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2017.5.3.Wed
第四章 初戦 【 二日目 裁判 】
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「……本当に、やるの? ……投票したら、誰かが死んじゃうんだよね………?」
無駄だと判ってはいたが、私は皆にそう問いかけた。というより、言わずにはいられなかった。
だって、ここに揃っているのは身内や友達といった、親しい者達ばかりだ。それなのに、こんなゲーム感覚で命を奪う事など、出来るわけがない。
皆だって、それが判らない筈はないのに、どうしてこのゲームを止めようとしないのだろう。
「朱華ちゃんの気持ちは判るよ。本当は俺だってこんな事したくないし、皆だってそうだと思う。……でも、考えてみてくれ。今、ここでゲームを下りたとしても、夜には人狼が必ず誰かを殺すんだ。あるいは、ルール違反と見なされて、殺されるかもしれない。だろう?」
「それは……」
諭すように紡がれる美津瑠さんの言葉に、私は何も言えなくなる。判っている。彼の言っている事は、正しい。それでも、どうしても納得し切れないのだ。
どうして皆、そんなに冷静なのだろう。もしかしたら、これから自分が死ぬかもしれないし、誰かを殺すかもしれないのに。……私だけが、おかしいのだろうか。
「てゆーかぁ! 投票って言ったってぇ、何をどーやって進めれば良いわけぇ? まさか、人気投票みたいなテキトーなノリでやる気じゃないでしょうねぇ! 冗談じゃないわぁ!! こっちは命かかってんのよぉ!!」
突然唯が、やや甲高い声でがなり立てる。やはりまだ今朝のショックを引き摺っているのか、普段のおっとりした雰囲気は無い。まるで、別人だ。
しかし、唯の言う事はもっともだ。確かに、投票といってもただ何となく、な気持ちで行うわけにはいかないだろう。何せ、たった一票にさえ命がかかっているのだ。
だから、通常のゲーム感覚で投票をする事は出来ない。しかし、こちらは明らかにデータ不足だ。一体どうやって人狼かどうかを判断すれば良いのか。
「仰る通りです。ただでさえ私達には、誰が人狼なのかを判断する為のデータが、あまりにも少な過ぎます。加えて、“人狼裁判”の時間はたったの十五分です。これでは、まともに考える事も出来ません。ですからまず、状況を整理する為の情報を集める必要があります。……本当は、“人狼裁判”前に、少しお話ししたかったのですが、如何せん、皆さん消極的でしたので……」
黎名ちゃんがやや言い淀むように話し終わると、ほぼ全員が一斉に目を反らした。……成程、どうやら皆、思っていたよりも冷酷な人達だったようだ。
だが、黎名ちゃんは特に気にした様子は無く、ただ淡々と言葉を重ねて行く。その、感情を読み取らせないような雰囲気は、かつて読んだ小説の探偵を思わせた。
「まぁ、その事自体は良いです。今は、議論に集中しなくては。それに、多少はデータも集まりましたしね」
「……データぁ? 何それぇ?」
唯の言うように、誰もが予想だにしていなかった言葉に、全員が目を丸くする。かくいう私も、その一人だ。一体、いつの間にこの少女は、そのデータとやらを集めていたのだろうか。
呆けたような視線を一辺に浴びる事となった黎名ちゃんは、無言でジャケットのポケットから何かを取り出す。現れたのは、黒い、スタイリッシュな手帳だ。それを軽く見せ付けるように、顔の真横辺りまで持ち上げた黎名ちゃんは、眉一つ動かす事無くさらりと言ってのけた。
「お忘れですか皆さん? 各人の部屋に話し合いの事を持ちかけた時、私お聞きしましたよね?“昨晩は良く眠れました?”……って。この一言から話を発展させるのは、少し大変でしたけど、おかげで皆さんの昨晩の行動が、大体判りましたよ。どの程度役立つかは判りませんが、情報という物は、出来るだけ多い方が良いですからね」
その言葉に、私を除く全員が目を見開いた。もしかして図星なのか。だとしたら、凄い。これじゃ、本当に探偵の手腕じゃないか。ただでさえ黎名ちゃんは、この見知った人間達の集団内で唯一の他人だ。なのに誰もが、彼女の言動に口を挟めない。今、この場の主導権は、完全に彼女が握っている。彼女は、一体何者なのか。今朝事件が発覚した時のあの冷静さと良い、ただ者ではないのかもしれない。
というか、うっかりスルーしそうになったけど。
(……私、その質問されてないよなぁ…………)
今朝、黎名ちゃんの部屋で話した時には、特に何も言われなかった気がして仕方ない。だが、今、ここで問い質す必要は無いか、と思い直す。取りあえず、話を聞く事にしよう。
「では、時間も無い事ですし、早速確認して行きましょうか。……少々お待ち下さい」
言いながら黎名ちゃんは、素早く手帳を捲り始める。やがて、該当するページを見つけたらしく、そのまま手帳を凝視つつ口を開いた。
以後綴るのは、彼女が纏めた、昨晩の全員のアリバイについての記述である。
まず前提として、亡くなった香澄ちゃんを含む十三人は、三つのグループに分ける事が出来るという事だ。これは昨晩、誰が誰と共に行動していたか、によるものである。
まずは“二次会組”。
昨晩食堂にて、夕食時に飲み足りなかった人達(一部除く)が集まり、飲み会をしていたグループである。
メンバーは兄、美津瑠さん、将泰さん、神楽さん、相田先生の五人。彼らは十時過ぎから一時くらいまで、食堂で飲み直していたと言う。
ふと、昨日の香澄ちゃんの言葉が頭を過った。確か、夕食後に大人達の二次会をぼやいていたっけ。そう思った瞬間、もうあの子に会えない事に気付き、胸が痛んだ。
続いて“就寝組”。これは夕食後に酔い潰れてしまい、やむ無く自室で早めに就寝したグループである。該当者は、酒に弱い比美子と光志郎だ。
最後は我ら“ゲーム組”。聖、唯、紫御、香澄ちゃんに黎名ちゃん、そして私の六人。九時半頃から三時くらいまで、人狼ゲームを含む、ゲーム類で盛り上がっていた。
最初は香澄ちゃんの部屋で遊んでいたのだが、零時二十分頃に彼女が眠そうにしていた為、途中で私の部屋に移動したのだった。
以上を踏まえた上で、ここからは各個人の行動内で気になる部分を、黎名ちゃんは手帳から抜粋して行く。
▶証言A-二次会組
まずは神楽さん。彼女は九時半頃に夕食の片付けを終えた後、美津瑠さん、将泰さんと共に二次会の準備を行っていた。それ以降は、彼女が一人で補充をしていたらしい。
つまり、神楽さんはしょっちゅう食堂と台所を行き来していた事になる。今のところ、この五人の中では一番、一人でいた時間が多かった事になるわけだ。
ちなみにに飲み会終了後、神楽さんは一度だけお手洗いに行った以外は自室で寝ていて、朝は六時前に起きて朝食の仕度をしたそうだ。
次に一人でいた時間が長かったのは、美津瑠さんだ。
