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2017.5.7.Sun

幕間② 胸中 【 六日目 夜 】

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ウッソだろ。こいつ、俺を道連れにする気かよ……!)

 あまりの激痛に、床に倒れたまま身動きの取れなくなった俺、等々力明宣は絶望する。
 ふざけるなよ。だって、最後の人狼は紫御で、そいつの処刑が決まったんなら、大人しく一人で死ぬべきだろ。何で、俺なんだよ。道連れにするなら朱華にしろ。あいつは紫御てめぇに首ったけなんだ。喜んで付いて逝ってくれるぞ。
 あぁ、畜生。俺は、こんな所で終わるわけには行かなかったのに。せっかく、時期社長の座を得たんだ。このまま修行を続けて、そのまま俺を社長として、親父に認めさせるつもりだったというのに!
 痛みで思うように動かない身体に鞭打って、俺は、傍らで倒れている紫御の方に首を向ける。畜生。この野郎、朱華に余計な事吹き込みやがって。もし、朱華が生き延びたら、俺の本音が親父とお袋に筒抜けじゃねぇか。

(あー、クソ。こんな事になるなら、処刑が決定した時点で、俺がこいつを殺せば良かったな)

 昔から、俺は朱華が嫌いだった。
 女だったから、蝶よ花よと育てられていたし、下の子だったから、俺を反面教師として見ていたのか容量が良く、何でも上手くこなしていた。それこそ、兄の俺よりずっと。
 そんなだから、皆が朱華を評価した。成績は良かったし、部活でも活躍して、容姿もまぁ悪くない。だからこそ、あの話が出たのは、ある意味当然の流れだったと思う。
 “トドロキ”の次期社長を、朱華にする。
 まだ、朱華本人には伝えてないそうだが、行く行くはそうするつもりだと、親父は確かにそう宣言したのだ。
 ウチの会社は、実力主義だ。だから昇進するのに、男も女も関係無い。それは、跡継ぎに関しても同じだった。最近、親父は身体が続かない、とぼやいていたから、近々前線を退くだろうというのは、薄々感付いていた。だから、朱華には早々に、社長となる為の修行をさせるのが、親父の理想だった。
 しかし、朱華はまだ学生だ。勉学を優先させなければならない。そこで、俺が朱華が卒業するまでの間知識を付け、行く行くは朱華のサポートが出来るように、という事なのだが。
 心底、ふざけるな、と思った。何故、兄貴である俺が、妹の下で働かなくてはならない。そんなに、俺では力不足だというのか!
 その頃から、俺は朱華に殺意を抱くようになった。自分の手を汚すのは嫌なので、何かの弾みで消えれば良いと、本気でそう思っていた。
 だから、今回のゲームは願ったり叶ったりだった。しかし、俺もまた死ぬ可能性があるという問題があった。
 俺は、序盤からゲームのルールについて、ジュンに確認しまくった。確認して、纏めた情報は独占した。誰かに教えるつもりはなかった。誰一人、信用する気もなかった。だって俺は、俺一人が生き残る事が望みだったのだから。

(何で、朱華なんだ。妹にするなら、寧ろ)

 そこまで考えて、俺は、潤水の事を思い出す。
 実は、潤水とはそこそこ交流があった。潤水が不良に絡まれた所を助けてから仲良くなって、時々構ってやったりしたものだ。
 その当時から、朱華を疎ましく思っていた俺にとって、潤水は妹のようなものだった。潤水もまた、俺の事を兄貴みたいに慕っていて、いつも「朱華が羨ましい」なんて言ってくれていたもんだ。
 それなのに、結局俺が手を貸したのは、実の妹の方だった。その事をずっと、後悔していた。
 潤水、悪かった。“ユダの箱庭”がお前のものだと、判っていたのに。俺は、自分の身可愛さにお前を切り捨てたんだ。
 あぁなら。この状況は自業自得って事なんだろうな。
 畜生。



(あーあ。結局、僕も脱落かぁ)

