はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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魔封じの耳飾りと新たな出会い

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 捕まえた遁走の花は、今までの逃げっぷりが幻だったと疑うほど、うんともすんとも言わなくなってしまった。だが、先ほどまでの光景が脳裏にこびり付いており、手を開いてしまったら再び動き出すのでと気が抜けない。手の中の遁走の花を見る。地面に大人しく埋まっていた時のように、美しいままだった。



 遁走の花の蜜が、魔封じの解除に効果がある可能性があるとガルムが言っていたが、蜜はどのように採取すればいいのだろうか。1本に花はたくさんついてはいるが、これで足りるのだろうか。もっと必要なのか?封鎖した出入口に群がって、ぴょんぴょんと跳ねている遁走の花を見つめる。もう追い駆けっこはこりごりだ。







「兄様!捕まえられたんだね!お疲れ様!」







 背後からの声に振り向くと、シゼが小走りで近づいて来た。その後ろからはレオが、ゆっくりとこちらに向かって歩きながら労いの言葉をかけてくれる。ズィーリオスもこちらに来たので、協力してくれた礼を言う。側に来たシゼの頭を撫でていると、捕まえた遁走の花が光を放ちながら手の中から消え、代わりに直径3センチほどの大きさの球体の物質になっていた。魔石かと思ったがそうではなさそうだ。表面は厚めの幕のような透明なものに覆われ、中にトロっとした液体状の黄金色のものが入っていたのだ。これが蜜なのだろう。







『やったな!リュゼ!これでやっと!やっと!!』

『あ、ありがとう。でも、え?ちょっと大げさすぎない?』





 俺の手元を見たズィーリオスが、千切れんばかりに尻尾を振りながら、跳ねるように俺の周りをぐるぐると上機嫌で回っていた。確かに、やっと魔封じの耳飾りを外すことが出来る可能性が生まれたが、まだ確定したわけでもなく、魔力の体外放出が出来るようになるかもというだけで、属性なしであることは変わらない。クリーンを代表とする生活魔法ぐらいしか扱えないだろう。それなのに、このリアクションは大きすぎると思うのはおかしいだろうか。







『え?だってだって!えへへ!』





 テンション上がり過ぎで、久しぶりに精神の幼いズィーリオスを見た。やばい。いつも凛々しい言動なのに、昔まだ俺の世話が必要だったころの幼い子犬のようでめちゃくちゃ可愛い。このギャップがたまらないんだよね~。



 十分に萌えを堪能した後、ズィーリオスがやたらとテンションの高い理由も、今まで放置していた謎の存在の正体も、心の余裕が出来たからか気になりだしてきた。







「あとはこれを飲めばいいのか?それとも直塗り?」







 希望としては、美味しそうなので飲んでみたい。これほど入手するのが大変だった代物だ。絶対美味しいに決まってる。これで不味かったら、大人しく出入り口付近の地面に根を張った、閉じ込められた遁走の花を燃やし尽くしてやる!ズィーリオスが!!



 飲みたいから飲もう。うん、そうしよう。膜に齧り付いて中の蜜を吸おうと口に球体を近づけた時、ズィーリオスから待ったが掛かる。すると手元が光だす。驚いて視線を下に下げて手元を見ると、球体を中心としてキラキラと輝く光の粉が、内部の蜜に吸収されるように消えていった。







『さて、もう飲んでいいよ!大丈夫だから!』

『待って。今のは?』

『それも飲んだら分かるって!いいから飲んでよ!さあさあ!』





 詳しい説明はしてくれないようだ。飲むのが正解なようで良かった。飲んだら分かると言うのだから飲むことにしよう。ズィーリオスは俺の両手を鼻面で押して、早く飲むように急かす。促されるまま球体を口に運び、蜜が零れないように顔を上に向ける。膜に歯を立てると、トプっと蜜が舌の上に垂れてきた。その味は今まで食べたどの蜜よりも繊細な味をしていた。



 香しい花の香りが喉を通り鼻を突き抜け、滑らかな舌触りと甘ったる過ぎない上品な甘さ。僅かに酸味も感じるような不思議な、けれど体の底から温かくなる心落ち着く味だった。



 ん?体の内側が温かく感じているのは気のせいではない。

 魔力が体内で活発に動き回っていた。しかし、魔力が暴発しそうという危機感は感じない。むしろ、狭く窮屈な場所に押し込められて小さく変形していたものが、遮るものなく本来の姿を取り戻し大きく広がっていくような、そんな開放感があった。

 そして、ピシッという音が聞こえた後、両耳に感じていた慣れ親しんでいた重さがなくなった。ほんの僅かな、たった数グラム程度のものだけれども、俺とバルネリア家を繋ぐ忌々しい重しが完全に取り払われた。



 側にいたズィーリオスが、甘えるように俺の顔に自分の顔をこすりつける。その瞬間、体外へと流れることが可能となった魔力が、ズィーリオスへと流れていく。反対に、ズィーリオスの魔力が流れ込んでくるのがわかった。お互いの魔力を交換するように、体の中を循環していく。俺の魔力がズィーリオスの体を巡り、再び俺に戻って来る。ズィーリオスの魔力も同様だった。それが心地よく、今まで以上に契約の繋がりが強固なものに変わったことを本能的に悟った。本当に、一心同体となったと感じるほどの安らぎがそこにはあった。