彼は、喫煙する為に一時食堂を出たらしい。その時の時間帯は、零時十分から三十分までの二十分間だ。それ以外で、美津瑠さんが長時間食堂を空けた事は無く、飲み会終了後は自室に戻り、そのまま朝まで寝ていたと言う。
食堂から香澄ちゃんの部屋までは、十分もかからない筈だから、急いで犯行に向かえば出来なくはない距離だ。なので、彼もまた怪しい人物と言えるのだろう。
二次会の後、彼は再び喫煙する為に玄関に向かったそうなので、この辺りも怪しく思える。その後真っ直ぐに部屋に戻り、後は朝までぐっすりだったそうだ。
将泰さんは、二次会前に神楽さんの手伝いをした以外は、ほとんど食堂を出ていないが、一度だけ、お手洗いから戻る途中に私達“ゲーム組”に遭遇している。
この時の事は、私も良く覚えている。時間は多分、零時二十分を過ぎた頃。香澄ちゃんの部屋を出てから、そう時間が経っていない頃だと思う。
なお、彼は二次会終了後部屋に戻る途中、喫煙中の美津瑠さんを見かけているが、放置したそうだ。その時の時刻は、一時十五分頃だったらしい。
兄と相田先生は、飲み会がお開きになるまで、長時間食堂を出る事はなかったそうだ。その事は、他の三人の証言から明らかだと言う。という事は、この二人には犯行は難しいと考えても良さそうだ。だからと言って、彼らが人狼ではないと言い切れるわけではないが。
ちなみに、彼らは二次会終了後すぐに部屋に戻った為、明記出来る程のアリバイは皆無だそうだ。やはり、この二人もまた、容疑者から外す事は出来ないようだ。
ここまでが、二次会組のアリバイである。
話は、夕食後すぐに自室に戻った、就寝組に移る。
▶証言B-就寝組
比美子と光志郎は、かなり酔っていた為、夕食が終わってすぐに自室に籠っていたと言う。……多分、大体九時過ぎ頃の話だろうとの事だ。
部屋に戻ってすぐにベッドに潜り込んだ比美子は、暫くそのままゴロゴロしていたが、一向に眠れなかった。なので、水を飲む為に一度だけ台所に行ったらしい。
その時、時刻は三時半を回っていた。これは、比美子が台所の時計で確認している為、間違い無いと比美子自身は主張している。
一方光志郎は、自室に籠った後すぐには就寝せず、持参して来た小説を読んでいたそうだ。ちなみにその本とは、かの名作、“そして誰もいなくなった”だ。そう言えば、彼は生粋のクリスティーフリークだった。同志よ。
それを読んでいる内にいつの間にか時が経っていたらしく、ふと時計を見た時には、既に四時を迎えていた。そろそろ寝ようと思ったが、小腹がすいてしまった。
仕方なくキッチンで何か物色しようと階下に降りたが、 この時偶然、部屋に戻る途中だった紫御に会い、共にキッチンに向かったらしい。
少し食料を物色しつつ雑談に興じていたそうだ。話は次第に盛り上がったが、四時四十五分にはお開きになったそうだ。
以降、自室に戻った二人は、そのまま朝まで眠ったという。ずっと一人だった比美子はもちろん、光志郎も完全にアリバイ成立とは言えない。
この二人についても、保留にしておいた方が良いのだろう。……では最後、私達“ゲーム組”についてである。
▶証言C-ゲーム組
これに関しては、私も良く判っている。基本的に、私達はほぼ一緒にいた、と断言しても良い。何せ、ゲームは全員参加だったのだから。
それなりの時間、部屋を出ていたと言えるのは、唯と黎名ちゃんくらいだろう。彼女達は、ゲーム開始前と二時頃の二回程、飲み物を入れにキッチンに行っている。
そして零時二十分頃、香澄ちゃんが眠たそうにしていたので、私達五人は彼女の部屋から私の部屋に移動。前に述べたように、この時に将泰さんと遭遇している。
あとは、……そうだ。確か二時頃、聖のケータイに着信があったのだ。聖の奴、暫く部屋の外で電話していたっけ。確か、時間にして十五分くらい。……思えば、少し不自然だった気もする。あいつ、あの時少し焦っていた気がしたし。
それ以外は、解散するまで誰かが目立った行動をする事はなかったと思う。流石に解散後の事までは判らないけれど。
黎名ちゃんによる私達“ゲーム組”のアリバイは、私が大体覚えているものと大差無かった。
全てを話し終えたらしい少女は、手にしていた手帳をパタンと片手で閉じると、それをポケットにしまいながら私達を見回した。
「以上が、私なりに調べた皆さんのアリバイです。是非今回の投票の参考にして頂ければ、と思います」
全員分の行動を、いつの間にやら纏め上げたその手腕に私は開いた口が塞がりそうに無い。恐らく、他の皆も同じだろうと思う。本当に、何者なんだこの子……?
「……あぁ、少し喋り過ぎてしまいましたね。ただでさえ、時間が無いというのに。では、そろそろきちんとした議論に入りましょうか。情報提示の為とは言え、長々とすみませんでした」
そう締め括ると、黎名ちゃんは申し訳なさそうにゆっくりと頭を下げる。誰も、彼女を責めなかった。寧ろ、皆の為にここまで調べ上げてくれた事に感謝すべきではないかと、私は思う。
「烏丸さんの言う通りだ。皆、議論を始めよう。早速だが、何か意見のある者はいるかな?」
黎名ちゃんが話し終わると、タイミングを見計らっていたらしい相田先生が、皆に声をかける。確かに、そろそろ議論に入らないと、投票時間に間に合わなくなってしまう。
(どうしよう。ここはやっぱり、少しでも情報を集めておいた方が良いかな? いくつか、気になる事もあるし)
私は食堂全体をぐるりと見回しながら、考える。戦う、と決めた以上、何も出来ずに退場してしまうのはごめんだ。しかし、いざ議論、となると、何を話せば良いのか判らない。……いや、正確には、何を聞くべきか判らない、が正しいのか。
人狼ゲームは何度か遊んだ事があるから、基本的な戦略は判っている。しかし、今回のこれは、人狼ゲームの名を借りたサバイバルゲームだ。一瞬の判断ミスが、自分の、仲間の命に関わる。
それ故に、ゲーム感覚で発言するのが怖い。何気なく発した一言で、誰かを死に追いやるかも知れないのだから。
(……やっぱり、良いや。まずは、皆の意見を聞こうかな)
私はそう考え直して、様子見をする事にする。皆の意見に耳を傾けていると、不意に、こうしたものに関しては、あまり発言する事の無い奴が声を上げた。
「なぁ、どうせならアレやってみたら良いんじゃねぇ? ほら、遊びのヤツでも良くやるアレ」
「はぁ? アレじゃ判らないわよぉ。ちゃんと説明してくれなきゃぁ」
発言者である聖は、何とも自信満々な様子だ。何を企んでいるのか、流石の幼馴染みにも理解不能だったようだ。が、奴の次の言葉に、思わず目が点になった私は悪くない。
「皆! オレの目を見ながら宣言してくれ!『自分は人狼じゃねぇ』ってな!!」
「…………何言っちゃってんのぉ?」
まさにその一言だと思う。いや、確かにたまにやる戦法ではあるけどさ。あくまで遊びの範疇での話じゃんか。今、ソレ持って来る?
