はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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緩やかな時間

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 柔らかな木漏れ日が射し込む森の中。木々の伴奏に、小鳥たちの歌声がBGMとして流れるレストランにて。

 俺とズィーリオスは、高級焼き肉店に来ていた。他の客はいない、完全プライベート空間。先程、店員さんがお肉を持って来てくれた。自分たちで焼くと伝えたため、この場には姿はない。追加で注文がしたい時には、テーブルの上にある専用のタブレットを使い、注文を行うだけ。暫くした後に、店員さんが持って来てくれる仕組みだ。



 今日は、ズィーリオスとの焼き肉パーティーの日。

 準備された炭火の上の網に、1枚ずつ丁寧にお肉を載せ、並べていく。ジューという音がもう堪らない。ズィーリオスは瞳を輝かせ、今にも鼻先が網に触れてしまいそうな程近づいている。



 ごくっ。とても美味しそう。でもまだダメだ。火が通っていない。お肉をひっくり返す。

 なんと言っても、今日のお肉はÅ5ランクの和牛なのだ。何種類かの希少部位すら含まれている。



 あと少し、あと少しだ。っ!今だ!

 トングでお肉を掴もうとした瞬間、お肉からズィーリオスに似た翼が生え、上空へと飛び立つ。まさかの事態に、ズィーリオスは目を真ん丸にして微動だにせず、俺はトングを上空に振りかざし、お肉に向かって叫ぶ。







「俺のお肉-----!!!」







『お!起きた!!』


「起きたわね!」







 急に森の中から、どこかの部屋の天井に視界が映り変わる。木漏れ日よりも強い日差しが差し込んでいた。すると、横からにゅっと水色の髪と目の少女、アンナが覗き込んでくる。

 ・・・あ、お肉捕まえに行かないと。布団を首元まで引き上げ、アンナとは反対側に寝返りをうつ。







「なんで寝ようとするの!?もう十分寝ているじゃない!皆あなたが目覚めるのを待っていたのよ!?」





 いやいや、そもそもなんでアンナがいるんだ?そして、起きるから揺さぶるのを止めろって。





「わかった。起きるから。止めろ。傷口が開くだろ」
「大丈夫よ。怪我がないのは確認しているから」





 ベッドから上半身だけを起こす。俺が楽に出来るようにズィーリオスが背中を支えてくれたので、そのままもたれ掛かる。傷がないのは把握済みだったか。ちっ。

 仕方がないので辺りを確認すると、部屋の中はシンプルだが、質のいい調度品が飾られていた。寝かされているベッドも大きい。ズィーリオスが寝そべっていても問題ない程の大きさなのだ。絶対にどこぞの宿の部屋ではないだろう。ここはまさか。







「ここはどこだ?」
「ネーデの領主の家よ。私の叔父家族の家ね」
「なんでそんなことになっているんだ?その辺の宿で良かっただろ」
「街のかなりの数の家がなくなってしまっているの。宿もそのうちの1つよ。だから皆、倒壊を免れた建物内で寝泊まりしているのだけれど、ベッドの数が足りていないから、冒険者がよく使う寝袋を使っているの。けれど、ネーデの街を救ってくれた英雄たちをそんな扱いにすることは出来ないでしょう?だから、領主邸で受け入れているのよ。つまり、あなたはこの街の英雄というわけね」







 うわー、なんか面倒ことになってそうだな。待てよ。英雄たちってことはつまり、他の冒険者もいるってことだよな。







「他にもここにいる奴がいるのか?」
「ええ、いるわよ。あなたが目覚めたら教えてほしいと言っていて、先ほど侍女が伝えに向かったから、そろそろ来るんじゃないかしら?」





 本当に丁度よく、部屋の外から複数名の気配がこちらにやって来るのがわかった。気配とかは関係なく、騒がしいから誰でもわかるな。







 ガチャ。





「リュゼ!やっと目覚めたか!!あっ。カストレアのお嬢様もいらっしゃいましたか。失礼しました。後ほど改めて伺います。さあ、皆戻れ」
「いえ!戻る必要はありませんわ!気にしなくて結構ですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「ええ、他に誰かいた方が私も疲れずに済みますもの」
「え?あー、そうですね。心労を分けられる相手がいた方がいいですものね」
「ええ!そうなの!わかって下さるのね!」







