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第四章
狂気的カルトによる悪意無き洗礼 (二回戦 ▶ 三回戦)
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キリキリキリ、とリールがロープを巻き上げ、ゆっくりとUTAちゃんの身体を持ち上げて行く。その顔には、先程の人形と同様の白い覆面が被せられ、表情を見る事は出来なかった。
やがて、ガコン、という音の後、絞首台の下からキャスターが現れた。どうやらこの台、移動可能だったらしい。
ガラガラと、まるで、ストレッチャーで患者を運ぶ時に似た音を立てながら、UTAちゃんは、絞首台ごと部屋から退場させられて行く。吊り上げられ、ぶらぶらと揺れ動いたままの状態で。
一体何処へ連れて行くのか、何をするつもりなのか、本音を言えば、今すぐにでも問い質したい。しかし、繋がれている上、ショックで声が出ない私は、ただただその様子を呆然と眺めているしか出来なかった。
何だ、これは。
何だこれは⁉
忘れていたわけではない。これが、集団自殺を目的としたパーティである事は。私は、それをきちんと理解した上でここに来た。けれど、実際に人が死んで、その瞬間を見せられて、私は急にぐわん、と視界が傾く気がした。ぐらぐらと揺れる不快感に、吐き気がする。
これが、ここにいる彼らの望む事なのか。
本当に、彼らはあんな姿になってまで、楽園へと導かれたいと思うのだろうか。あんな、無機質な人形のようになってまで──。
『それではァ、ただ今から次のゲームの準備を行います。皆様、少々お待ち下さァい。皆様にも祝福が訪れます事、ワタクシは祈っておりますよォ!』
ショックから立ち直れない私の心を置き去りに、やはりテンション高めの様子でアカリが言う。すると、左右の画面の映像がフッ、と消え、真っ暗になった。ようやく訪れた静寂に、私はひとまず一息吐けた気がした。
けれど現時点でもう、このゲームでは死人が出る事は確定してしまった。だから、下手を打てば容赦無く死ぬのだ。皆も、私も。
私は、つい先程まで生きていた、UTAちゃんとゆかりん✩ちゃんを想う。本当に、ほんの少しの間まで一緒にいたのに。ネットでの交流は勿論の事、ここに来るまでの車内と、ここに来てから。
顔を合わせたのは僅かの間だったけれど、彼女達と過ごした時間は、私にとってかけがえないものだったのだ。それなのに。
彼女達の人生は、たった一瞬で消えてしまった。まるで、虫を踏み潰すように無情で、呆気なく。ここに来て初めて、私はこの場所における生死のルールに気付かされたのだ。遅いにもほどがある。
悲しみに暮れる私の目から、ほろ、と涙が零れる。あぁ、いけないと思い、ぐ、と飲み込むように堪えた。駄目だ駄目だ。ここで泣いたら、不審に見える。落ち着け、落ち着け。落ち着け……。
ずず、と鼻を啜りながら上を向き、頭の中を空っぽにしようと目を閉じる。そんな時だ。耳に、とんでもない言葉が飛び込んで来たのは。
「凄い。あんなに、綺麗に死ねるんだ」
「え?」
耳を疑うような言葉に、つい目を開けてその方向を向く。そこには、初めて会った時からずっと、自信無さげにおどおどしていたクラゲちゃんが、希望に満ちた目でアカリの映っていた画面を見つめていた。その姿はまるで、恋する乙女のようだ。
「ゲームで遊んでいる内にあの世へ逝けるなんて。それって、楽しい気持ちのまま死ねるって事でしょ⁉ しかも、死んでも汚い顔晒さなくて済むし、漏らす事もないなんて! 本当に凄い‼」
「クラゲちゃん……?」
「ここに来て、本当に良かった! アカリさん、……ううん。アカリ様について行けば、何も怖くないんだもん。あの人を信じたのは、間違いじゃなかったんだ‼」
可愛いらしく頬を染め、恍惚した表情で、クラゲちゃんがマシンガンの如く言葉を連ねる。今のこの、危機的状況にそぐわない様子に、私は困惑した。しかし、盛り上がっているのは、彼女だけではなく。
「た、確かに。見た目を気にしなくて良いなら、首吊りなんて一瞬で死ねるし、良い事づくめだ。アカリ様は素晴らしいな。ここに来て、本当に良かった‼」
