はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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入口

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 ガガーーァ。





 勢いを殺すことなく、殴った腕を振りぬく。殴り飛ばされた魔物が、地面を抉りながら徐々に勢いを弱めていき、ピクリとも動かなくなる。





『お疲れ、リュゼ。今ので最後のようだね』

「おおー、ズィーもお疲れ」

『あれだけの数を1人で相手取るなんてリュゼは良く頑張ったわぁ』

『俺も戦っていたんだけど?』

『えぇ?何かしてたかしらぁ?』

『魔法攻撃は全部俺だよ!』

『目の錯覚じゃなぁい?』







 言い争う2人は無視して、手や服に付いた砂を掃う。









 ズィーリオスの憶測ではあったが、俺の髪の色が変わった理由を聞いた後、スッキリとした胸の取っ掛かりを表すように、身に付けていたマントを脱いでいた。このような場所に他の人が来ることはないので、動きを阻害するものは必要ないだろうと判断した。ここ数日、お陰でだいぶ動きやすくなったが、場所柄、砂埃が凄く、何度も叩き落とさないといけない状況になっているが、マントを着ているよりも幾分かマシだった。











 現在は、巨岩亀との戦闘からさらに2つの峰を超えた場所に来ている。

 そして先ほどまで、周辺の岩に擬態し群れ、通りかかった獲物を襲う岩軍虫と呼ばれる魔物と戦っていた。名前の通り、軍隊のように連帯を得意とし、1匹いたら100匹いると思えと言われる皆嫌いなあの害虫と同じように言われる程、その数は多い。基本的に群れで行動し、群れの規模は最低でも100匹は超える魔物だ。

 群れでの脅威はCランク程と言われているが、1匹1匹は大した強さではなく、Eランク程だと言われている。例外として、群れのボスである将軍と呼ばれる個体はDランクだ。



 だが、問題なのは数ではない。

 岩軍”虫”と呼ばれていることからわかる通り”虫”なのだ。俺は前世から虫が嫌いだ。その存在が視界内に入り、脳が認識するだけで嫌なのだ。実際にいなくても、だ。



 そんな大っ嫌いな奴らに100匹以上で囲まれたのだ。鳥肌が立ったのは言うまでもない。

 見た目は岩のように丸くゴツゴツしているが、石の鎖の様な足がその体から左右に3対ずつ生えている。さらに、足より細い触覚が丸い目の上に飛び出している。キモイ。めちゃくちゃ気持ち悪い。虫と言うだけで受け付けない。



 だから俺は、ズィーリオスの背中に抱き着いて戦闘を回避していたのだが、いきなり1匹が飛んできたのだ。いや、正確には吹き飛んできたと言うべきか。ズィーリオスの魔法攻撃の余波で、既に事切れていたが、完全に俺に当たる軌道で飛んできた。そのことが嫌過ぎてパニックになり、飛んできた虫をぶん殴って気付いたら俺も戦闘に参加していた。



 どれだけの数の虫を素手で触っていたのかは思い出したくもない。意識が飛んでいた分、思い出せなくて安心ではあるが。



 いや、あれは虫ではない。そう、岩だ。ただの岩だ。岩、岩、岩、岩・・・・・。





















『それにしても、戦いながら移動していたようだな。ここまで来ていたとは』





 ズィーリオスの言葉に意識が戻って来る。どうやら移動していたらしい。風景が変わらないので、俺にはさっぱりだ。







「聖域まであとどれぐらいなんだ?結構進んできているが」

『ここだよ』

「は?」

『この辺のはずなんだけど。どこだろうな』







 辺りを見渡すが、大きめの岩が無数に転がっているだけで、穴もなければ木もない。聖域っぽい要素は何処にもなかった。だが、ズィーリオスは立ち止まり、首を傾げている。



 聖域はバレないよう巧妙に隠されているので、魔力を広げて結界の魔力反応を探しても見つからない。だからこそ、本能で場所が分かるズィーリオスが頼りなのだが、そのズィーリオスは目の前の地面を見つめるだけ。







 ズィーリオスが見つめている地面は、大小さまざまな岩が混在し、その隙間からは地肌が見える。その場所まで歩き、端の方にある岩を蹴ってみるも、確かな感触が返って来る。幻覚ではなく実物だ。幻覚で入口を偽装しているわけでもなさそうである。



 では、このどこかに入口が隠されているのだろうか。上手く幻覚で偽装されているのかもしれない。とりあえずさらに反対側の方に行くために、他の場所よりは比較的小さめな、邪魔になっている先ほどの岩を退かすことにしよう。



