イシュタムの祝福

石瀬妃嘉里

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最終章

ようこそ。楽園に最も近き、終焉の地へ

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※※※

『皆々様方ァ~~~! ぐっどもーにんぐ、デスよォ~~~!』

 キィィィン、と頭に響くような甲高い声に、意識の無いままパイプ椅子に座らされていた、自殺パーティ参加者達が、驚いて跳ね起きる。

(今回は、七人か……)

 未だ目を覚まさない、他の参加者を起こしにかかるその姿に、かつてここに来た時の自分を思い出す。きっと、彼らもまた、これから行われるゲームの果てに訪れるであろう“死”に思いを馳せているのだ。

(今度は何人くらい、問題起こすかな)

 こんな筈じゃなかった、とがなり立てる者。
 途中で死ぬ事が怖くなって、逃げ出そうとする者。
 激昂の果てに、アカリ様や補佐達に、危害を加えようとする者。
 ここ最近は、そういった輩が多いので、そろそろこの地に招待する前に、ある程度厳選すべきでは? という声が幾つか上がっているのも、事実だ。
 しかし、他でもないアカリ様本人が、「楽園行きになる権利は、自殺を望むどんな方にもありマス」とのたまうので、今に至っている。
 アカリ様が、新たな参加者達に、この場所の流儀を説明するのをぼんやり聞きながら、あたしは、第二の人生をスタートさせた、あの日に想いを馳せる。



 初めて手にした時より、少しだけ色褪せた黒のローブをはためかせながら、あたしは廊下をせかせかと歩く。
 最初に来た時に感じた、この施設の豪華さや不気味さにも、ようやく慣れた。
 立場が変わった事も要因かもしれないが、それでも、時を重ねるごとに、自分が成長した事を実感出来るのが嬉しく思えるのだ。

(あの日から、もうすぐ一年経つのか……)

 まさかあたしが、ここ、“ヤシュチェの木陰”で補佐として生きる事になるとは、あの時点で思いもしなかった。
 今でも脳裏に浮かぶのは、子供みたいな笑顔で、あたしに提案を持ちかける、アカリ様の姿だ。

 ──イシュタム様に、お仕えするつもりはありませんか?

 後から知ったが、参加者の最後の一人VSアカリ様、というゲーム対戦後、参加者が、―それも、自ら正解を答えた上で―生き残った場合のみ、ある二択を選択出来る権利を得られるらしい。
 参加者が“祝福”されるまで、サドンデスを行い続けるか。
 今までの人生を捨て、補佐として一生、女神に仕えて生きるか。
 どちらかの選択を。
 その選択を迫られた時、あたしは迷う事無く、この場所で生きる事を決めた。
 それは、日常どころか外の世界を捨て、一生閉ざされた世界で過ごす事を意味しているが、家族にも学校にも失望していたあたしには、全くと言って良い程問題なかった。
 それに、……何の因果か、最終戦で死ねなかったわけだし。ここまで来て生き残ってしまっては、亡くなってしまった皆の分も生きないと、という気持ちにもなるものだ。
 あたしは、胸元に垂れる飾りをきゅ、と握り込む。結局あのロケットは、持ち主に返せぬまま、あたしの手元に残った。
 これを見たり、握ったりする度、「頑張れ」とばかりに、あの眩しい笑顔を思い出す。だからあたしは今日も、一度は捨てようとしたこの世界で生きているのだ。
 本当に、あのお節介なお姉さんには敵いそうにない。そしてあたしは、あの人の想いと共に、人生を歩んで行くのだろう。恐らく、これからも、ずっと。

「アラン。クラゲちゃん、ここにいたのン? そろそろ休憩時間じゃないかしらン?」

 ドスドスドス! と、猪もびっくりな重低音で、まりんさんが迫って来る。相変わらず、圧が凄い。この間も、女子中学生の参加者を泣かせてしまって、オロオロしていたのを思い出した。ついフフッ、と笑い声が漏れそうになるのを、何とか堪える。

「えぇ。今やっと手が空いたので、これから入ろうかなーっと思ったところです。……てか、何でいるんですか? まりんさん今日、シフトじゃないですよね?」
「急遽、駆り出されたのよォ。昨日、リントー君が、ゲーム中参加者に殴られて、大怪我したから。……クラゲちゃんは、その時いなかったから、知らないかしらン?」
「今朝、シドさんが、悪質だったから処分したって愚痴ってましたから、少しだけなら。確か、性格悪そうなオッサンだったんですって?」
「そォなのよォ! 後処理とか面倒ったらないわよもー。こっちは楽しく死ねるお膳立てをしてやってるんだから、ブーブー文句言ってねぇで、潔く死にやがれってハナシなのよォ‼」

