はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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消えた者達

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 宿の与えられた部屋に戻る。高級宿はやっぱり普通の宿とは違い、内装がおしゃれで高級感があった。それに部屋が広く、ベッドが大きい。備品1つ1つから品質の差が窺える。冒険者の宿泊費も学園持ちなため、こんな場所にタダで泊まれるというのが気分が上がるんだよな。

 学生たちは、2人または3人で1部屋を使っているらしい。この宿で一番安い部屋が冒険者の部屋だが、俺はズィーリオスとだけのいつも通りのため快適だ。



 窓際まで歩き、窓を開放し外を眺める。夜も深まり出していた。真っ暗な闇の中、飲み屋のお店の明かりだけが浮かび上がっている。あ、スティピードの人たちだ。大きな袋をたくさん荷馬車に乗せているな。どこに行くんだろう。暗い所じゃ作業し辛いだろうに。何か仕事任されたんだろうな。頑張れー。



 本当にここ、村って感じがしないな。だが、街と言うにはかなり小さい。高級宿のある村。やっぱりおかしい。学園の利用以外に需要はあるのだろうか。採算が取れているのか謎過ぎる。









コンコン。

「あのー。リュゼ。いますでしょうか?アンナです」







 どうしたんだ?まだ夜遅くはないが、貴族の令嬢が年頃の男の部屋に来るなんて、誤解を招きかねない。アンナならそんなことは分かっているだろうに。それでも来るとは、何かあったのかもしれない。







「いるぞ。中に入りな」







 扉を開けアンナを中に招き入れる。1脚しかないイスを差し出し座らせる。学生たちはもう寝ているはずの時間なんだがな。本当に何かあったようだ。物思いにふけったまま座りこんでいる。ベッドで寝そべっているズィーリオスの側に腰を下ろし、アンナを見つめる。







「何があった」

「へぇぁ!?な、何?」

「何があったと聞いている」

「え?えーと!何もないよ。大丈夫!」







 何かあるのは確実だろう。しかし何もないかのように、一瞬で明るい笑顔を形作るアンナ。その笑顔は無理しているようにしか見えない。心は助けを求めているのに、プライドが邪魔をして助けてと言えない。自分の弱さを見せたくない。そんな風に見えた。



 まるで、自分を見ているようだった。だからこそ思うのだ。今の彼女に、かけてあげられる言葉などない。陳腐なセリフなど無意味だ。心に投げかける言葉だからこそ、真に心が籠ってないとすぐにわかるものだ。そして、本人に相手の言葉を聞く意志がないと、全ての言葉に薄っぺらく感じてしまう。

 自分で答えを見つけ出すのを見守ってあげるか、耳を傾ける意志が出来るまで、そっと見守っていてあげよう。



 だが、いつまでもこのままの気持ちだとずっと辛いままだ。今出来るのは、あれしかないな。







「よし。ズィー!やってしまえ!」

『了解!』







 俺の合図にベッドから飛び起きたズィーリオスが、アンナの手前に着地し、鼻面をアンナの顔に押し付ける。







「なに!?どうしたの?ズィーリオスちゃん!ふふっ。くすぐったいわ!」







 心が落ち込んでいる時はアニマルセラピーに限るな。うんうん。アンナがズィーリオスと戯れることで、辛気臭かったのが嘘のように、晴れ晴れとした笑顔をしていた。一時的とは言え、心から笑えないと病んでしまうからな。やっぱアンナには笑顔が似合う。







「何見てるのよ!」

「いや?やっぱりアンナは、笑顔が1番可愛いなと思ってな」

「な、何言ってるのよ!ズィーリオスちゃん!反撃よ!!」







 顔を真っ赤にして狼狽えたアンナは、恥ずかしさを誤魔化すようにズィーリオスに指示を出す。そしてノって答えるズィーリオスが、俺に飛び掛かる。押し倒され、顔中をベトベトにされ、押し返しても心地よいモフっとした感触しか返って来ない。完全に俺の負けだった。その対価にアンナが笑えるのならいいかな。部屋に広がる笑い声に抵抗することを諦めて、大人しくベトベトにされるのだった。































「そういえば、お昼の盗賊の襲撃の時に、リュゼは殿下方の救出を行っていたとっ殿下が仰っていましたが、殿下方の側に誰も他にいなかったということですよね。殿下方の護衛担当の冒険者の方は、何をなさっていたのでしょう」