 ズィーリオスとの魔力交換後、今まで無理やり抑え込まれていた魔力が体内では収まりきらず、思わず体外へと放出していく。放出された魔力が、自分の見えない手足のように広がっていく。制御するまでには至らないが、感覚として把握することは容易だった。そんな広がっていく魔力に意識を向けていると、ズィーリオス、レオ、シゼ以外の魔力を近くに感じ違和感を覚える。その場所に視線を向ければ、あまりの衝撃に息をのみ、時が止まったかのようにその場から動くことが出来なくなった。





 ありとあらゆる美を詰め込んで作られたような、この世の最高傑作とも言える絶世の美女がいた。





 長く艶やかな黒髪に、典麗な眉。二重の目に縁どられた長くふさふさとしたまつ毛。秀麗な鼻筋に、上唇と下唇が黄金比の1:2の厚さをし艶やかで色っぽい。それら全てのパーツが最適解で組み合わされた淡麗な顔。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる豊麗な体付き。黒くシンプルなデザインだが、彼女のスタイルの良さを引き立てるタイトなロングドレス。左の太ももが見え、きわどいラインまで切り込みのあるスリットが入っていた。肌は瑞々しく健康的だが、全体的に薄っすらと透けていた。しかしそれも気にならない程の凄艶な女性だった。







 俺の視線に気づいた女性が破顔して近づいて来る。先ほどは気付かなかったが、彼女は足が地面についていなく浮いていた。







『やぁ~と目が合ったわぁ!初めましてぇ!私、貴方を気に入ったのぉ。突然だけれどぉ、私と契約してくれないかしらぁ?』







 美女の接近に脳が思考を放棄する。これほどの美女に未だかつて会ったことがあっただろうか。いや、ない。男も女も関係なく、全ての人を魅了するだろう色気をまき散らした女性だった。

 だが、視界に割り込んで来たズィーリオスのもふもふを見て我に返る。言われたことを思い出し、高速で脳を動かして思考する。どうしよう。内容よりも、話し方が気になって思い出せない。ぶりっ子と言うよりも、色気を感じさせる甘さを含まないイントネーションだ。ぶりっ子は苦手だから甘さが無くて良かった。







「その、契約とはズィーリオスと同じような契約のことか?」

『あらぁ、意識が保てるのね。私の目に間違いはなかったわぁ!』





 頬に手を当ててウフフっと笑っている目の前の美女は、どうやら俺が意識を保っていただけでお気に召したようだ。正直なところ、俺は人よりも、もふもふの方を愛してると言っても過言ではない程好きなのだ。人は信じられないが、もふもふは信じられる。目の前の女性は人ではないだろうが、人型の時点でダメだ。どれ程の絶世の美女でも、俺のもふもふ愛に勝つことは不可能だ。

 俺の話を聞いていない美女に、もう一度同じ言葉を尋ねる。







『ええ!そうよぉー!だって私、精霊だものぉ!』







 その発言に予想は出来ていたとはいえ、軽く目を見張る。人生初の精霊との対面である。







「ここに案内したのもあんただよな?」

『そうよぉー。貴方が飲み干した蜜にキラキラしたものを掛けたでしょうぉ?あれも私よぉ』

「それにはどんな意味があったんだ?」

『あれは精霊の祝福なのぉ。あれがないとぉ、遁走の花の蜜だけでは魔封じなんて外すことは出来ないのよぉ?』





 まさかの遁走の花の蜜だけでは材料不足だったようだ。しかし、たまたま彼女に完成させてもらったのであれば、俺は運が良かったのだろう。それなら、彼女が契約を結びたいと言ってくれているのであれば、こちらとしても反対することはない。精霊との契約などわくわくする。あ、だが色々聞いておかないといけないな。







「本当に俺と契約をしてもいいのか?精霊はエルフとしか契約しないと思っていたが」

『勿論よぉ。そもそもぉ、精霊は自分の気に入った人物とならぁ、種族は関係なく契約するものよぉ。ただしぃ、一定以上の魔力量がないと精霊を見ることもぉ、その声を聴くことも出来ないからぁ、自然と魔力量の多いエルフと契約をするってだけねぇ。貴方はぁ、その条件に見合うだけの魔力量を持っていたのだけどぉ、魔封じのせいで外に魔力を放出出来ずぅ、今まで私の姿や声が認識出来ていなかったのよぉ』





 なるほど。外部への放出魔力量が問題だったのか。そしてふと、レオとシゼのことを忘れていたのを思い出し、様子を見てみると、いつの間にか俺とは反対側のズィーリオスの側に移動していた。だが、少し距離を置いて眺めている。

 どうやら姿や声は見えないし聞こえないらしいが、俺が精霊と契約しようとしていることだけは認識したようだ。レオのその目は近づきたいと主張しているが、シゼが何とか近づけないようにと葛藤しているようだ。ありがとうシゼ。もうちょい待ってくれ。





 そして再び精霊へと向き直り、契約することへの了承を伝えた。

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