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鍾乳洞

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 いつまでも寝転がったままではいられないので、片足を立てて立ち上がる。気付かなかったが、身体強化が解けている。足が空振りしたときの驚きで集中が切れたのかもしれない。まだまだだな。だから、地面に顔をぶつけた時に痛みがあったのか。



 そんなことよりも、先ほどから気になる気配がある。通路の先に顔を向ける。本当に進んでもいいのだろうか。明らかにやばそうな気配がビシバシする。







「この先って本当に進んで良いのか?やばそうな気配がするんだけど」

『大丈夫よぉ。何かあってもそこの聖獣が守ってくれるわぁ』

『そりゃ守るけれども!お前も契約したいなら、死なれたら困るだろ!』

『だって聖獣が死なせやしないでしょうぉ?大丈夫よぉ、安心してぇ?聖獣が死んだら私が一番の契約者になるだけだからぁ』

『全然安心出来ない!』

「はいはーい。2人とも落ち着いて。危険になったら逃げればいいし、ズィーを死なせることはないから。精霊王もあまりズィーを揶揄わないでくれ」







 言い合いになった2人の間に割り込み、両手を広げて制止させる。先日は仲良く俺に魔物を嗾けていたのに。やっぱり出会いが悪かったのか。仲良くしてくれたらいいんだけど。まあ、また魔物の前に放り出されるのは勘弁だが。



 あ、そうだ。魔力が開放されたのだから、俺自身でクリーンの魔法が使えるは使えるはずだ!そう、魔法!ベトベトの顔を拭いた袖や、砂埃が付着した服を綺麗にしよう。

 魔法はイメージって言うよな。全身が綺麗になるイメージだ。肌は風呂上がりのように綺麗で、服は洗濯後のように清潔で。







「クリーン!」





 ・・・・・。





 何も起きない。俺の言葉で言い合っていた2人がこちらに意識を向ける。魔封じはなくなり、体外に魔力を出すことが可能になった。なのになぜ魔法が使えない?クリーン等の生活魔法は属性に関係なく使えるはず。なんで?







「クリーン!クリーン!クリーン!」







 何度やっても何も起こらない。魔力が流れているのは感じる。体外にもきちんと出ている。ただ発動しない。







『リュゼ・・・』







 心配そうにズィーリオスが顔を覗き込む。







「大丈夫だ。何かコツがあるんだろ。今は出来なくてもきっと出来るようになるはず。とりあえず今回はズィーに頼んでいいか?」







 ズィーリオスにクリーンを掛けてもらい、全身スッキリとする。今までだって魔法は使えなかったんだ。今更少し使えない時間が伸びたって問題ないよな・・・。



 自分の揺れる心を落ち着かせるために言い聞かせる。今はまだ上手く力が扱えていないからだと。







「行くぞ。2人とも」







 これ以上ここに居ても意味はない。考えていた思考を振り切るように先に進んだ。















































 ポチャン。





「すっげぇーなここ!!ロザロ山脈にこんなところがあったなんてな!」





 ピチャン。





 1本道だが、立体的に曲がりくねった通路を進むと、そこに在ったのは巨大な鍾乳洞であった。どうやら今通って来た通路は、この鍾乳洞の壁に開いた穴になっているようだ。鍾乳洞の中心は、一面地下水の地底湖になっている。地底湖の側に足場となる地面がある。高さは10メートルぐらいか。これぐらいであれば問題ないので、穴から飛び出して降りる。





 俺の急な行動にズィーリオスが慌てて追って来る。精霊王は俺よりも先の水辺にいるので危険はなさそうだ。



 深い蒼を閉じ込めたような地底湖の水は、澄んでいてとても美しい。鍾乳石から水滴が水面に滴る音しか聞こえず、高濃度の魔素の中にいるのにも関わらず気を緩めたくなる。







「ここの魔素濃度はかなりのものだな。魔素濃度が高い所は魔物が多いと聞いたが、ここに来るまで1体もいなかったし、周辺にそんな気配もないな」







 独り言で呟いたつもりが、思ったよりも大きく響いて聞こえた。







『これほど濃厚に気配をまき散らしていたらぁ、魔物がいないのは仕方ないのではないかしらぁ?』





 水の中を覗き込んでいた精霊王が、こちらに振り返りながら答える。気配というのは、洞窟の入口で感じていた存在のことだろう。ここに来るにつれて気配が次第に強くなっていた。この鍾乳洞内でも感じる。それも今までで一番強烈に感じる。魔物は本能的に、この気配の主に恐れを抱き近づいて来ないのかもしれない。