「そうか。もう、何も心配しなくて良いんだ。アカリ様のおかげだ……」
ヨシカゲ君が、ユーイチさんが、初めて見るようなテンションで興奮しながら、アカリを支持している。三人が期待に満ちた様子で死を望む姿を、私は宇宙人と遭遇した気持ちで見ていた。
彼らの思考が理解出来ない私は、異常なのか。いや、きっとそうではない。
生きる事が苦痛な彼らと、今を生きようとしている私の、それぞれの価値観が違うだけだ。私が彼らの気持ちを汲み取れないように、彼らもまた、私の気持ちを汲み取れないだろう。
だからこそ、私は沈黙するしかない。今ここで、私が私の主張を披露したところで、彼らには異常にしか見えないと思うから。それでも、……彼らには考え直してほしいというのが本音なのだが。
と、センチメンタルな気分になっていた時、再び右側のテレビ画面のスイッチが入り、憎たらしい道化女の姿を映す。
『お待たせ致しました皆様ァ、準備はよろしいでしょうかァ。次のゲームに参りますよォ!』
楽しそうに私達に呼びかけるアカリに、私の周辺から「ウォォォォー‼」と、スタンディングオベーションしそうなくらいのテンションの雄叫びが上がった。やばい。私以外、皆、本気で死にたくて死にたくて仕方ないのだ。判っている筈なのに、鳥肌がやばい。
デスゲームなのに死を恐れず、寧ろ喜んで意欲的にゲームを歓迎する異常な光景を前にして、失神したくなりそうになる。けれど、私は私だ。死ぬつもりが無い事をおくびにも出さず、死にたいと思っているように振る舞わないと。
……あと、足が、子鹿並みに震えているのは、気にしないようにしよう。
(ナメていたわけじゃないけれど、……本当に、真剣に立ち向かないといけないな、このゲーム。美帆の手がかりを掴む前に死ぬとか、ここまで来た苦労が水の泡だもの)
そう。このまま、潰れるわけには行かない。私は、改めて生き延びために気を引き締める。アカリは、後で殴る。
決意を胸に睨み付けた画面の先で、アカリが、最初のゲームの時と同様に指を鳴らす。瞬間、右側の画面がマスの羅列を映した。
□□□□□
次の英単語は、五文字。文字数が少ない分、アルファベットを当てられる確率が格段に下がる。これは、先程より手こずるかもしれない。
『それでは、まずはヨシカゲ様からです! 解答、お願い致しまァす!』
アカリに振られたヨシカゲ君は、緊張感を顔に滲ませながら、ゆっくりと口を開く。
「……“S”」
《ピンポーン》
室内に響く正解音に、私は内心やった! と思った。最初から当たりとか、幸先が良い。ヨシカゲ君本人はがっかりしているようだけれど。
『おや、いきなり当たりでございますかァ。では、一文字オープン致しまァす』
“祝福”に一歩遠退いた事に表情を変える事無く、アカリは画面に映るマスの一つを開く。
□□□S□
……四番目、かぁ。いや、開かないよりはマシだから、贅沢を言うつもりはない。それでも、せめて最初の文字とかなら、と思ってしまうのは仕方ない、筈だ。……でも、四番目かぁ。自分以外がせっかく正解してくれたのに、不満な私は、心が狭いのだろうか。
『それではァ、次はシホ様の番です! お答え下さァい!』
アカリの甲高い声でハッとした私は、一瞬自分の順番を忘れていた事に気付く。大変。早く何か答えなければ。しかし、公開されたアルファベットの位置が悪い。
“S”が四番目の英単語って、何だろう。最初に、答えるべきアルファベットはどれだ? 私は、生き延びる為に、必死で頭を回転させる。
(周りのやる気がない以上、私が長続きするよう答えるしかないんだよな……)
一回戦を経験して判った事だが、私以外の参加者は、解答に母音を選ぶ確率が低い。間違える為にワザとそうしているのか、単に適当に答えているだけなのかは定かではないが。
なら、やはり私は、母音から攻めた方が得策な気がする。子音は、上手く行けば周りが開けてくれるかもしれないのだから。そして開けるならばせめて、先頭か末尾を狙いたい。
なら、総合的に考えると、私の一手は。
「“E”」
《ブブーッ!》
畜生! 外した!!
