまたそのどちらもか。分からないが、今はそんなことはどうでもいい。







「ここは?」







 俺が寝かされていたのは、鍾乳洞の空間でも魔晶石の空間でもない、浮島のように周りを水で囲まれた空間だった。相変わらずヒカリゴケが壁一面を覆っているので、周りに広がる水が地底湖の水であることは分かる。



 浮島の様なこの陸地は、ズィーリオスと俺がギリギリ寝そべることが出来る程度の大きさしかなく、ヴァルードは地底湖に浸かった状態でこちらを眺めていた。







『ここは、あの魔晶石の部屋からさらに進んだ先にある部屋だな』

『陸地が小さいが、ここが一番あの空間から近い場所だったんじゃよ』







 なるほど。また別の空間に移動したのか。空間自体は天井も鍾乳洞の場所よりは低く、水面から10メートルぐらいしかない。だが広さはかなりのもので、鍾乳洞の空間よりも広大だ。それが余計にこの浮島の小ささを助長させる。







『リュゼ、何があったか覚えているか?』







 唐突に話しかけられ、意識をズィーリオスに向けて切り替える。その声は真剣そのもので、何かしら重要な話なのだろう。だからこそ、今言われた内容を思い出す。確か何があったか覚えているかって聞いたんだよな。何があったかって、俺の意識が切れた時のことだよな。

 魔晶石だらけの空間にいたのは覚えてる。今までで一番幻想的な光景だったな。って聞いてるのはそのことではないよな。えーっと、確か気分が悪くなる前に、何かがおかしいって思ったような?何だっけ?







「あ!魔素!そうそう!魔素濃度が異常なほど高かったよな。あの空間」







 思い出せたことにスッキリとして、思わずパンッと手を合わせる。その音がかなり反響して聞こえ、自分で出した音にも関わらず、大げさに反応してしまう。





 そんな俺の様子が余程滑稽にでも映ったのか、ズィーリオスが肩を小刻みに震わし、ヴァルードは頑張って声を押し殺しているが、僅かに漏れている。水が細波となって広がって行っていることで隠し通せていない。もういっそのこと、思いっきり笑えばいい。というかもう笑えよ。



 諦めて溜息を吐きながら、精霊王はどう反応しているんだと思い首を回すと、空中に浮かびながらニコニコと微笑みを浮かべて俺を見ていた。まるで慈愛に満ちた聖母の様である。





 うっ。なんか今、目に見えないダメージを受けた気がする。





















 その後、ズィーリオスもヴァルードも落ち着いてきたようで、何とか会話の内容に戻れそうになった。俺がダメージを受けることになったが、先ほどまでの張り詰めたような空気はなくなっており、随分と居心地の良い空気になっていた。







『どうやらちゃんと、リュゼも覚えていたみたいだな』







 数分前まで笑っていたのが嘘のように、穏やかだが真剣な声色である。その言葉を肯定するように頷き、その先を促す。







『実はのぉ、前回あの空間に立ち寄った際は、あれ程の魔素濃度ではなかったのじゃ。それに今まであのような状態になったことがないのじゃよ』

『私もあれ程の魔素濃度は聞いたことがないわぁ。前代未聞のことよぉ』

『わしでさえ気分が悪くなるほどの魔素濃度じゃ。それも闇のもな』

「精霊王もなのか?」

『そうよぉ』

「ズィーリオスは?」

『俺は不快には感じたが、気分が悪くなるほどではなかったな』







 どうやら、ズィーリオスだけが割と平気なようである。流石聖域の管理者と言うべきか。









『そこでだ。今度は俺だけであそこへ行こうと思うんだ。何が原因か調べる必要があるからな。もしもまずい異変が起きていたら、すぐに対処しなければならない。だから、ここで待っていてくれるか?』







 全員に問いかけているというよりも、俺に問いかけている様だ。この中で一番魔素に弱いのが俺なのだから、さらに足を引っ張るわけにはいかない。







「もちろんだ。俺は役に立たないようだしな。大人しくここで精霊王とヴァルードと共に待っている」

『ありがとう』







 ズィーリオスの翼が俺を抱き締めるように覆い、もふもふの毛との間に挟み込まれる。なるほど、今のうちにもふもふを堪能しておけってことだな。よし。







『え?ちょっ!?急に何!?』







 わしゃわしゃと全身を撫で繰り回す。ふー、満足!ん?あれ?ズィーリオス、疲れた顔してどうした?あーやっぱり、手よりもブラシを使った方が良いのかな?ハーデル王国の王都には、大型魔獣用のブラシなんて売ってなかったからな。特注すべきか。







 ズィーリオスがどれぐらい調査に時間が掛かるか分からないが、その間に早速ヴァルードから魔力の扱い方について指導してもらうか。







『じゃあ、行って来る』

「疲れているなら休んでからがいいんじゃないか?」

『いや、大丈夫だ。一刻の猶予もない状態かもしれないからな』

「そうか。なら気を付けてな」

『ああ』







 水の中に飛び込み、直ぐに白い存在は見えなくなる。全く。疲れているのなら休んで行けばいいのに。ズィーリオスは真面目だなー。いくら役目と言っても、無理してまでは働かなくていいのに。まあ、危機的状況になっているのであれば、急ぐに越したことはないけど。









「ヴァルード。早速だが、暇だから魔力の扱い方についての指導を頼みたい」

『今からか?別にわしは構わないが、先ほどまで気分が優れずにおったのじゃぞ?無理する必要はないぞ?』

「無理はしてないから大丈夫だ」

『そうか。なら始めるかのぉ。だが、もし具合が再び悪くなったら必ず言うのじゃぞ?』

「わかった。よろしく頼む」







 ヴァルードが俺の正面に移動し対峙する。精霊王は興味深げに身を乗り出し、俺の隣に移動してくる。だが、座ることはせず浮いたままだ。





 ヴァルードが説明を始めようと声を発しかけた瞬間、水の飛び散る音でその声が止まる。音のする方へ視線を向けると、今はいるはずのない存在がいた。







「え?ズィー?」

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