 やばい。まりんさんが“野郎”を隠さなくなっている。これは、相当荒れているようだ。変に巻き込まれないように、さっさと退散した方が良いかもしれない。
 嫌な予感を察知したあたしが、早々にずらかろうとした時、誰が素早く、まりんさんのお尻を蹴っ飛ばした。
 その衝撃に「イヤン!」と野太い悲鳴を上げたまりんさんは、蹴られた箇所を撫でながら、突如現れた加害者を睨み付ける。

「痛いわサリちゃん! 何すんの‼」
「よォ、オネェゴリラ。相変わらず汚ネェ声だな」
「女の子がそんな言葉遣いしたら駄目よォ!!」
「っせーな。オカンかよ。もう聞き飽きたっつーの!」

 ギャアギャアと言い合いを始めてしまった二人を尻目に、あたしはまたかァ、と遠い目をした。どうしようかな、と思っていると、後ろから「クラゲちゃ~ん」と、あたしを呼ぶ声が聞こえた。

「あ、シドさん、お疲れ様です。大変でしたね、昨日は。ウザいオッサンが暴れたとか?」
「お疲れ様~。いや~、大変だったよ~。もうね、途中から日本語喋らないただの騒音になっちゃってね~。面倒だったから、アカリ様から指示受ける前にっちゃったよね」
「やだこの人ホワホワした口調で物騒な事ってる……」

 ちょっと危ない思考の彼にタジタジになりながらも、あたしは、この会話を楽しんでいた。まさか、ずっと友達一人いなかったあたしが、こんな素敵な仲間を得られるなんて、夢のまた夢だと思っていたのだ。
 最終ゲーム前に出会ったまりんさんは、今や良き相談相手となった。
 見た目こそ筋肉マッチョゴリラだが、共に過ごす内に、内面は乙女の面倒見の良いオネェさんだと判り、それからは色々お世話になっている。
 サリさんは、あたしより二つ年上で、口調だけなら、完全にヤンキーである。
 だが、雨の日に子猫を拾いそうなタイプの、心優しいお方で、現に、年下のあたしの事は、とても可愛がってくれている。多分、最近では一番、一緒にいる事が多いかもしれない。
 シドさんは、全補佐の中で一番の吹矢の名手で、仲間達からも“スナイパー”と呼ばれる程の腕前である。
 性格こそ、何処かフワッフワで、抜けているところもある爽やかお兄さんだが、仕事となれば、誰であろうとも容赦しない。反抗する参加者のロープを切って転落死させるのは、ほぼこの人の役目だと知った時は、身震いがしたものだ。

(こうして関わってみると、補佐の人達もちゃんと人間なんだよな……)

 参加者視点からでは判らない、“ヤシュチェの木陰”の人間となった故に知った事は、数多い。彼らもまた、あたしと同じ境遇の人達だ。
 最初は、コミュ障を拗らせていたあたしも、お互いの事を知る事で少しずつ慣れて行き、今では良き同僚達として付き合えている。ここに来るまで、現実世界に友達一人いなかった孤独な生活が、嘘みたいに思える程だ。
 もしかしたら、いじめによるあの地獄の日々が、あたしの性格を歪ませた原因なのかもしれない。そう考えると、現実世界はあたしにとって、毒にしかならない場所だったのだろう。
 やはり、あそこには、あたしの居場所はなかったのだ。何となく、昔からそんな気はしていた。でも、それを認められないあたしは、何とかして居場所を作ろうと、ずっと頑張って来た。……結局は、それらは全て、無駄でしかなかったのだが。
 けれど、そんな物はどうだって良い。
 あの場所にはもう、未練すらないのだから。

「クラゲー! 今日の仕事が一段落したらよー、お疲れ様会しよーぜー」

 サリさんが、笑顔であたしに呼びかける。まりんさんも、シドさんも、優しく微笑んでくれている。その事実が嬉しくて、あたしは、幸せな気持ちに満たされて行く。

「はい! 是非。それじゃ、休憩行って来まーす」

 あたしがそう言って離れると、彼らは了承して、手を振りながら仕事へと戻って行った。その背をちらりと見送りながら、あたしは休憩室へと向かう。
 生まれてから、十七年。誰にも愛されなかったあたしは、自分は価値のない存在だと思って生きて来た。
 けれど、今は違う。あたしは必要とされて、存在する事を許して貰えている。そんな、自分が生きやすい場所へと辿り着けたのだ。
 ここには、あたしを想ってくれる大切な人達や、あたしを受け入れてくれて、居場所を与えてくれたアカリ様がいる。これ以上の喜びは、ない。