あぁほら、皆呆れているし! 兄さんなんか「お前真面目に考えろよ」的な目で睨んでいるじゃない!! どうするのこの空気! こんなの同調する奴なんて……。
「良いんじゃないでしょうか。その時の皆さんの反応は充分参考になると思いますよ」
黎名ちゃんの肯定的発言に、私は彼女を二度見する。
えぇ……? まさかの採用ですか? 本当に何なのこの子、謎過ぎる。というか聖、何照れてるの。女子高生に褒められたのがそんなに嬉しかったか。
「よぉし! そうと決まれば実行だ! 全員、オレの目を見てしっかり宣言しろよ!!」
あんたのそのテンションは何だ。大体、ただでさえ時間が無いのに、こんな事していて大丈夫なのか。そんな私の思惑を他所に、「まずはオレから!」とばかりに聖が意気揚々と宣言する。
「“オレは人狼じゃねぇ”!よし、次! 唯お前だ!!」
「えぇ!? これ皆やらなきゃダメなのぉ? ……“あたしは人狼じゃありませぇん”。これで良~い?」
「よしOKだ! んじゃ、次ィ!」
「いや、何でお前が仕切っているんだよ。つぅか、これ本当に意味あるのか?」
「当然だろ。 オレに任せておけ。ほれ、良いから光志郎! お前も言えよ」
「判ったから、その殴りたくなる顔止めろ。まったく……。“俺は人狼じゃない”。これで良いだろ」
え? これマジで続けるんですか。
何だか、変な展開になって来たぞ。取りあえず、シリアスよ来い。……って、私の番ですか。仕様が無いので言っておきました。やや棒読みで。
その後も、この意味を見出だせないやり取りが続く。……これ、本当に時間大丈夫かなぁ。
そうこうしている内に皆、次々と宣言し終えて行く。最後に将泰さんが「“俺は、人狼じゃないよ”」と言って終了した。途端、唯が聖に呼びかける。
「どぉ、聖兄ィ。何か判ったわけぇ?」
「…………駄目だ、全ッ然判らねぇ」
聖が答えた瞬間、凄まじい打撃音が耳を打つ。怒りに身を任せて放たれた、唯の一撃だった。彗星と見間違わんばかりの速さのそれは、見事に聖の左頬にクリーンヒットする。
痛みで悶え苦しむ聖を、唯はヤンキーもびっくりの威圧感で睨み付ける。
「その口縫い合わせてやろうか」
「怖ぇよ! どっから出してんだその声!? つぅかキャラ守れよ!!」
「良い加減にしないか君達! 今はふざけている場合では無いだろう!!」
相田先生の怒鳴り声で、途端に騒いでいた二人が萎縮する。結局、このやり取りに意味はあったのか、さっぱりだ。私も注意深く観察していたけど、良く判らなかったし。
「あぁもう、……こんな調子で大丈夫なのかな………? ただでさえ時間がないって言うのに……」
隣で、紫御が溜め息混じりにそう口にする。そんな姿も素敵……じゃなくて。この緊急時に何考えているんだ私は。
と、思ったのも束の間。不意に、紫御が私に声をかけて来た。どうやら、心配してくれていたらしい。
「そう言えば、朱華は何か発言しないの? 黙ったままだと、疑われちゃうかもしれないよ?」
紫御に言葉に、私は頭を回転させる。確かに、何も発言しない事は、試合放棄と同等だ。
何せ、今行われているのは、最初の“人狼裁判”なのだ。いくら、黎名ちゃんがくれた情報があると言っても、それだけでは人一人の命をかける程の決定打に欠ける。
村人がすべきは、情報収集。なのに黙っているという事は、……“裁判”参加に消極的な者は、怪しまれて多く票を得てしまうかもしれない。
(それを防ぐ為には、少しでも発言して、意欲的に裁判に参加しなくちゃ。さて、何を聞けば良いかな……?)
紫御の見守る中、私はどきどきしながらも聞くべき事を整理して行く。さて、まず何から……と考え始めたところで、はたと気付く。
そうだ。紫御にも、聞く事あるじゃないか。
「ねぇ、紫御。聞きたい事あるんだけど、良い? 吊り橋の事なんだけど」
私がそう口にすると、紫御はきょとん、とした顔でこちらに目を向ける。好きな人に注目される事で、顔に熱が一気に集まるのを感じたが、気にしている場合ではない。
「将泰さんもお願いします。吊り橋が無くなっていたって話でしたけれど、その時の状況を具体的に聞いても良いですか?」
何とか紫御の顔を凝視したい欲を抑えつつ、私は将泰さんにも声をかける。すると、彼はほんの少しだけ私の顔を一瞥してから、口を開いた。
「状況って言うと、……俺と紫御が見た、吊り橋の壊れ具合を言えば良いのかな?」
「えぇ、そうです。出来るだけ詳しく知りたいんです。お願いします」
「確かに、間違い無く犯人探しに必要な事だよな。了解。任せてくれ」
私のお願いに頷くと、将泰さんは椅子に座り直してから、その時の状況を話してくれた。
「俺達が着いた時には、もう遅かったんだ。吊り橋は、すっかり落とされていたよ。こちら側の綱が切り落とされていて、吊り橋は向こう側にぶら下がっていたんだ。……呆然としたぜ。あの時は」
そこまで語った将泰さんは、一言「な?」と紫御に確認するように問う。紫御は、それに対して頷くと、将泰さんの言葉の後を受け継ぐように話し始めた。
「二人してそのまま呆けていたんだけど、気付いたら霧が出て来ちゃって。少し慌てちゃったんだ。でも、せめて手がかりになれば良いかな、と思って、綱の状態を調べてから戻って来たんだ。……これが、その時撮った物だよ」
その時の事を思い出したのか、紫御がやや遠い目をしながらスマホを取り出す。暫しそれを操作してから彼が見せて来たのは、ロープの切れた吊り橋の写真だ。
「……成程。見事にすっぱり切られているな。これは、修復までに相当時間がかかるだろうね。恐らく、使われたのは大型の刃物だろう。丸太小屋にある物なのか、今回の為に持ち込んだ物なのか、判断しようがないが」
「問題は、吊り橋がいつ壊されたのか、ですね。しいて言うなら、昨晩の十時以前でしょうか。それ以降だと、嵐のせいで外に出る事など儘ならないでしょうから。……ですが、流石にそこまで全員の行動は把握していませんから、実行者の特定は難しいかと」
「マジかよ。それじゃ、あんまり意味がねぇんじゃねぇかよ…………」
相田先生と黎名ちゃんの考察を聞いた兄が、肩を落としながら愚痴を零す。次々と飛び交う意見の中、私は一人考えを纏めていた。何せ人狼を特定する為には、情報が必要なのだ。その為にも、この不出来な頭でも働かせなくては。
(黎名ちゃんの言う通り。私達が吊り橋が壊された事を知ったのは、ジュンからのメールを読んだ時だもの。それ以前に壊されていた可能性だって、無いとは言えない。それに、今朝は全員がほぼ一緒に行動していたわけだし。第一、ここから吊り橋まで、最短で十五分。吊り橋を繋ぐ綱を切り落とし、素早くに戻ったとしても、自然な流れで皆と合流するなんて可能なのかしら?)
考えれば考える程、頭の中がこんがらがって来る。取りあえず、この問題は保留にしておこう。今はとにかく、情報を集めなくては。
と、私が次の質問を考えていると、唯が控え目に手を上げながら、発言する。
「えっとぉ、……あたしからも良いですかぁ。あのぅ、先生と黎名ちゃんにお聞きしたいんですけどぉ。 ……香澄ちゃんの死因について」
不意に名指しされた二人は、軽く目を見開きつつ唯を見た。私は、内心で彼女に拍手する。
確かに、その確認は重要だ。何せ、香澄ちゃんの遺体をきちんと確認したのは、この二人だけなのだから、その辺りははっきりとさせるべきだと思うのだ。
唯は、今にも泣き出しそうな、しかしはっきりとした声で続ける。
「……ずっと、現実を受け入れるのが怖くてぇ、聞けなかったんですぅ。でもぉ、……聞かなきゃいけないと思ってぇ。そのぅ、香澄ちゃんの致命傷ってぇ、具体的にはどんな感じだったんですかぁ?」
そう言えば、唯は香澄ちゃんの事を、妹みたいに可愛がっていた。本当は悲しくてたまらない筈なのに、それでも唯は気丈に振る舞って“裁判”に参加している。それは、このゲームで人狼を倒し、香澄ちゃんの仇討ちをするためだろう。
そんな唯の発言から数秒後、ゆっくりと口を開いたのは、黎名ちゃんだった。
「そうですね。犯人特定に当たって、その情報はとても重要ですね。気付かなくてすみません。ですが……」
「いや、私が話そう烏丸さん。君が、無理に話す必要は無い」
突然、状況について話し始めた黎名ちゃんを、相田先生が遮る。多分、自分の生徒と同じくらいの年の少女に、凄惨な光景について語らせるのは忍びない、という気遣いによるものなのだろう。
けれど、この時ちらりと見えた黎名ちゃんの顔を見た時、私は違和感に気付いた。その間にも、相田先生は今朝の状況について、話を進めて行く。
「城崎さんの遺体は、首筋を深々と切り裂かれていた。傷口の大きさから予想すると、凶器は大型の刃物だろう。今、手に入れられる刃物類は、キッチンにある包丁類くらいだ。丸太小屋まで赴けば、鉈や斧等の大型の物もあるだろうけれどね」
「でも先生、昨晩は嵐だったんですよ? あの荒れた天気の中、丸太小屋まで行くのは無理じゃないですか?」
相田先生の淀み無い推論に、異議を申し立てたのは、光志郎だ。確かに、彼の言い分も判る。もし本当に、使われた凶器が元々丸太小屋にあった物だと仮定すると、夜になってからそれらを入手するのは難しいだろう。少なくとも、私だったらやらない。
「なら、犯人は昼間の内に、凶器を霧隠荘に持ち込んだのでしょうか? ……いえ。無理ですよね」
神楽さんが、やや自信無さげな口振りで意見を口にしつつそれを否定する。言いながら、その可能性の低さに気付いたのだろう。私は、それを裏付けるように補足する。
「私も無理だと思います。そんなモノ持ち歩いていたら絶対目立ちますよ。誰かにバレたりしたら大変だし」
「自転車で移動した、と考えても難しいね。あの自転車は籠が付いていないから、何かを運ぶ事は出来ないし。仮に荷台に括り付ける事が出来たとしても、そんな状態で戻って誰かに見られたら、確実に質問攻めだ。やっぱり、犯人があらかじめ凶器を持ち込んだんじゃないかな?」
私の意見に、将泰さんが同調してくれた。やはり、犯人は丸太小屋には行かなかったのか。もっとも、現実的に考えて難しい事なら、無視しても良いのかもしれない。
「私も、その可能性が高いと考えている。だが、凶器が何であれ、これが計画的犯行である事に変わりは無い。何せ、これだけ手の込んだ演出をしているんだ。ならば凶器も、自分の犯行に相応しいと、犯人自身が思う物を持ち込んだのかもしれない」
相田先生は、そう締め括って話を終える。だが、私はどうしても腑に落ちなかった。それはきっと、先程の黎名ちゃんの表情が原因だろう。
(あの顔、明らかに驚いていた。つまり、相田先生が話を遮った事は、あの子からすれば、まったく予想外だったんじゃないかしら。事実、黎名ちゃんは、とても困惑しているみたいだったし)
けれど、そこまで考えたところで、何故相田先生がそんな事をしたのか、という疑問にぶち当たる。
黎名ちゃんが話すと、余計な事を話してしまう危険性があるから?