「そりゃあ、混乱していた他の生徒たちを守るために・・・あれ?」







 考えてみればそうだ。冒険者であれば、馬車が完全に停車する前に飛び出すことだって可能だろう。特に初撃の魔法攻撃の雨の時には、ほとんど停車寸前だったのだから。なら、護衛依頼で来ているのだから、まず担当の者達を守るために動くのが当たり前だ。俺の場合は、ズィーリオスが問題なくカバー出来ていると分かっていたから、任せて持ち場を離れた。担当の護衛対象を守ってさえいれば、別の人物が担当する護衛対象を、全体的な護衛対象として守ることは問題はない。



 だが、レオ達の下へ向かっている時、護衛の冒険者が出てきたのを見ていない。他の冒険者は見かけたが、レオ達の担当の冒険者だけは見ていない。森の中に入った十数秒でさえも、レオ達の側に近づく気配を探っていたので、誰も来ていないことは確かだ。俺がいる間も誰も来なかった。まさか・・・。









「アンナ!レ、んんっ。殿下方の担当の冒険者が誰か分かるか!?」

「いきなりどうしたんですの?」

「いいから!分かるのか!?」

「ええ、護衛して下さる冒険者の方のお名前は、全員覚えていますわ。なんでしたっけ。ええーっと。・・・・・ああ!スティピード!スティピードのアソードさんたちですわ!」

「助かる!」

「ってちょっとリュゼ!?どこ行くんですの!」







 アンナの口から名前が出た瞬間、剣とカバンをひっつかみ乱暴に扉を置け放って廊下に飛び出る。目指すは同じ階のスティピードの部屋。まとめ役だからと階段に一番近い部屋だったことで、偶々覚えていた。部屋の中の気配を探るが何も感じない。念の為、ドアを蹴破り確認するも、やはり誰もいなかった。







「リュゼ!?はぁ、はぁ、どう、したんですの!?」





 追いついて来たアンナが問いかけるが、詳しく答えている暇はない。







「アンナ!殿下とバルネリア公爵子息の部屋は何処にあるか分かるか!?」







 肩を掴み訊ねる。その様子を見たズィーリオスが無言で間に入り、俺とアンナを離れさせる。はっとしてアンナをきちんと見ると、怯えた顔をしていた。息を吸って落ち着かせる。







「すまない、アンナ。乱暴だった」

「いえ、大丈夫です。それよりも落ち着いてくれて良かったですわ」

「本当にすまない。実は」





 口元をアンナの手で遮られる。一体どうしたというのか。





「緊急事態なのでしょう。何もお聞きしませんわ。殿下方のお部屋なら存じております。ついて来て下さい」







 詳細を説明してないのに、大事なことが起きていると分かってくれていた。ありがとう、アンナ。

 駆け足で階段を上り始めたアンナの後を追いかけるが、普段運動しない令嬢だからだろう、直ぐに息が上がっていた。後ろから掬い上げるように、アンナを抱き抱える。所謂お姫様抱っこというやつだ。







「リュゼ!?お、下ろして下さい!恥ずかしいです」

「息が上がっていたじゃないか。俺が運んだ方が早い。何階だ?それに舌を噛むから喋るな」

「う、うぅー。4階です」

「わかった」







 舌を噛むのは痛いから嫌だろう。大人しくしていてくれるようだ。一気に4階まで駆け上がる。







「部屋は?」

「右の奥の部屋です。お2人は同室だったと記憶しています」







 気配を探るが何も感じない。ドアを蹴破って確認するが、やはり誰もいない。







「クソっ!やられた!」

「あれ?お2人がいらっしゃらないですね」

「まだ憶測の範囲だが、多分スティピードが殿下たちの失踪に関わっている」

「そ、そんな!」

「だからまだ憶測だ!あいつらがどこかへ出かけるのを見かけたんだ。殿下たちを探してくる!アンナはここに残っていてくれ。もし殿下たちが勝手にどこかの部屋に行っているだけとかならいいが、もしもの時は事情を説明出来る人がいないと。下手したら朝までに戻れないかもしれないしな」







 唇を噛みしめ俯いていたアンナは、意を決したように顔を上げ、俺の目をしっかりと見つめ返す。







「わかりましたわ。しかし、殿下方と共にリュゼ達も無事に帰ってきてくださいね!約束ですよ!」

「ああ、分かっているよ」





 アンナが安心できるように、柔らかく微笑む。片手をアンナの肩に置き、ポンポンと叩いて側を通り抜け、階段を降りるために廊下の先に歩を進めた。
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