(人間、何処に自分の必要とされる場所があるか、判らないもんだなぁ……)

 最初は、色々と不安な事もあったけれど、今でも、あの時の決断は、間違っていなかったと胸を張って言える。
 最高の仲間と、恩人。そして、心地良く過ごせる環境。全てが手に入るここは、まさしく、あたしにとっての楽園なのだから。
 断崖絶壁の景色が美しい窓を見ながら、あたしは想う。
 生きている事って、こんなに素晴らしい事なんだなぁ、と。



「……どー思う? 今回のメンツ」
「要注意人物はいるね。最年少の、彼とか」

 サリさんとシドさんが、互いの顔を近付け、何やら話している。内容から察するに、あまり良い話ではないらしい。
 休憩後、ラウンジの掃除をしながら、あたしは今回のゲーム進境を思い出してみる。
 現時点で二回戦が終わり、楽園に導かれたのは二人。最初に集まったのは七人だから、五人で次の三回戦に挑む流れの認識だ。という事は、今生き残っている五人の中に、問題要素があるという事なのだろうか。
 気になったので、あたしは二人に声をかけた。

「どうしたんです? 今回、やばい奴がいるんですか?」
「何だクラゲ。今日の参加者、見てねぇのか?」
「すみません。今日はまだ、後ろ姿しか見れてないので、イマイチ判ってないです……」

 サリさんに不思議そうに聞かれ、あたしはそう答えるしかなかった。ゲーム開始前に、きちんと把握していなかったのは、あたしの落ち度だ。
 今日の作業は、主に裏方が多かったので、参加者とあまり関われなかったのは事実だが、それでも、基本的な事ではあるので、若干気まずい。
 明らかにあたしが落ち込んでしまったので、見かねたのだろう。シドさんが、「クラゲちゃん、今日ほとんどこっち出てないから、仕方ないよね~」とフォローした上で、説明してくれた。

「実は、今日の参加者の中に、楽園行き以外の目的で、ここに来ている人がいるみたいなんだ。……僕とサリちゃんの見立てでは、って意味だけど。まぁ僕達、今まで色々な参加者達を見て来たからね~……」

 つまり、まだ確定出来る段階ではないが、全く的外れではないと、二人は睨んでいるという事か。
 まだ、半人前のあたしではあるが、彼らの観察眼は、侮れない事を知っている。そもそも、一度怪しいと思ったら、その疑いが晴れるまでは警戒するのは当然だ。あたしは、思案しつつも聞いてみる。

「楽園行き以外って事は、自殺目的っぽく見えないって事ですよね。たまに、ゲーム中に反抗して処分される人いますけど、アレとは違うって事ですか?」
「全然ちげぇぞ。お前が言ってる奴らは、ゲームの途中でビビって暴れるわけだから、最初は従順なんだよ。けど、今回の奴はそうじゃねぇ。会った瞬間から判った。目がな。自殺を選ぶ程追い詰められた人間の、それじゃねぇ。妙にこちらを警戒してんだよ」
「恐らく、以前ここで楽園に導かれた、参加者の誰かを知る者だろうね……。ああいうのが、一番厄介なんだよ。こちらへの敵意しかないから、隙を見て出し抜こうとするんだ」

 サリさんが、シドさんが、真剣な様子で語る内容に、あたしはすぐに、志帆さんを思い浮かべる。成程。彼女みたいなタイプか。
 そういえば、あたしがここで働くようになってからは、見た事も聞いた事もなかったかもしれない。なら今回は、補佐になってからは、初めての遭遇になるのか。
 かつての、志帆さんの破天荒な行動が懐かしくなり、つい、口元がにやけそうになるが、すぐに気を引き締めた。
 確かに、ここで働く補佐という視点で考えれば、彼女みたいな存在は、邪魔だろう。もし、この場所に危害を加えられたりして、行く宛がなくなったりしたら。……そんな事、考えたくもない。