それとも本当に、優しい気遣いからの言葉?
あるいは、もっと別な思惑があるから?
考えれば考えるほど、相田先生の事が判らなくなっていく。果たして、彼は白か黒か。投票するには根拠が薄過ぎて、決定打に欠けるのだ。
(どのみち、相田先生には何かがありそうだけど、人狼と判断する材料としてはちょっと弱いんだよな……)
さて、どうするべきだろう。今、この疑問を解消した方が良いのか。それとも他の事を聞いておいた方が良いのか。こうして悩んでいる間にも、時間は矢の如く過ぎて行く。
頭の中がてんやわんやになってしまい、決断出来ないでいると、いきなり自分の名前が耳に飛び込んで来た。
「発言、よろしいでしょうか? 朱華さんにお聞きしたい事があるんですが」
「ピェ!? わ、私? な、何でございましょうか!?」
思わず奇声を上げてしまい、挙動不審になりながらその方向を向くと、黎名ちゃんが律儀にも挙手していた。
彼女は、私の奇行には触れず、淡々とした口調で私に質問を投げかける。
「あの、朱華さん。あなたも手紙を受け取ったと聞いているのですが、実物を見せて頂く事は可能でしょうか?」
「あ、……そうだ! すっかり忘れてた! 皆、これを見て! 先生には一度お見せしましたよね?」
黎名ちゃんの言葉を受けた私は、慌ててポケットから一枚の紙片を引っ張り出し、テーブルの上に広げる。今朝、私の部屋に置かれていた、花束に入っていた手紙だ。
「……もしかして、今朝朱華が受け取った、花束の中に入っていたっていう手紙かい?」
紫御がそう言いつつ、手紙を摘まみ上げる。すると、彼の両隣にいた比美子と光志郎が覗き込んだ。そのまま三人で固まった後、光志郎が軽く溜め息を吐くのが判った。
「……何つぅか、随分ショボい文章だな。あえて言うなら厨二乙?」
「でもこれ、明らかに犯行声明文よね。そもそもこの手紙、いつ朱華の部屋の前に置かれたんだろう?」
比美子は不思議そうに呟いた。確かに、それは考えた事はなかった。もし、その時の大体の時間帯が判れば、人狼の正体に近付けるかもしれない。
その時、私の頭に妙案が浮かんだ。
「なら、居間の花束の置かれた時間帯も一緒に考えましょう。その方が、より人狼を絞り込める筈!」
「朱華の言う通りだ! 上手く行けば、複数の人狼が炙り出せるかも知れない!! よし! それなら、もう一度全員のアリバイを確認すべきだ。それについては、さっき黎名ちゃんが披露してくれたから、あれを思い出せば良い!!」
紫御が興奮したようにそう叫ぶ中、私は必死に昨晩の様子を思い出そうと頭をフル回転させる。そうして繋がれて行く記憶をヒントに、私は一つの推論を出した。
「私の部屋に花束が置かれたのは、多分、私達六人が解散した三時から、今朝私が部屋を出た翌朝六時半の間。それ以前の時間帯、という事はまずあり得ない。何せ私の部屋はその時、ゲーム大会の会場だったわけだし。下手すれば、私達の内の誰かに鉢合わせする危険性があったもの」
「そうよぉ! それにもし、花束が置かれていたら誰かしら気付くわぁ。それに、トイレに出た人だっていたしぃ。少なくともあたしは、朱華センパイの部屋を出た時は、花束なんて見なかったわぁ! それとも誰か、そんな物を見たって人はいますかぁ?」
唯は周囲にぐるり、と視線を走らせつつ、全員─特に昨晩行動を共にしていた私を含む五人─に問いかける。返って来た答えは、私を含めてNOだった。
(つまり、実際に花束が置かれたのは、今言った時間帯で良さそうね。あとは、居間の花束か)
そう考えを巡らす私は、ある事に気付く。それはここ、霧隠荘の内装の事だ。
「ねぇ、この別荘って、食堂に向かう時は必ず居間を通るよね? そういう構造になっているんだし」
「あぁ? まぁ確かにそうだが、それがどうした? ……いや、そうか!」
私と同じ考えに行き着いたらしい兄が、閃いたように目を見開く。
「七時半に差しかかった時点で、俺達は全員が食堂にいた。つまり、それ以前に全員が居間を通っている。俺はあの時には花束なんか見ていないし、もし誰か見ていたら、食堂に着いた時点で話題に上がっていてもおかしくねぇと思わねぇか?」
「つまり、……花束は事件が発覚したどさくさに紛れて、誰かが置いたという事になるのでしょうか?」
「状況から見ると、それしか考えられないですよね。そうなると、それが可能な人物は限られて来ますが」
神楽さんの疑問に答えた、黎名ちゃんのその一言が、私の頭にある出来事を思い出させる。
確かに、誰にも悟らせずに花束を置く事が出来る機会は、あった。だけど、それが出来たのはたったの二人だけだ。それ以外で花束を居間に置ける人物は、……残念ながら、私の知る限りいない。
(その事を提示するべきかしら……? でも、何だか彼らを売るみたいでイヤだな…………)
人狼探しに重要な手がかりだと判っているのに、それを隠すなんて。いけないと理解していても、やっぱり出来ない。相手が親しい間柄同士である事が、思考にストッパーをかける。でも、この事はいずれ誰かが気付くかもしれない。特に、殊更頭の回転の速いだろう少女とか。
(……今は、その事については触れないでおこう。それに、……聞いておかなくちゃいけない事もあるしね)
実は先程、私がついでとして、居間の花束の話を持って来たのには理由があった。それは、私がずっと引っかかっていた、ある疑問について話をしやすくするためである。
そして、そのお膳立てが整った今、私は間髪を入れずに特攻した。
「あの、花束の話ついでに、発言しても良いですか? ……今朝、居間にあった花束に入っていた、手紙について、思うところがあるんですけど」
「手紙ィ? ……あぁ、今朝俺がグッチャグチャに丸めて捨てた、あの忌々しい紙切れか。それがどうした?」
私の控えめな発言に反応してくれたのは、兄だった。その苦虫を噛み潰したような顔から、これ以上に無い程の不快感がヒシヒシと感じられた。
「そう、あの憎たらしい紙屑。だけど、人狼達の情報が詰まった、重要な紙屑でもある。……ねぇ皆」
私が全員に呼びかけると、十一対の瞳が一斉に私を射抜く。その勢いに圧倒されつつも、私は彼らに、一つの問いを投げかける。
「……手紙の内容、覚えていますか? ルール以外の事で、何か引っかかった事とか、ありませんか?」
「……そう言えば、羅列されていた名前に、見覚えがあったね」
真っ先に反応してくれたのは、相田先生だった。続いて彼をフォローするように、何人かが参加して来る。だが、どこかぎこちなさを感じた。
「やぁだ先生、“ユダの箱庭”のキャラ達じゃないですか! 朱華のデビュー作の!」