『斯様な場に客人とは僥倖』











 突如響いた見知らぬ男の声にハッとなり、すぐさま身体強化を掛けズィーリオスの傍で警戒態勢を取る。



 ずっと感じていた存在の気配が一段と強くなる。鍾乳洞全体が揺れ出し、いくつかの鍾乳石が折れ、地底湖に落ちて沈んでいく。揺れが激しくなり、俺とズィーリオスはピタッとくっつきながら辺りを警戒し続けるが、精霊王はこの状況下でも意に介していない。地底湖の端に立ったまま、水底を見つめ続けている。





 精霊にとって物理的な攻撃は無意味だから余裕なのだろうが、見ているこちらは気が気でない。すると、水面が大きく盛り上がりだす。それでもまだ精霊王は動かない。こっちに来るように伝えたいが、揺れに抗い立っているのに精いっぱいで、声に出すことが出来ない。













 ザッパーーーン!

 ひときわ揺れが大きくなったと同時に、盛り上がっていた水面が縦に大きく2つに割れる。割れた水が重力に従い水面を叩き、大きなうねりとなって沿岸部に溢れだす。大きな波となり、俺たちを飲み込もうと迫って来るが、後ろにグイっと引っ張られる感覚と共に、視界が急回転しズィーリオスの背中にいて空中へと避難していた。





 視線を地底湖の方へと戻すと、そこにいたのは、全身漆黒の鱗を水滴で濡らしたドラゴンだった。













 おお!ドラゴン!流石異世界!ファンタジー!カッコイイ!



 恐怖を感じるよりも、目の前の存在への好奇心が勝り、稚拙な語彙力のない感想しか浮かんでこなかった。そんな俺の食い入るような視線に気づいたのだろう。ドラゴンがこちらに顔を向ける。









『いやはや、すまなかったのぉ。これほど水が溢れるとは想定外じゃて。なるほどのぉ、聖獣か。代替わりをしたのじゃな。もう大丈夫ゆえ、降りてまいれ』







 どうやら俺の存在には気付いてないらしい。視線で気付いたと思ったが違ったようだな。先ほどまでいた地面を見てみると、既に水は引いており乾いていた。

 相変わらず精霊王は元居た場所から動かず、俺たちとドラゴンを交互に見てニヤニヤしている。







『私を無視とは酷いわねぇ』

『んん?おお!闇の精霊王ではないか!久しゅうのぉ。聖獣と闇のが一緒とはいかがした』







 なんと精霊王とこのドラゴンは知り合いのようだ。ズィーリオスはこのドラゴンが敵意がないと判断したようで、精霊王がいる場所の後方に降り立つ。元々立っていた場所と大体同じ場所だ。







『時の流れは残酷なものねぇ。貴方のその目はもう何も映していないのかしらぁ?本当に私達だけしか見えないのぉ?』

『なんじゃ?他にも誰かおるのか?もしや先ほどから感じる変わった魔力かのぉ?』







 ドラゴンが視線を動かし、ズィーリオスへ向ける。そのまま視線をさらに動かし、側に降り立っていた俺と視線が交差する。すると、目が見開くように大きく広げられ、微動だにしなくなった。



 その様子を見て精霊王が爆笑している。何がそんなに面白いんだか。爆笑している姿でさえ色っぽく見えるのはもう色々とアウトだろ。前世を振り返っても勝てる要素がどこにもない。



 そうやって少し現実逃避をしていると、やっとドラゴンが再起動した。でっかいお目目に見つめられ続けたら居心地悪くなるって。







『なんと、人の子が斯様な場にいるとは。この場の魔素の濃度に耐えられるとは珍しいのぉ。それにお主らと共にいることも驚きだわい』









 だからドラゴンよ。そんなにじっくりねっとりと見つめないでくれ。どうすればいいか分からないではないか!

 ドラゴンの顔が、俺の1メートル手前まで近づいて来ている現状で、本当にどうすればいいんだ?俺の視界いっぱいにドラゴンの顔面が映っている。それ以外は映らない。









『近づき過ぎよぉ。リュゼが困っているじゃなぁい。離れなさぁい』

『おお、すまなかった。人の子よ。リュゼと言うのだな』







 困っていると、ズィーリオスが俺とドラゴンの間に割って入って来る。それを見た精霊王がドラゴンを窘める。お陰で視界が晴れ晴れとした。良かった。一生視界がドラゴンで埋まるかと思った。脳内にはくっきりとドラゴンの顔のアップ画像が残っているが。







 ドラゴンが姿勢を戻し、こちらを見下ろす。





『一先ず挨拶が先じゃな。良くぞいらっしゃった客人よ。わしはここに隠居中の老龍じゃ』

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