「一大事ですね、それは。相手の目星が付いているという事は、最終的には叩くつもりなんですか?」

 あたしが、そう聞くと、サリさんがうーん、と腕組しながら、「そうしてぇんだけどよ……」と、言葉を濁した。

「幾ら、やらかしそうだと睨んでも、現行犯じゃねぇとシバけねぇからな。こちらに危害を加えていない時点じゃ、アカリ様にとったら、皆等しく尊ぶべき自殺志願者だ。無下には出来ねぇ」
「そうか……。じゃあ、今は取り敢えず様子見ですか?」

 あたしが聞くと、シドさんが「そうなっちゃうねぇ」と、困った風に言う。流石の凄腕スナイパーも、確定要素がなければ動けないのだ。
 そう言えば、ふと、気になった事があったので、あたしはついでに、二人に聞いてみる事にした。

「最年少、って言ってましたよね。その要注意人物。結構若いんですか?」
「そうだねぇ。多分、クラゲちゃんと大して変わらないんじゃないかなぁ。未成年だね」
わけぇのに、大した度胸だよなぁ。何が目的か知らんが、単身でここまで乗り込んで来るんだからよぅ」
「サリちゃんは、若い筈なのに、時々言う事が年寄り臭いよね~……」

 シドさんの余計な一言に、サリさんが食ってかかる。割といつものやり取りだ。お決まりの流れを眺めながら、あたしは今までの話を、頭で整理する。
 あたしと同世代の、危険人物か。
 一体、どんな人なのだろう。もし、出会ったら、志帆さんを思い出して尻込みしてしまうのだろうか。そう思いかけて、それでは駄目だと考え直す。
 今、あたしがこうして幸せな日々を過ごせているのは、ひとえにアカリ様が、あたしに居場所を与えてくれたからだ。
 だからもし、その危険人物が、アカリ様やここ“ヤシュチェの木陰”に危害を加えるというのなら、あたしは全力でそいつを排除すべきなのだ。
 と言っても、実際に手を下すのはシドさんを筆頭とした、選りすぐりの凄腕な先輩達の役目になるだろう。まだ、新人のあたしではきっと、太刀打ち出来ないだろうから。

「……クラゲも、気を付けてろよ。こっちで気にしてる奴もだが、それ以外もだ。不審な動きをしている奴を見かけたら、すぐに連絡しろ」

 サリさんが、シドさんの胸ぐらを掴みながら、あたしにそう警告した。諍いは、まだ続いていたらしい。けれど、警告事態は真っ当なので、あたしはスルーして頷き、掃除を再開した。
 と、その時、連絡用に配布されたケータイから、通知が届いた。確認してみると食堂担当の応援要請だった。何でも、向こうのトラブルの所為で、人手が足りなくなったらしい。

「すみません。ご指名みたいなので、食堂行って来ますね」

 あたしはそう言って二人と別れると、急いで食堂へ向かう。確か、三回戦が終わったら休憩時間になるから、その前に、軽食の準備を完了しなければならない筈だ。

(ゲーム進行によって、休憩開始時間が変わるから、大変なんだよな……)

 今は、まだ連絡がないから大丈夫だとは思うが、早めに行動しておくに越した事はないだろう。そう思いながら食堂に入ると、すぐにカットフルーツの準備を頼まれた。他の皆は、料理の盛り付けで手が離せないらしい。
 ここでは、参加者に提供する食事は、基本的にケータリングだが、味だけでなく、目でも楽しめるよう、盛り付け方にはこだわっているのだ。
 また、カットフルーツのような生物なまものは、なるべく提供する直前に用意するルールがある為、毎回、補佐の誰かが手ずから準備する必要があった。
 あたしは、数種類のフルーツ入りの籠と、果物ナイフを手にし、作業を始めようと配膳室に向かう。しかし、そこはあまりに混雑していて、とても自分の場を広げられるスペースがなかった。

(仕方ない。食堂内で作業しよう)

 諦めたあたしは、近くに置かれていたトレーを掴み、配膳室を出て隣の食堂へと足を踏み入れる。ここなら、広々と使えるし、トレーを持って来たから、切ったフルーツをそのまま配膳室へと運べる。我ながら、ナイスアイデアだ。

(まぁでも、さっさと終わらせないと、参加者と鉢合わせしちゃうんだけどねー……)

 つい先程聞いた、危険人物の話を思い出しながら、あたしは籠からオレンジを取り出して、ナイフを入れた。
 それにしても、もし、本当に遭遇したらどうしよう。ちゃんと、速やかに連絡出来るだろうか。突然、話しかけられたりしないかな……。
 ありもしない想像だが、どうしても心配になってしまう。本当は、そんな確率は何万分の一もないだろうに。でも、もしかしたら、もしかするかも……?
 恐ろしい想像を振り払うように、あたしはフルーツをカットする作業に専念する、やがて、籠の中のフルーツが空になる頃には、トレーの上では、オレンジやグレープフルーツ、キウイやパイナップルなどの、色とりどりフルーツが美しく輝いていた。

(……よし。こんな感じで良いかな?)