「そうですよぉ先生ぇ。忘れちゃダメですってぇ。それにしても傑作ですよねぇ。あたし何十周もしましたぁ」
「そう言やあの本の内容って、今のシチュエーションとカブるよな。もしかして、人狼達の思惑なのか?」
「偶然なんかじゃねぇんすか? 大体何で、人狼達が朱華の小説通りに犯行をやる必要があるんすか?」
比美子が、唯が、美津瑠さんが、聖が紡ぐ言葉が、白々しい響きを持って私の耳に届く。そう感じたのはきっと、思い違いなんかじゃない。ずっと、長い付き合いをして来た彼らだから、判る。
彼らは、いや、ここにいる黎名ちゃん以外の皆が、何かを隠している。それは、居間で手紙が読まれてから私が感じていた、違和感そのものだ。
何故なら、あの手紙の内容が晒された瞬間、……黎名ちゃんを除く全員が、それぞれに動揺を見せていたのだから。
「……大アリなの、聖。恐らくその事が、今回の事件の発端だと私は思っているの」
私はやや低めに、しかしはっきりと皆の耳に届くように発言する。気分はまるで特攻隊員だ。手紙の意味に気付いた瞬間から、こうなる事はいくらか予期していたけど。
「手紙にあった通り、“復讐”の為よ。これはきっと、私への“復讐”。だから、私に花束が贈られたの」
「……朱華に対する“復讐”? …………あんた、何言っているの?」
「とぼけないでよ比美子!手紙にも書いてあったじゃない。その部分を黎名ちゃんが読んだ時、皆少し変だった。……本当は皆、判っているんじゃないの? お願いだから教えて? 手紙にあった、“お前達の罪”って、何?」
私が核心とも言える事に切り込んだ途端、それまで騒がしかった室内が、一瞬にして静まり返る。やはりそういう事か。この瞬間、私は地雷を踏んだのだ。
「……皆、心当たりがあるんだよね? けれど私は、“罪”と聞いた時、特に思い当たる節がなかった。でも、そんな筈は無いの。でなければ何故、私に手紙が届き、私の作品になぞらえた事件が起きてしまったのか説明が付かないんだから」
「朱華……」
不安気に、比美子が私に呼びかけるが、知った事ではない。そもそも私は、こそこそと隠し事をされるのが大嫌いなのだ。だから私は、真実を引き摺り出そうと躍起になって追撃する。
「ねぇ皆! 何を知っているの? どうして私だけ何も知らされていないの!? それって、私にも関係ある事──」
「朱華!!!!」
突如、雷鳴の如く響いた低音が、淀みなく続いた私の言葉をかき消す。思わず口を噤んですぐ、それが兄がテーブルを叩いた音だと気付いた。兄は、呼びかけても追及を辞めない私を黙らせるために、強硬手段に出たのだろう。
「……その話は、二度とするな」
「兄さん!? でも……!」
「黙れ!! これ以上、この話をするのは禁止だ!! お前は、知らなくて良い事だ!!!」
その腹の奥底から吐き出すような叫びに、私は言葉を呑み込むしか出来なかった。威圧的な筈なのに、どこか懇願すら感じる兄の姿に、ただ戸惑うばかりだ。
その後すぐに、兄は「悪ぃ……」と謝ってから、それっきり口を閉ざしてしまった。
(これ以上追及するのは、……無理よね。ここは、引き下がるべきか。今は取りあえず、気を取り直して、議論を再開させなきゃ! 次は、どうしようかしら………)
その時、再び食堂内にアラームが鳴り響く。瞬間、今まで論戦が飛び交っていた空間が、一瞬にしてどよめいた。
「嘘!? もう一分前!?」
「はぁ!? 何だよ一分前って!?」
ハッとする私に、兄が焦ったように声をかける。そこでようやく、自分が皆に、伝え忘れをしていた事に気付いたのだった。
「ごめん! 投票までの時間が欲しかったから、アラームを九時一分前にも鳴るようにセットしていたの!」
「はあぁ!? お前、そういう事は早く言えよ! 心の準備ってモンがあンだろうが!!」
「それより早く投票先を決めろ! 時間までに誰か指名しないと、ヤバい事になるかもしれないぞ!!」
将泰さんの怒鳴り声に、全員が我に返ったように息を呑む。
そうだ、これは遊びなんかじゃない。九時までに誰かに投票しなければ、ルール違反と見なされて殺されるかも知れない!
でも、投票って誰に!? 最も票が集まった人間は、死ぬ。そんな可能性がある上で、しかも親しい人達の中から選ぶなんて、……無理に決まっている!!
それでも、時間は待ってくれない。カチコチと秒針が時を刻む音が煩い。止まってくれ、と泣き叫んだところで、どうにもならない事など判り切っている筈なのに。
悩み苦しむ私を嘲笑うように、時計の長針が“11”と“12”の間へと滑り込む。一気に緊迫する空気の中、私の右腕は、鉛でも括り付けたかのように重たくなった。
ふと、皆の様子が気になり、視線を向ける。未だまごつく者、腹を括った者、目をぎらつかせる者。それぞれが思いを抱くままに、構える準備をしている。
(嘘。皆、本当にやる気なの? 票を入れたら、この中の誰かが死ぬかもしれないのに!?)
無慈悲にも、長針が“12”へと差しかかる。それでも私の心は決まらない。けれど投票を拒否すれば、……私は、香澄ちゃんと同じ運命を辿る事になる可能性だって、否定出来ない。
(ど、どうしよう!? 誰を処刑するかなんて選べないよ……。でも、投票しなきゃ、……死ぬ?)
不意に、朝の光景がフラッシュバックした。首を裂かれ、殺されたという香澄ちゃん。血に塗れ、真っ赤に染まったその姿……。途端、吐き気が一気に込み上げて来る。
嫌だ。まだ死にたくない。でも誰も指したくない。でも投票しないと死ぬ。でも出来ない。死にたくない出来ない死にたくない出来ない死にたくない出来ない……。
滅茶苦茶になる思考。決まらない心。それでも確実に近付く決断の時。どうしよう、どうしたら良い?
パニックに陥る私を置き去りにして、やがて時計の長針が“12”に差しかかる──。
(やっぱり駄目……!!!)
恐怖と迷いが、ごちゃ混ぜになる。焦燥感の中、私は目を固く閉ざした。
時計が九時を知らせると同時に、アラームが室内に響き渡る。一瞬の沈黙の後、私はゆっくりと目を開けた。
文字通りの目と鼻の先、見慣れた手の内の一本が、私に突き付けられている。そう、私は確かに投票したのだ。他ならぬ、自分自身に。
手紙のルールには、自分自身に投票してはいけないとは書かれていなかった筈だ。もし、このせいで自分が処刑される事になっても、運が無かったと諦めるしかない。
これが、悩みに悩んだ末に私が取った、苦肉の策。確かに死ぬのは怖いけれど、誰かを犠牲にするよりは、ずっと良い。少なくとも、私はそう思うから。
(そうだ! 投票結果は!?)
