はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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ヴァルードの願い

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「滞在?」

『そうじゃ』







 やりたいことを聞いていたのに、してほしいことを言うとは予想だにしておらず、言われたことを飲み込むように繰り返し呟く。それぐらいのことなら簡単に叶えてやれるが、本当にそれで良いのだろうか。4000年後の世界を見てみたいとか、翼を広げて自由に空を飛びたいとは思わないのだろうか。







「そんなことで良いのか?他にもあるなら言いなよ」

『それだけで良い』

「本当か?」

『本当じゃって。お主、執拗いぞ』







 そこまで言われたら、このことには口を噤むしかない。小さく溜息をつく。







「それぐらいのことなら可能だ。別に急いでいる訳でもないしな」

『おお!誠か!』

「だが1つ問題があるとすれば・・・。ズィー。暫くここに滞在してもいいか?」







 ズィーリオスへ振り向き尋ねる。ここに用があるのは元々ズィーリオスだ。急ぎの旅でもないので、俺としてはここに暫く滞在しても構わない。それに、追っ手も俺たちがロザロ山脈にいるとは思わないだろうし、時間が経てばその分、見つからずに捜査の手も緩くなるだろう。ここで身を隠すと思えばいい。

 久しぶりの聖域だ。あの居心地の良さを満喫するとしよう。しかし、まずはズィーリオスの意見も聞くべきだろう。







『別に良いぞ。そもそも暫くはここの聖域にいないといけなしな』

「そうなのか?」

『ああ。魔力を大量に消耗するからな。結界を張るために必要な準備をする期間と、張り終えた後の回復に時間を使う。だから暫くの滞在は願ったり叶ったりだ』

「よし!なら問題ないな」







 ズィーリオスへ向けていた顔をヴァルードへ向ける。







「ここに暫く滞在する。よろしくな!」







 ヴァルードの大きな目が見開かれ、キラキラと輝きだす。そして顔をずいっと近づける。反対に俺は顔を退ける。







『誠だな!?それはめでたい!』

「なっ!?」



 ベロベロベロッ。





































「なあ、ヴァルード?俺、言ったよな?」

『あ、ああ、そ、その、な?つい、じゃな?』









 べっとべとのべっちょべちょに涎塗れにされた俺は、ズィーリオスにクリーンを掛けてもらった後、ヴァルードを睨みつけていた。



 再び急だったことと、もたれ掛かっており背後にズィーリオスがいたことで、逃げることは出来なかった。

 ズィーリオスは、ヴァルードの舌が俺に付くかどうかというタイミングで逃げ出したので、被害を免れていた。逃げるなら俺も一緒に連れて行ってくれれば良かったのに。置き去りにするなんて酷い。









『誠に、誠にすまなかった。以後気を付ける故、帰らないでくれんか?後生じゃ』









 本日何度目になるか分からない溜息をつき、もたれ掛かっているズィーリオスのもふもふの毛並みに更に身を沈ませる。



 俺の目の前にはヴァルードがいるのだが、それはそれはもう見事な土下座をしていた。この世界にも土下座というものがあったのかと驚くほどのものである。怒りも忘れてそのことをツッコミたくなったが、いやいやダメだと思いだし、睨みつけている。口の端がピクピクと動きかけているのを、必死で押させているのが、怒っている感を演出している様で助かっているが。



 しかし、そろそろ表情筋が限界だ。これ以上は顔が攣つりそうだ。溜息ではなく息を吐き、睨みつけるのを止める。はあー。危なかった。





 消滅の邪龍ヴァルードを土下座させた男。





 うん。字面だけでかなりやばそうな奴だ。今の実物の消滅の邪龍を知らなければ、俺は危険人物扱いされかねないな。

 ハーデル王国では勝手に危険人物扱いにされているが。どこにも危険な要素はないというのに・・・。







「もういい。次は絶対にしないでくれよ」

『許してもらえるのかの?』

「ああ」

『滞在してくれるのか?』

「そうだ」

『ありがたい!』







 ヴァルードは上体を起こし、破顔して俺を見つめる。かつて世界を恐怖に陥れた張本龍だとは思えないな。ただの可愛らしいドラゴンじゃないか。かっこ良さ?微塵も掠ってないな。

