 身体強化を掛け、岩を横に退かす。ん。小さいのに案外重いな。よいしょっと。これで岩の向こう側に行ける。







「のわぁ!!」

『『リュゼ!?』』

「ッ~~!?」









 踏み出した足は、地面に触れることなく空振りした。そして足の代わりに顔面が地面に激突し、重力に従って・・・落ちた。踏み出し空ぶった片足ではバランスを取れず、足首を捻り再び顔面をぶつけそうなところをとっさに両手を出して上半身を支える。



 足首も顔面も痛い。どちらも痛くて忙しい。両手の手のひらも地味に痛い。

 体を横たえ、顔面を抑える。





『リュゼぇ!?大丈夫かしらぁ!?良かった生きてるわねぇ!』







 スタッ。

『リュゼ!無事か!?無事ではなさそうだな』







 2人が側に来た気配を感じるが、痛過ぎて確認をすることも出来ない。回復しなければならないが、痛みで、魔力の制御が上手く出来ない。怪我の箇所に魔力を集めるだけのことなのに、自分の膨大な魔力を痛みで上手く扱えず、体外に霧散していく。そのことにさらに焦り、制御が利かなくなっていた。2人が何か言っているが、意味のある言葉として聞こえない。







 暖かな光と温もりに包まれ、痛みが引いていく。痛みが消えると共に、霞んでいた思考も動き出す。



 光が収まり、両手を顔から離す。両手は傷1つなく、顔をペタペタ触ってみるも、痛むところはない。足首も問題なく動く。すると、生暖かいものが顔を覆い、全身がもふんと暖かなものに包まれる。ズィーリオスだ。





『良かったー。大丈夫そうだね。本当にびっくりしたんだからね!急に目の前で、地面に飲み込まれていくんだもん』

「ごめん。治療もありがとな」

『これぐらいはどうってことないよ。でもあれは分からないよ。仕方ない』







 生暖かい湿ったものが顔から離れる。ベトベトな顔を袖で拭き、ズィーリオスの視線の先を辿ると、俺が落ちて来た頭上を見ていた。高さは大体3メートルぐらいか。そこには、外の青空が見える。







『ここからは外の様子が見えるようだね。実はね。リュゼが落ちた後、外からはここの様子は見えなかったんだ。だからあれは完全に幻覚だね』

『ここが探していた聖域の場所に間違いないってことねぇ。お手柄よぉ!リュゼぇ』

『確かにお手柄だけど!リュゼが怪我したんだぞ!』

『けれど聖獣が治したのだから問題はないじゃなぁい』







 外からはここの様子は見えなかったのか。でも何故、物を遮らない幻覚の魔法が掛けられていたのに、その上に岩が乗っていたんだ?乗っているのはおかしくないか?







 精霊王と見つめ合っているズィーリオスを軽く叩いて、呼びかける。

即座にこちらに意識を向けてくれるが、俺が邪魔したとはいえ良いのだろうか。あ、うん。大丈夫ですか。

 俺の疑問を聞いてみる。







『あー、それはな。どうやら、リュゼが動かした岩があっただろう?あれがある間だけ発動する物理結界が張られていたようだ。あの岩が結界の要になっていたみたいだな。良く見たらその残滓があった』







 確かにそれじゃあ分からないな。あの岩を退かそうと思わなければ、見つけるのにもっと時間が掛かっていたってことだよな?アーデは随分と上手く、聖域の入口を隠していたようだ。





 あれ?待てよ。聖域って、中に入ると結界を通り抜けた感覚がするよな?痛みで感じなかっただけか?





「ズィー。その物理結界は、俺たちが通った時には既に効果が無かったんだよな?」

『うん。そう。ただ幻覚魔法が展開されているだけだった』

「ならまだここ聖域内ではないってことか?」

『正解。この洞窟の先にあるみたいだ。入口はここだけどな』









 そうして示した先には、確かに奥へと続く道があった。









 なんかこの状況、つい最近もあったよな。少し違うのは、通路の先が真っ暗ではないというところか。通路の壁には、ヒカリゴケと呼ばれる苔が生えており、視界を確保出来ていた。ヒカリゴケは周囲の魔力を吸収して、自ら発光する植物だ。暗く、魔力が満ちている場所に映えていることが多い。ただし、魔力が満ちていると言ってもダンジョン内では存在せず、自然界の中だけに限られる。





 どうやら聖域には、簡単にはたどり着けないようだ。

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