 ぼんやりと、食堂の天井を見つめながら、僕、成瀬紫御は後悔する。
 別に、自殺を図った事についてじゃない。どうせ、最多数票を得てしまった以上、処刑は免れない。ならば、処刑人の手を煩わせる事なく死んだ方が、手間が無くて良いだろうから。

(……やっぱりあの時、光志郎をちゃんと仕留めておけば良かったよ)

 僕達人狼の、最大の失敗は、光志郎の事を軽んじていた事だ。まさか手持ちの物だけで、僕と将泰さんの両方を告発する証拠を残していたなんて、本当に、誤算だった。あの時、光志郎が即死していたら、もっと違う未来があったんじゃないだろうか。……なんて、今更だな、と思う。

(僕は、いつもこうだな。気付かなくちゃいけない時に、決まって気付かない。……あの時だって)

 僕は、中学時代を思い出す。隣には、いつも潤水がいた、幸せだったあの日々を。
 潤水を意識し始めたのは、二年に進級したばかりの頃だった。偶然同じクラスになって、そのはにかむような笑顔が素敵だと思ったのが、きっかけだった気がする。
 そこから密かにアタックして、ある日OKして貰って、そこから交際が始まった。からかわれるのが恥ずかしくて、付き合っている事は誰にも話さなかった。……それは間違いだったと、今なら思う。せめて、僕が矢面に立っていれば、潤水の負担は軽く出来たかも知れなかったのに。
 潤水が、所謂イジメを受けていたのは、薄々感付いていた。けれど、潤水は僕に何も言わないから、僕には、潤水の辛さを理解出来ていなかったんだ。
 ……僕は、恋人失格だな、と、今更ながら自嘲する。潤水が限界だった事に最後まで気付けなかった僕は、恋人を失う事となった。あまりに申し訳無くて、潤水の家族や知人達に土下座したくらいだった。
 けれど、彼らは優しかった。僕を責めなかったばかりか、今回の復讐に僕を誘ってくれたのだ。だから、僕は誓った。この人達に殉ずると。
 僕は、潤水を守れなかった自分の不甲斐なさを、かつての仲間達にぶつけた。こいつらを殺す事で、潤水の無念を果たせる、そう信じて。
 相手が怯えようが逃げようが凶器を振るったし、返り討ちにされそうになったら、卑怯な手を使ってでも捩じ伏せた。僕は、あまり感情的になるタイプではないから、自分に、こんな激情があるとは思っていなかった。それも、彼らが怯んだ原因の一つかも知れないけれど。
 兎に角、生き残る事を目標とした。ジュンの事もそうだけど、最終的にあいつ、……朱華を、地獄に叩き落としたかったから。
 けれど、後一歩のところで、それは失敗に終わった。まさか朱華が、最後の最後で、自分を疎む兄を選ぶなんてね。もう少しだったのに、とても残念だ。
 でも、ただで終わるつもりはなかった。僕の処刑が確定した直後、間髪入れずに明宣さんの胸を貫く。

「どうせ死ぬんだもの。一人くらい道連れにしたって良いよね」

 何が起きたのか、理解出来ていなさそうな顔で、倒れ行く明宣さん。その横で、僕は自らの首を切り裂いた。その時の、朱華の絶望した顔といったら! 見ものだった。

「……サヨナラ、朱華。精々頑張って生き残ってみせてね」

 ふらり、と身体が揺らぐ中、朱華が脱兎の如く食堂から走り去るのが見えた。酷いなぁ。僕も、明宣さんも見捨てて行くんだね。まぁ、この出血量じゃ、二人共助からなそうだけど。
 だんだん、意識がぼやけて来る。ちらりと盗み見た明宣さんは、瞼を固く閉じてぐったりと横たわっていた。……僕も、もうすぐああなるんだろうな。
 ごめんね、ジュン。ハルカやミズキにも頼まれのに、結局一人にさせちゃうね。後は、頼んだよ。
 ごめんね、潤水。ずっと一人にさせちゃって。もし、僕の事を許してくれるなら、また、一緒にいても良いかな。
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