 暫くボーっとしながらもふもふを堪能していると、ここに来た目的を思い出す。

 そうだった。ドラゴンを土下座させるためにここに来たわけじゃなかった。









「そういえば、聖域ってどこにあるんだ?俺たちが来たところ以外に道なんてないけど。もしかしてまた幻覚魔法でもかかっているのか?」







 誰にともなく尋ねた言葉に、ズィーリオスが反応する。







『いや。この空間に聖域はない様だ。隠されている訳でもない。だが反応としてはあの向こうなんだけど』







 そして尻尾で鍾乳洞の一角を指す。そこは見る限りただの壁だった。しかしそこは地底湖の反対側で、陸地のない壁だった。ズィーリオスであれば自分の翼で飛べるので、自力で地底湖の向こう側に行くことも可能だが、幻覚でないのならば飛んで行っても意味がない。壁を破壊して行くわけでもないだろう。そもそも聖域の幻覚は俺には通用しないはずだ。理由は知らないが。







『流石聖域の管理者じゃな。方向はあっておる。バッチリじゃ!』







 ヴァルードが褒めるが、ズィーリオスは全く嬉しそうじゃない。先代から行き方を聞いていないのだろうか。







「ズィー、先代のアーデから行き方を聞いていないのか?」

『聞いてはいるんだけど、それだとリュゼが行けないなと思ってな。別の方法がないか考え中』

「俺はいけない所なのか?もしかして、一度外に出ないといけないとか?いや、俺たちが入ったところが入口って言ってたしな」







 鍾乳洞内を見渡す。が、どこかに繋がるような道も穴もなく、全く分からない。







『リュゼ。ここの守護者は、俺たちに会う前は何処にいたと思う?』







 どうしたんだ急に。意図は分からないが、答えてと視線が俺に向けられているので一先ず考える。







「そりゃ、世界を放浪してたから分からないんだが?」

『違う。前ってそっちの前じゃなくて!この地底湖から現れる前のことだよ!』

「ああ。そっちのことか」





 軽く翼でバシバシと叩かれるが痛くはないので無視だ。痛くないようにしてくれている辺り、優しさを感じる。







「水中から出て来たから、水中にいたっていうことだよな。でもずっと水中に籠っているわけではないよな。水龍とかの水の中で生きるドラゴンじゃないし。んーー。あ!もしかして、この地底湖ってどこかに繋がっている!?」

『正解じゃ!』







 ということは、だ。







「水の中を通って行った先に聖域があるのか?」

『そうなんだよ。だから困っているんだ。地底湖を通って行った先には空間がある。そこが聖域。だけど距離があるからリュゼは自分では泳げないと思う。いくらリュゼでも人間だし、息が続かないと思うんだ』







 そして再び、ズィーリオスは尻尾を先ほどの壁の方向に指す。確かに距離があるなら息が続かないだろう。そして深く潜る必要がある。一度水の中に入った時、驚くほど冷たかった。そんな冷たい水の中で長時間潜り続けるのは、例え、頑張れば出来たとしてもやりたくない。



 だが俺だけここに残るのは嫌だ。折角、英雄の森の聖域以外に来たのだから、他の聖域もどんなものなのか見てみたい。







 そうだ。そもそも濡れなければ、寒さも息継ぎも必要ないわけだ。なら濡れなければいい。ズィーリオスは、水属性も風属性も使える。どうにかなるんじゃないか?水を両サイドに割って道を作れたりしないだろうか。流石に深さがあるからそれは難しいか?









「ズィー、俺の周りに風の膜を作ることは出来るか?それか水を退かして、トンネルのような筒状の通り道を作ることは?」









 筒状のトンネル。イメージは海中トンネルだ。すると、そこにいた皆が驚きに目を見張った。

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