息を吐く暇も無いままに、私は他の皆の投票先を確認する。急がないと、手を下げられてしまうから、出来るだけ素早く目を走らせた。
結果は、兄と紫御が美津瑠さんに。黎名ちゃんと聖が神楽さんに。比美子と美津瑠さんが聖に投票。
唯は黎名ちゃん、将泰さんは光志郎に、光志郎は唯、神楽さんは比美子にそれぞれ投票。
そして私と、─驚いた事に─相田先生が自分に投票、というものだった。
(取りあえず、何とか最初の投票は越えたみたい。それに、誰にも投票されていない……!)
自分が処刑されなかった事と、誰かに投票しなくて済んだという安心感に、私はほっと息を吐く。どうやら、今夜は何とか凌げたみたいだ。と、そこまで考えて、私はある事に思い至る。
待って。今の結果って………。
不意に、居間にあった手紙のルールが頭を過る。
「……比美子、光志郎、唯、黎名ちゃんに一票ずつ。美津瑠さん、神楽さん、聖に二票ずつ………?」
「……ちょっと待てよ。それって…………」
光志郎が動揺する様を見て、彼もまた気付いたみたいだと判った。いや、既にここにいる全員が、気付いているのかもしれない。正直、嘘だと思いたかった。だって、これでは。
そう思ったその時、聞き慣れた電子音と複数のバイブ音の合唱が、沈黙を裂く。
声が、出せなかった。まるで、見えない手に喉をじわじわと締め上げられて行くような、圧迫感があった。
メールを、確認するのが怖い。それを読んでしまったら……“それ”を認めなくちゃいけない。なのに。
右手は、操られたようにポケットに手を伸ばして行く。この場にいる全員が、青褪めた顔でケータイを取り出し、画面を見つめている。
出来れば、見ないで済ませたかった。しかし私は見てしまった。……確認してしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
From:香澄ちゃん
Sub:今朝ぶり~! (^.^)ノ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どうやら、最多票獲得者が複数いたみたいだね♪
ではこれから神楽さん、美津瑠さん、聖さんを対象とした、決定投票を始めるよ! d=(^o^)=b
この三人には投票権が無いから、それ以外の住人は、この中の一人に投票してね。
それ以外の誰かに投票したら、ルール違反よ!
判った? 特に朱華お姉ちゃんと相田先生!(`ヘ´)
なお、次の投票は、五分後に行う事。
それでは、スタート!! (ゝω・´★)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あぁ……。やはり、逃れる事は出来ないのか。
絶望に目が眩む中、それでも悪夢の投票は続く──。
「ふっざけんなよそこの二人! 何で俺に入れやがったんだ!!」
重苦しい空気の中、聖の怒鳴り声が食堂内に響く。彼は自分に投票した、比美子と美津瑠さんを血走った眼で睨み付けている。
「……別に。話を聞いていて、怪しいと思ったから投票しただけ。何かおかしい?」
「大体お前、怪しい行動しているじゃん。昨晩の電話、もしかして、仲間の人狼と相談していたからじゃねぇのか?」
「違ッ……! あれはダチからの電話っす! いきなりかかって来たんすよ!!」
比美子と美津瑠さん、それぞれに冷たい目を向けられて、流石の聖もたじろぐ。まさか、親しい間柄の二人に、そんな疑われるとは思ってもいなかったのだろう。
けれど、それにしたって、聖の反応は些か過剰に見えた。本当に、ただの友達からの電話であれば、堂々として言えば良い筈なのに。どうしてあんな、歯切れ悪い言い方をするのか。……どうにも、聖らしくない。
美津瑠さんもそう感じたのか、更に突っ込むような聞き方で、聖を追い詰める。
「夜中に急な電話ねぇ……。どうせなら、もっとマシな嘘吐けよ」
「だから、嘘じゃ…………!!」
「ちょっとぉ! 聖兄を疑っているんですかぁ!? 」
美津瑠さんに迫られ、言葉に詰まる聖を唯が援護する。それでも、聖を怪しむ二人は、考えを変える様子は無いようだ。ぎり、と音がしそうなほど唇を噛み締める、聖の横顔が何とも痛々しい。
「そうは言うけどさぁ、唯ちゃん。話を聞く限り、明らかに怪しいだろ。納得出来る理由も無いのに、疑うなっていう方が難しくねぇ?」
「……それはぁ」
「つぅか、明宣も紫御も何で俺に入れたわけ? 俺、そんなに怪しい行動していたかな?」
反論出来ずに俯く唯を余所に、美津瑠さんは、今度は自分に投票して来た二人に声をかける。だが、その声にどこかこの状況に似つかわしくないものを感じ取ってしまった私は、つい身震いしてしまう。……あれはまるで、何かを楽しんでいるかのようだ。
「お前なら、香澄ちゃんを殺す機会があっただろ。“喫煙”なんて最もらしい理由があったしな。それに……」
「それに、今朝居間に花束を置く機会もありました。警察に通報する為に、僕達と別行動を取っていましたし」
紫御のその言葉に、私はずくり、と胸が痛むのを感じていた。……そうか、彼は、気付いてしまったのだ。居間に花束を置く事が出来る、絶好の機会に。
ならば、判っている筈だ。……その機会に見舞われた、もう一人の人物に。その人は今、私の三つ離れたの席で、自分の胸元をぎゅっと握り締めている。
「どうして? どうして私なんですか? 黎名さん、聖君……!」
その人、……神楽さんは悲しげに顔を歪めながら、今しがた名を告げた二人の人物に問いかける。その様子はとても演技には見えないが、現時点では確実な事は言えない。
名指しされた内の一人、黎名ちゃんは神楽さんを真っ直ぐ見据えたまま、その凛とした声で静かに言葉を紡ぐ。
「あらゆる情報を吟味した結果、あなたが怪しいと判断しましたので。……すみません、神楽さん」
「そんな……」
悲しげに目を伏せる神楽さんを、私は何とも言えない気持ちで見つめるしかなかった。彼女を援護しようにも、それをする為の理論が思い付かなかったのだ。
「あんた、良い加減にしろよッ!」
神楽さん達に気を取られていた私の耳に、突然争うような物音が飛び込んで来る。見ると、聖が美津瑠さんの胸倉を掴んでいた。足元には、聖の椅子が転がっている。
「ちょっと!? 何やっているのよ聖!」
「邪魔するな朱華! もう頭に来た! この野郎、どれだけ俺を犯人扱いしてぇんだよ!!」
止めようとする私を振り切り、聖は吠える。かなり頭に血が上っているらしく、ぎっちり力の込められた両手の関節は白くなっている。
これでは美津瑠さんの息が止まってしまう。焦った私は、反射的に美津瑠さんの様子を伺おうと、彼の方に目を向ける。
そこに、苦し気に顔を歪ませる彼はいなかった。あろう事か彼は、……笑っていたのだ。
ぞわり、と肌が粟立つ。どうして、この状況で笑える?
