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2017.5.2.Tue
幕間 密会 【 一日目 夜 】
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パーティがお開きになった後、もう一度飲み直そうという事で、俺こと等々力明宣は今、相田先生と共に食堂にいた。外は曇天で、時々稲光がヒビのように窓に走る。
「……風が、また強くなって来たっすね」
「今晩、この辺りは暴風警報が発令されているようだ。恐らく、これから雷雨も激しくなるだろう」
「……そうっすか」
こりゃ一雨来そうだな、と思いつつ、俺はひたすら窓の向こうの景色を睨み付けていた。……何だか、先程から落ち着かないのだ。
その時、誰かが食堂のドアをノックした。
「お酒、お持ちしましたよ」
「ツマミも、神楽さんが作ってくれたっスよー」
「おぉ、サンキュ。神楽さんも、わざわざ手間かけさせちゃってすいません」
開いたドアに目を向ければ、二ラウンド目の準備をしに行った神楽さん、美津瑠、将泰が戻って来たところだった。俺が素直に礼を言えば、神楽さんは笑顔で首を振る。
「気にしなくて良いのよ。どうせ、飲み直すつもりだったでしょ?」
「それはまぁ、……夜はまだ長いっすからねぇ。正直、まだ飲み足りねぇっす」
「ここには、酒飲みが多いからなぁ。一部を除いてだけど」
俺と神楽さんの会話を受けた将泰は、そのままチラリとある人物に目を向ける。案の定、そいつはむすっとしながら噛み付いて来た。
「仕方ねぇだろ! 飲めねぇのは体質なんだからよ! 毎回ソフトドリンクとか、格好つかねーぜ!!」
件の人物である美津瑠は、イラついたようにテーブルを思い切り叩く。ドン! と鈍い音が響いた後、美津瑠は痛そうに右手を振りながら口を開いた。
「……つぅか、今回は“それだけ”が目的の集まりじゃねぇだろうが」
「あぁ、そうだ。まさか、酒が飲めねぇ事に逆ギレしてテーブル叩くようなヤツに諭されるとはなぁ……」
「止めて! 何か恥ずい!!」
「まぁ、落ち着けよ二人共」
おおよそ真面目に成りきれていない、俺と美津瑠の言い合いをぶった切ったのは、将泰だった。正直助かった、というのが本音だ。危うく話が脱線するところだったのだから。
「取りあえず始めないか? あんまり騒いでいると、あいつらに感付かれるぞ?」
「まったくだ。ついさっきも、香澄ちゃんが来たみたいだしな。……さて、それじゃ、二次会開始と行きますか」
ようやく全員が落ち着いたところで、俺達は互いのグラスに酒を注ぎ、密かにグラスをぶつけ合う。本日二回目の乾杯は、静寂な室内に寂しく響いた。
「……成功したみたいで良かったっすよね。今夜のパーティ」
「えぇ。あの子、とっても楽しそうだったわ。……あの子のあんな笑顔、久しぶりに見た」
美津瑠と神楽さんから、今日のあいつの様子を聞いて、ほっとする。正直、最近のあいつはずっと浮かない顔をしていたから、今日のパーティが少しでも気分転換になったなら良いと思う。
そんな俺に同意したかのように、相田先生も大きく頷いた。
「まったくです。“あの日”の後、彼女は笑う事など出来る状態ではありませんでしたからねぇ……」
「人形のようでしたよね。あの頃は。けれどあの子は、自分がそうなった事すら、覚えていないでしょうね」
「そういう意味じゃ、今回パーティを開いたのは正解だった。けれど、これだけじゃ根本的解決にはならない」
将泰の言葉を受けて、俺はグラスの中身を勢い良く呷る。途端、液体が喉を焼き、酒精の匂いが鼻を抜ける。
「……六年だ。“あの日”からもう、それだけの月日が経った。あいつは、未だに忘れているみたいだが………」
グラスをテーブルに置き、口を拭いながら、俺は周囲をぐるりと見回して続ける。そこには、決意を目に宿した“共犯者”達がこちらを見つめていた。
「油断は出来ないよな。いつ、思い出すとも限らないし。そうなったら、今度こそあの子は壊れてしまう」
「それだけは絶対に避けなければ。その為にも、我々は“あの日"の事を、決して彼女に知られてはならない」
「だから隠し通す、だろ? 俺達は、穴の中の狢だ。今更、“あれ"を無かった事には出来ないんだからな」
「そうね。それが、あの子の心を守る為の唯一の手段。その為に、私達は“あの日”誓ったのだから」
将泰も、相田先生も、美津瑠も、神楽さんも、そして俺も、きっと今、同じ想いを抱いているのだろう。
窓枠を揺らすほどの暴風が、夜の静寂に鳴り響く中、思い起こされるのは、“あの日”の事だ。
俺達は“あの日"、起こったすべての事柄を封印する事を誓った。その時の事は、一生忘れられそうにない。
あいつの眠る病室のベッドの側で、密かに立てた、“誓い"。それは、あいつが平穏に暮らせる為に、俺達全員が背負う事を強いられた、枷。
当時、高校生だった俺ですら重かったそれは、更に幼かったあいつの同期達には、どれ程過酷な物だったのだろう。今思えば、アイツらにはかわいそうな事をしたものだ。
特に、比美子には申し訳無かった。本来なら、兄である俺がすべき事を、嫌がる素振りも見せず、常にあいつの側にいて見守ってくれていたのだから。
「……嫌な予感がするんだ。俺達はきっと、“あの日”の代償を支払わなければならない時が、必ず来るって」
「そうね。私達は、それだけの罪を犯した。許される事は、絶対に無い。……けれどそれは、当然の報いなのでしょうね」
俺が、二杯目の酒を注ぎながらぽつりと呟けば、神楽さんが隣に寄り添って、言う。その、悲痛ながらもきっぱりとした物言いには、どんな事が起こっても受け入れる、という覚悟を感じた。
刹那、ガラス一枚を隔てた窓の向こうで、雷が闇夜をつんざく。直に、雨も降り出すのだろう。まるで世界の終焉のようだと、馬鹿な事を考えていた。
……いや、もしかしたら本当に、終わるのかもしれない。過去の罪を背負う俺達だからこそ、この壮絶な天候の中世界から隔離されたこの場所は、さながら檻のようだと感じた。
程無くして、ザァァァァ、と水が屋根を打つ音が天井から聞こえて来る。どうやら、雨が降って来たようだ。
明日は、川が氾濫するかもしれない。あの吊り橋が、帰る日まで保ってくれれば良いが。
せめて、明日は平和な朝を迎えられると良い。
どうしようもない不安を抱えたまま、祈るような気持ちで、俺は残りの酒を飲み干した。
そうして嵐の中、初日の夜は更けて行く───。
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