 あたしは、自身の成果に満足する。この間も褒められたし、最近、上手くなった気がする。これなら、堂々と参加者にお出し出来る! 後は、これを良い感じのお皿に盛り付ければ、完成だ。
 私は、ナイフを簡単に拭き、トレーを持ち上げようとしたが……出来なかった。ナイフを片付ける寸前、不意に食堂の扉が開き、参加者と思われる人影が入室して来たのだ。

(え? 嘘! 時間、読み違えちゃった⁉)

 慌てて、ケータイを確認しようとしたが、突然、誰かがあたしの肩を叩いた。急な出来事に驚き、あたしはナイフを持ったまま固まってしまう。

「なぁ」

 肩を叩いた相手が、あたしに声をかける。その瞬間、あたしは胸がざわめき、心の奥がすぅっと冷たくなるのを感じた。

(……何で)

 もう、二度と聞く事はないと思っていた、忌まわしい声。聞き違いだと思いたくて、あたしは、確認の為にゆっくりと振り向き、相手の顔を見る。
 疑惑は、確信へと変わった。

(何で、ここにいる)

 もう、二度と会う事はないと思っていた、片時も忘れた事のない、そのツラ。
 名前は、三木みき悠哉ゆうや
 かつて、あたしをいじめていた、幼馴染のグループのメンバーの一人。直接、手を出されたわけではないけれど、他のメンバーによるいじめを止める事もなかった、傍観者。何もしようとしない、クズ。
 そいつが今、あたしの肩に触れていた。
 それを実感した途端、あたしの中で憎悪が膨れ上がって行く。

「アンタ、三木みき藍子らんこって、判る? 上品ぶった、冴えないオバサンなんだけど」

 そいつは、誰かの名前を口にしたが、知ったこっちゃない。大体、ここに来る参加者は皆、サイトでの別名を語るので、本名なんか言われても、判るわけがないのだ。

「……申し訳ありません。パーティの参加者の方々には、サイトでの別名を名乗って頂いております。……もし、そのお名前が本名なのであれば、こちらのデータベースでは、判別出来ないと思われます」
「あそ。じゃ、良いわ」

 感情を抑え、何とか補佐として返したあたしの言葉に、そいつは、もう用はないとばかりに離れた。徐々に小さくなるその背を、あたしは暫く睨み付けていた。
 アカリ様の手を取った時点で、幼馴染達との接触はなくなる。だから、例えどんなにあいつらが憎くても、復讐する事は諦めよう。そう自分に言い聞かせ、アカリ様達の為に、一生を捧げると決めていた。
 けれど、あいつからこちらに来たのなら、話は別だ。
 あいつは間違いなく、つい先程まで、サリさんとシドさんが警戒していた、要注意人物だ。
 きっと、ここで楽園へ導かれた誰かを追って、今回の集団自殺パーティに参加したのだ。真実を、得る為に。
 もしそうならあいつは、アカリ様や補佐の皆に、危害を加えるかもしれない。そんな事、……あってはいけない!
 許さない。許さない。許さない!
 ただでさえあいつは、幼馴染達の側にいながら、あたしへのいじめを止める事無く野放しにして。あたしから、現世での居場所を奪ったというのに。
 あたしが死のゲームを突破して、ようやく手に入れたこの幸せな場所にまで、干渉するというのか。

(これ以上、あたしの生きる場所を荒らされるわけには、いかない)

 幸いあいつは、今のあたしを、かつていじめた相手だと気付いていない。ならば、あたしがあいつの探し人の情報を、―適当な嘘でも吐いて―チラつかせれば、容易に誘い出す事が出来るだろう。嘘かどうかなんて、判る筈もない。
 それに、ああいう人間は、藁にも縋るような気持ちで、情報を得ようとしているのだ。かつての、志帆さんのように。

(これは、あたしの問題だ。大切な人達が、手出しする必要はない)

 大丈夫。絶対に、上手くやってみせる。
 一世一代の決意を胸に、あたしは、手にしていたナイフの柄を握り締めた。
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