いつも快活に笑う彼とは思えない、ニヤリと口の端を吊り上げたその笑みに、私は不気味さを感じていた。そしてそれは、その顔を真っ向から見ていた聖や、彼らの様子を伺っていた皆にも伝わったらしい。急に、室温が一気に下がった気がした。
「野蛮だな。キレるとすぐに暴力に走るのかよ」
「そ、……それは、あんたが人の事責め立てて来るから……!!」
「失礼な奴だな。単に揺さぶり掛けただけだろ。過剰に反応する時点で、怪し過ぎるんだよ。オマエ」
「だから! それはあんたが……!!」
「それが、戦略ってモンだろ」
不意に放たれたその言葉はまるで、「何当たり前の事言ってるんだ?」と言わんばかりの口調だった。
美津瑠さんは、未だ自分の胸倉を掴んだままの聖に、侮蔑を孕んだ視線を送る。
「相手に揺さぶりをかけてみて、その反応から、そいつが人狼であるか否か判断を下す。初歩的な戦略だろうが。何をそんなムキになる? 死ぬ事が怖いか? そういうの止めろよ。萎えるだろ」
言うがいなや、美津瑠さんは聖を突き飛ばす。突然の事に反応出来なかった聖は、そのまま後ろ向きに倒れ、その場に尻餅を付いた。
「諦めて現実を見ろ! どう足掻いてもこのゲームから逃れる事は出来ねぇんだ! 判っているんだろ?なら、楽しんだモン勝ちだろ。考えても見ろよ。こんなシチュエーション、普通の人生だったら絶対経験出来ねぇんだぜ? ……ゾクゾクしねぇか?」
「あ、あんた、何言ってんだ! 命がかかってんだぞ! なのに何で、そんな事言えるんだよ!!」
「ならどうするのが正しいんだ! 死を怖れて鬱々としながらゲームに臨むべきか? 違うだろう!こんなにスリリングで、エキサイティングな事は、日常ではお目に掛かれないんだぞ? 何を嫌がる? どうせ巻き込まれたなら、全力で臨め!! 下らない道徳も倫理観も捨てちまえ! 俺達はただ、この状況を受け入れちまえば良いんだ!!」
長髪を振り乱し、高らかに笑いながら演説をする美津瑠さんを、私達はただ、呆然と見つめる事しか出来ない。そこにはもう、あの憎めないナンパ野郎の姿はなかった。
「……もうじき、時間ですよ」
黎名ちゃんの一言で、全員がハッとしたように時計に注目した。……再投票時間まで、あと数秒しかない。
「……投票しないと!」
比美子の焦った声が一際響く中、室内を再び張り詰めた空気が支配して行く。私は素早く、投票対象である三人に目を向けた。
両手を固く組んだまま俯く神楽さん。ブツブツと何かを呟いている聖。そして、自然な仕種で腕組みをしている美津瑠さん。誰もが、青褪めた顔で震えている。
それでも、彼らの中から必ず、誰か一人を指名しなくてはいけない。……自らが、生き残る為に。
普段ならば気にも止めない秒針の音が煩い。まるで、これから間接的に人を殺す事になるかもしれない私達を、追い詰めているみたいだ。一気に、恐怖が蘇る。
(決定投票は、三人の内誰かを指名しなきゃいけない。でも、……誰に入れるべきなんだろう………?)
私の意思を余所に、長針は“1”へと差し掛かる。もう考えている余裕は無い。私は深く息を吐くと、自分を鼓舞するように、右手に力を込めた───。
目を閉じたまま腕を上げ、一方を指差した。直後、その方向よりやや右側から、硬い、大きな音が聞こえて来る。……椅子が、倒れた音だ。
反射的に目を開くと、驚くべき光景がそこにあった。
比美子が聖、黎名ちゃんが神楽さんにそれぞれ投票し、私を含むそれ以外の全員が、美津瑠さんを指差していた。
……いや、違う。
一人だけ、三人の内の誰にも指を突き付けていない者がいた。ルール違反になるにも関わらずに、だ。その人は、最初の投票と同じく、自分を指している。
「先生、……どうして………?」
このゲームでルールを破るという事は、死と同義と考えて良い筈だ。少なくとも居間の手紙からはそう読み取れた。それなのに相田先生は、どうしてこんな事を。
「……皮肉な物だね。教師である私が、自らルールを破るとは。だが、後悔はしていないよ。いくらルールとは言え、死ぬリスクがあると判った上で、可愛い教え子であった君達や、……今の教え子達と年の近い烏丸さんを、指名する事など私には出来ない」
「でも! それだと先生が……!!」
「私の事は良いんだ。君達を死に追いやるくらいなら、私は自分が死ぬ事を選ぼう」
「相田先生……」
気付けば、私の視界は歪んでいた。次の瞬間には、熱く濡れた物が、私の頬を伝って落ちて行くのを感じた。
……泣いているのか、私は。
ふと周りを見渡せば、同じように目元を濡らす顔をいくつか見た。無理も無い。だってそれだけ、私達は相田先生の事を慕っていたのだから。
「……はっ。あっははははははは! あははははははははははははははは! あっはっはっはっはっは!!」
不意に、場違いな笑い声が食堂全体に響く。不気味で、狂ったようなそれは、背筋を凍り付かせるには充分だった。
見ると、美津瑠さんが腹を抱えて笑っていた。どうやら、先程の椅子の音は、彼が立ち上がった勢いで倒れたからのようだ。彼は、狂気を孕んだ眼で私達を睨んだ。
「俺が人狼だって? ……ははは。お前らバッッッカじゃねーのぉ? 目ぇフシ穴なんじゃねぇーか?良く聞けサル共ぉ! 俺は、ただのしがない村人でしかねぇ! 処刑したところで、お前らにデメリットなだけだ! 後悔するのは、お前らだからな!!」
ぐしゃぐしゃと頭を掻き毟りつつ、なおも笑い続ける美津瑠さんに、私は得体の知れない恐ろしさを感じた。さながら、一般人の集団の中に宇宙人を放り込んだような、そんな感覚だった。
「ふっざけんなよ! 俺が! こんな序盤で脱落? 冗談じゃねぇぞ! まだこれからだろうが……ッ!?」
更に喚き続ける狂人を、相田先生が殴り飛ばす。この人が生徒に手を上げたところを、私は初めて見た。
あまりにも予想外だったのか、すぐに立ち上がれないでいる美津瑠さんに、相田先生は無言で近付き、その胸倉を激しく掴み、告げた。
「往生際が悪いぞ。大人しく、現実を受け入れたらどうだ?」
低く、凄みのある声だ。思わず背筋を伸ばしてしまう。それは言われた美津瑠さんも同じだったようで、ひ、と引きつった声を上げた後その場で固まってしまった。
「すまないが、誰か手を貸してはくれないかね?……彼を、丸太小屋に連れていかなくては」
未だ呆けて動けないでいる美津瑠さんの両腕を一纏めにしながら、先生は呼びかける。すると、一拍遅れるようにして、兄と将泰さんが近付いて行った。
相田先生と兄が美津瑠さんを押さえ込み、将泰さんが、いつの間にか調達していたロープで、素早くその両腕を縛り上げる。そうすると、美津瑠さんは完全に身動き出来ない状態になった。
そのまま三人で美津瑠さんを無理矢理立たせ、出口へ向かう様を、他の全員が馬鹿みたいに突っ立ったまま見つめていた。と、扉の前に来た瞬間に、相田先生が口を開いた。
「君達は、先に部屋に戻っていなさい。今日はもう寝てしっかり体を休める事。……では、また明日」
また明日。
普段なら気軽に返せるその言葉が、深く胸に突き刺さる。何故なら、夜が明けたその時に、今ここにいる全員が揃う事は絶対に無いのだろうから。
明日、再び美津瑠さんに会う事は、……多分、もう無い。もしかしたら、相田先生にも。
その事実に気付いた時、やるせない気持ちになった。
どうにもならない現実に歯噛みしながら、私は固く拳を握り締めたまま部屋を出て行く集団を凝視していた。
扉の向こうに消える、美津瑠さんと、相田先生の姿を覚えておく為に。
「朱華さん。まだこちらにいらしたんですか?」
「……黎名ちゃんか」
どのくらい時間が経ったのだろうか。
今は静寂が支配する食堂で、一人黄昏ていた私に、黎名ちゃんが話しかけて来た。探しに来てくれたらしい。
相田先生達が去り、事実上今回の“裁判”が終了した後、残された面々は次々と食堂を後にして行った。瞬く間に室内の人口は減り、やがて私一人になった。
それでも私は席を動く事無く、食卓に顔を突っ伏していた。……酷く、疲れていた。今日一日色々な事があり過ぎて、頭の中がぐちゃぐちゃになっていたのだ。
「……美津瑠さんは、どうしてあんな風になっちゃったんだろう………?」