 ギルマスを筆頭に、大地の剣とジェロの大人数が入って来る。入った瞬間にアンナの存在に気付いたようで、挨拶をし、話が弾んで意気投合している。カストレアと言ったか。カストレアは確か、ハーデル王国の南の方に領地を有する、辺境伯だったはず。だが、そんなことよりも気にしなければならないのは別にある。







「ギルマス。流石にそれはまずいと思うぞ。相手は子どもだ。本人たちの自由だから歳の差があってもとやかく言う気はないが、今はまだ止めとけ。せめて後5年は待て」
「なっ!?何を言っているんだお前は!?」







 慌てて反論するギルマスと、顔が真っ赤になって固まってしまったアンナは放置して、他の人たちの方に顔を向ける。





「俺は何時間寝てたんだ?」
「3日っすよ!寝すぎじゃないっすか?」
「なんだと!3日か!ミノタウロスの肉はどうした!」
「そりゃもう、直ぐ解体されて、戦勝祝いで振る舞われたっすよ。他の魔物肉と一緒にっすけど。一番の功労者がいない中では止めた方がいいって思ったっすけど、生肉はすぐ腐っちまうっすからね。美味かったっすよ。早く起きればリュゼも食べられたっすのに」
「ええ、美味しかったわね」





 ジェイドの言葉にアネットが賛同し、ナルシアは頷いて意思を示す。ありえない。本当ありえない。俺が倒したのに。あれだけ苦労したのに。





「・・・後6日は寝る。お休み」





 ズィーリオスにもたれていた体勢を崩し、眠る体勢に変える。せめて夢の中で食べてやろう。続きが見れるかは分からないけど。





「おい!1週間は寝すぎだろ!さっさと起きろ!」
「そうよ!あなたが起きるのを、お爺様と叔父様が待っていたのよ」
「ギルドカードの更新もあるんだからな!」





 今まで声を発しなかったジェロの発言に、アンナとギルマスが反応する。





 面倒なイベントが盛り沢山のようだ。そういえば、ドワーフのおっさんのところにも行かないといけなかったな。あと、色々聞きたいこともあるしな。仕方ない。起きよう。

 体を起こし、ストレッチをして、固まってしまっている筋肉を解していく。特におかしなところはなさそうだな。若干体が重たいけど。その様子を見て、皆が安堵の表情を浮かべている。寝るのはいいことだというのに。





「で、あの変異種のこと何か分かったのか?ネーデではよくあることか?」
「いや、変異種に関しては特に何も分からなかった。変異種は特殊能力持ちなことが多いから、今回の魔物の襲撃は、その個体が操る能力だと憶測が立てられただけだ。だが、ミノタウロスがどこから来て、また、魔物が何故急激に増えたのか分からない。そういう能力だとしたら、複数の特殊能力持ちと言えるわけで、過去の出来事を調べたが前例がなかった」
「お爺様に聞いても、叔父様に聞いても、過去にそのようなことが起こったという話は、聞いたことが無いそうですわ」





 俺の質問に表情を引き締めたギルマスと、同じく気を引き締めるアンナが補足を入れる。



「魔石の大きさや質を調べても、普通の変異種と同等だ。因みに、推定ランクはA。実績としてリュゼのランクを上げることにした。今日からCランクだ。後で更新しに来いよ。本当に、こんな短期間でCランクになる奴は見たことないぞ」
「別にやりたくて短期間で上げたわけではないし」
「まあ、そうだろうな。Aランクを倒すほどの実力があるなら、Bランクまで引き上げたいが、Bランクになるには、1回は護衛依頼を達成しないと上げられないんだ。Bランクになれば、上級ダンジョンにも挑めるようになるからな。報酬はギルドカードの更新の時に渡そう。どうやら領主様からも出るようだからな。そっちでも貰えるだろう。魔石はこちらで買い取りでいいか?」
「ああ、いいぞ」





 そうだった。ダンジョンに行くために、ランクを上げないといけないんだった。中級ダンジョンならもう行けるけど、上級ダンジョンに行ける機会があれば行きたいしな。もしかしたらそこに、遁走の花があるかもしれないし。





 それにしても、今回の魔物の襲撃はわからないことだらけだったようだ。すっきりしない終わりかただ。







 その時、コンコンと扉がノックされ、この家の侍女らしき人が部屋への来客を告げた。





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