解答してすぐ鳴るブザーに、私は内心で舌打ちする。四文字目が“S”なので、末尾“~SE”を狙ってみたのだが、違ったようだ。残りの母音はA・I・O・U。という事は、五文字目は母音では無いと考えても良さそうな気がする。
(後は、他の母音が何処に入るかだな……)
左画面の映像に一画書き足されるのを、渋い思いで見る。たかが一回だが、されど一回。この一回の間違いに泣く事が、既に現実で起こっているのだ。なるべく、ミスは重ねたくない。取り敢えず、他の人の解答を参考に、答えに辿り着こうと思う。
さて、次の解答者は、ユーイチさんだ。彼は、そわそわと落ち着きない様子で答えた。
「え、“F”」
《ブブーッ》
結果は、外れだ。ブザーが鳴った瞬間、ユーイチさんは「やった」とばかりに両手でぐ、と拳を握った。画面では、私の作った横線に、縦線がくっついた。
次に答えるのは、アイコさんだ。彼女は、左右の画面を真っ直ぐ見つめながら、静かに答えた。
「“A”」
《ブブーッ》
アイコさんの解答も、外れ。結果、一文字目の“I”が出来てしまう。しかし、これで母音が三択に減った。それに関してはアイコさん、ナイスだ。この感じで、他の人達も母音を答えくれたら。いや、それよりも兎に角、マスを開けてくれれば良い。ヒントがなければ、英単語を推測する事も出来ないのだから。取り敢えず当てろ、当てろ、当ててくれ……。
「ふむ。では、……“J”」
《ブブーッ》
次の解答者、城ヶ崎さんが外した。画面上にまた、一画書き込まれた。次は、クラゲちゃんの解答だ。
「え、と。じゃあ、“B”」
《ブブーッ》
結果は、これも外れだ。私の祈りは虚しくも、立て続けに鳴るブザーによって掻き消された。画面に映る“IX”の二文字に、私はいよいよ焦り出す。
(次は、ヨシカゲ君か……)
私がちらりと視線を向けた先、ヨシカゲ君は画面のアルファベットを一瞥すると、暫し考えた素振りをしてから、はっきりと答えた。
「“N”」
《ブブーッ》
ヨシカゲ君も失敗。画面には六画目となる横線が加えられた。ヨシカゲ君はそれを見ながら、何処かほっとしたように息を吐いた。安心しつつ、喜びを噛み締めるようなその姿に、私は心臓がきゅ、と握られたように切なくなる。
『はぁいハァイ! お次はァ、シホ様ァ。お願い致しまァす!』
アカリに促されて回って来る、二回目の私の番。
さて、どうしたものか。ここは続けて、母音で攻めるべきだろう。候補は、I・O・U。しかし、残り文字数を考えると、確実に正答を出す必要がある。今、判明しているのは、五文字中、四文字目の“S”のみ。
(……駄目だ。推測出来ない)
情報の少なさに半ば絶望するが、ここで黙り込むわけにも行かない。何か答えないと、開ける枠も開けないのだ。仕方ない。ここはもう、勘に頼って──。
「“O”」
《ピンポーン》
──え。
待ち望んだ正解音に、私は一瞬呆けてしまう。おぉ……。私、当てたのか。
(……って! 安心している場合じゃない! 結果見ないと!!)
ほっと息を吐く間もなく、私は右側の画面に目をやる。するとそこには、私の解答したアルファベットも並んでいた。のだが。
□□OS□
(また微妙な位置だなァァァ!)
開いた場所は三番目。ヒントが得られたのは嬉しいのだが、気持ちは大変複雑だった。母音狙いだから仕方ないのかもしれないが、やはり先頭を狙いたかった、というのが本音だ。それでも、一文字だけの時よりはマシだとは思うが。
さて、ここで考えてみる。
三、四文字のアルファベットが「OS」という事は、考えられる英単語は「【オ行】ス○」になるのではないか。そうなると、末尾は一文字で成り立つと考えても良いのかもしれない。
(なら、アヤシイのは、“T”かな……)
もし、五文字目が“T”なら、英単語の読みは「【オ行】スト」となり選択肢が大分狭まるというわけである。一か八かで試してみたいが、次の私の番まで間に五人いる。それまでに、誰かが“T”と答えてくれると良いのだが。
いや、一番良いのは、私の番が来るまでもなく、英単語が完成する事だ。意図的でなくても、偶然によってでも構わない。私はただ、これ以上ここで出会えた人達が死ぬところを、見たくないのだ。
だから、この先解答されるアルファベットに、当たりがあってほしい。順番が回って来るまで、私は祈るしかない。次は、ユーイチさんの解答。頼む。どうか、当ててくれ。
「“D”」
《ブブーッ》
私の想いも虚しく、結果は外れ。三文字目“T”が完成した。マジか。“D”って、結構使うイメージあるのに。だが、“D”もまた末尾になりやすい単語の筈。なら、ここで振り落とされたのは、ある意味ラッキーか。そう考えると、この誤答は悪くなかったのかもしれない。
というより、そう思わないと、やっていられない。せめて、この積み重った誤答が実を結ぶ事を願いたい。そうでないと、……このままじゃまた、誰かが死ぬ。それだけは、何としてでも阻止しなければ!