ぽつり、とそんな言葉が零れた。それは、黎名ちゃんへの問いかけか、はたまた独り言かは自分でも判らない。
それでも、吐き出してしまいたかった。哀しみに喘ぐ心情を、理不尽な運命を呪う苦痛を、誰かに聞いて欲しかったのだ。
「あの人は、女の子を見るとすぐナンパに走るし、ウザいから良く皆にシメられたりしてたけど、良い人なの」
言いながら私の脳裏には、美津瑠さんの姿が浮かんで来ていた。歯の浮くような台詞にはうんざりしていたけど、面倒見の良い人で、時々勉強を教わったりしていた。
顔は良くても何処か残念で、いつもハメを外していたけれど、憎めない人。先程見た、あの別人のような姿にショックを受けたのは事実だけど、……やっぱり嫌いになんかなれない。
「……黎名ちゃん。……私は、どうすれば良かったんだろう。何かもう、……判らないよ」
誰一人犠牲にしたくないと言いながら、私は仲間に投票した。初めこそ自分を指名したものの、結局は生き残る為に夢中で指を突き付けていた。そんな自分が浅ましくて、……恥ずかしかった。
どれだけ口で何を言おうとも、結局は自分の身が可愛いというわけか。これじゃ、偽善者じゃないか……。
「……今回の投票で、美津瑠さんが選ばれてしまった事、私も残念に思いますよ。ですが、生き残る為には仕方が無い事も事実です。人狼が長く生き延びれば、それだけ犠牲が増えるわけですから」
「それは、……そうだけど」
「それに、ここでゲームを放棄する事は、香澄さんの死を無駄にする事になります」
不意に従妹の名を出され、私は動揺した。それでも、心に根付く“何か”が、私に踏ん切りを付けさせるのを妨げていた。
黎名ちゃんの言う事は判るし、今の状況ではそれが正しいという事も理解出来る。それでもやはり、納得は出来ない。GM達に翻弄され、奴等の思うままに仲間同士での殺し合いをさせられているという現実に。そして、それを当たり前のように受け入れている仲間達に。
「……美津瑠さんの言っていた事、ある意味正しいと思うんです」
ポツリと溢れた黎名ちゃんの言葉に、私は思わず彼女に目を向けた。一瞬、何を言っているのか理解出来なかったからだ。
「諦めて現実を見ろ。どう足掻いても、このゲームから逃れる事は出来ないんだ。……事実ですよね。ならばやはり、私達は命を懸けてこのゲームに臨むべきだと思います。必要以上に犠牲を出さない為にも、……真実を知る為にも」
その言葉に私はハッとした。そうだ、そもそもこのゲームが行われいる理由は、私達に対する“復讐”なのだ。そして、それに私が関わっているだろう事は、─正直心当たりは無いが─疑いようが無い。
ならば、私達は知る必要があるわけだ。私達の“罪”が何なのか。そして、それがどう人狼達の“復讐”に関わって来るのか。すべてを知って初めて、私達は本当の意味で人狼と戦えるのかもしれない。
「調べましょう、朱華さん。私達は、あまりにも知らな過ぎる。今からでも、出来る事をすべきです」
「……やっぱり、それしか無いんだね。これ以上、誰かを死なせないようにするには」
「えぇ、そうです。それでも、その為にはやはり、人狼を減らさなくてはならない事も事実ですが。それでも、知らないよりはずっと良い筈です。頑張りましょう。真実はいつも一つ! ジッチャンの名にかけてマルっとお見通しです!!」
「ブフッ……! 待って黎名ちゃん、色々混ざっているから……!」
黎名ちゃんの思わぬ発言に、私はつい吹き出した。常にクールな彼女の口から、よもやそんなが台詞が飛び出すとは思わなかったのだ。
「……やっと笑ってくれましたね。良かった」
「え……?」
「気がかりだったんです。朱華さん、“裁判”の後、かなり憔悴していらしたみたいなので……」
黎名ちゃんはそう言って、こちらに微笑んでくれた。その表情にやや安心したような色を感じて、私はふと頭の片隅で思った。
(もしかして、元気付けてくれたのかな?)
どうやら、心配をかけさせてしまったのかもしれない。そうさせてしまう程に、私は意気消沈していたのだろうか。
目の前の少女の気遣いに、ありがたさと申し訳無さを感じつつも、私は礼を言った。沈みがちな感情を吹っ切るように、今出来る精一杯の笑顔で。
「……ありがとね。心配してくれて。おかげで元気出たよ」
「ふふ。どういたしまして。やっぱり朱華さんは、そうやって笑っている方が素敵ですよ」
「あらやだ……。誉めても、何にも出せないわよ? ……なんて」
そんな下らない会話をしながら、私達は笑い合う。昨日なら、当たり前だった筈のやり取りだ。それが今、こんなにも愛しく感じるなんて。
そう思った瞬間、今まで抑え込んでいた物が一気に込み上げて来る。気を抜けばほろりと零れ落ちそうになる感情を、ぐっと拳を握る事で押し込めた。
「……そろそろ戻りませんか? 朱華さん。もうじき九時半になりそうですよ?」
不意に黎名ちゃんの発した言葉に、私は思わず時計を見やる。確か、手紙のルールでは午後十時から外出禁止時間帯の筈だ。
そして、ルール違反者は殺すとも書かれていた。つまり、ここで零時を迎える事即ち、死だ。私は黎名ちゃんに倣う事にする。
「そうね、戻りましょ。部屋にいなかったから死ぬとか、馬鹿の極みだわ」
そうして私達は二人、出口へと歩き出す。五、六歩分先を行く少女の後ろ姿を見ながら、私は先程までのやり取りを加味していた。
有り得ないと逃げていた現状は、この身を通してようやく現実味を帯びて来る。やはり、こうなってしまった以上はもう、進むしかないのだ。
私は振り向いて、今しがた話をしていた食卓を見やる。つい一時間程前に、仲間の一人を死地へと追い込んだ、忌まわしき場所だ。
それでも明日、私達はここへと戻らねばならないのだ。親しき者達と、命を懸けた論戦を交える為に。
(なら私も、本格的に腹括らなくちゃいけないな……)
黎名ちゃんの、美津瑠さんの言葉を思い出す。巻き込まれた以上は、全力で臨む。そして、必ず生きて帰るんだ。
これ以上、人狼達の好きにはさせない。
(私、戦います、美津瑠さん。あなたと、香澄ちゃんの犠牲は、無駄にはしない)
密かな決意は、深々と心に刻まれる。もう迷わないと自分自身に誓った私は、明日また訪れる事となる“戦場”に背を向けた。
「気になっていたんだけどさ、黎名ちゃん。今朝、皆の昨晩のアリバイを探っていたって言っていたよね? その時、私には何も聞かなかったのは何で? 話すタイミングは、今日一日でいくらでもあった筈なのに」
それぞれの部屋へ戻る直前、私はずっと疑問に思っていた事を黎名ちゃんに聞いてみた。彼女の事だから、何かしら納得出来る理由が返って来る筈だ。
しかし、黎名ちゃんの答えは。
「………………………………あ」
「え? ……まさか忘れていただけなの!? ウソでしょ黎名ちゃん!?」
推理作家もビックリなおマヌケ解答に、私はショックを隠せない。何だよそれ。私、そんなに影薄いのか……?
すみません、美津瑠さん。早速心が折れそうです……。
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葉羽
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音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。
そして何も言わなくなった【改稿版】
浦登みっひ
ミステリー
高校生活最後の夏休み。女子高生の仄香は、思い出作りのため、父が所有する別荘に親しい友人たちを招いた。
沖縄のさらに南、太平洋上に浮かぶ乙軒島。スマートフォンすら使えない絶海の孤島で楽しく過ごす仄香たちだったが、三日目の朝、友人の一人が死体となって発見され、その遺体には悍ましい凌辱の痕跡が残されていた。突然の悲劇に驚く仄香たち。しかし、それは後に続く惨劇の序章にすぎなかった。
原案:あっきコタロウ氏
※以前公開していた同名作品のトリック等の変更、加筆修正を行った改稿版になります。
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