けれど、今の私に出来る事は、他の参加者の正解を祈りながら、自分の番を待つのみ。それがただただもどかしい。そんな私を置き去りに、ゲームは機械的に進んで行く。
「“M”」
《ブブーッ》
アイコさんの解答、外れ。画面に、斜線が一本加わる。
「“Y”」
《ブブーッ》
城ヶ崎さんの解答も、外れ。画面に、更に斜線が一本加わる。
「“P”」
《ブブーッ》
クラゲちゃんの解答も、外れだ。
この時点で、画面上には“I・X・T・A”の四文字が並んでいた。これで、残された猶予は、あと三回。それだけしかもう、間違る事は許されない……。
次は、ヨシカゲ君だ。頼む。たまたまでも何でも良いから、正答を……。
「“C”」
《ブブーッ》
四回目のブザーが聞いた瞬間、私は発狂しそうになった。ヨシカゲ君てめぇ!!!!!
私は心から彼をはっ倒したくなったが止めた。彼を責めたところでどうにもならないし、第一に動けなかった。こんな事思いたくないけど、繋がれていて良かった。
さて、まずいぞ、と画面に追加の一画が増えるところを見ながら、私は歯噛みする。失敗が許されるのは後二回。アルファベットは残り三つ。非常にまずい。
やっと回って来た私の番だが、間違えるわけには行かない。周りの事とか知るか。私は、私のやりたいようにする。ここで出会えた人達を、これ以上亡くしてたまるものか。少しでもゲームを長引かせて、正解へ導いてやる! だから私は……諦めない‼
「“T”!」
《ピンポーン》
宣言するように力強く答えると、待ちに待った音が耳を揺らす。よし! 持ち堪えたぞ! さぁ、何処が開いた⁉ 期待に満ちた私は、素早く右の画面に目を向けると。
□□OST
よし! 読みが当たった! と、結果を確認した私は、心の中でガッツポーズする。多分間違いない。英単語は「【オ行】スト」だ‼ それが判れば、自ずと正解が絞られて来るというものだ。後は、頭に何が入るか考えれば良い。
と、喜んだのも束の間、ゲームは容赦なく進む。早く私の番になってほしいが、それまで正答が続かなければ意味がないのだ。頼む。耐えてくれ。耐えてくれさえすれば、私が正解を導くまでの時間を稼ぎ、ヒントを捻り出す。だからどうか、誰も間違えないで。
しかし、私の想いとは裏腹に、現実は残酷だった。
「え、えぇと、……“L”」
《ブブーッ》
ユーイチさんの解答後、響くブザーに、私は頭を抱えたくなる。ああああ、後一回じゃん。もうやばいってやばいったら。書き加えられる一画の重みが、私の心にズシリとのしかかるかのようだ。
やばい。本格的にやばい。この状況で私の番まで耐えるとか無理過ぎる。こうなったら、私が何とか答えを導き出して、参加者の誰かに、こっそり答えを伝えるしか……。
いや。そんな事して、素直に答えてくれるだろうか。周りは皆、自分自身の死を望んでいるのに。下手したら、アカリとか補佐にバラされるかもしれない。そうなったら、私がやばい。けれど、このまま手をこまねいているだけなんて……。
『ハァイ! 次は、アイコ様の番ですよォ!! 頑張って楽園行きをゲットして下さいねェ!!』
そう呼びかけるアカリの声に、私は思わず二つ左隣を向く。
そこには、病的なくらいに顔面が白くなったアイコさんがいた。遠目からでも判るレベルで汗びっしょりで、今にも倒れそうだ。僅かだが、息も荒い気がする。
「アイコ、さん……?」
思わず彼女に声をかけるが、こちらを見ない。恐らく、私の存在に気が付いていない。というより、そもそもそんな余裕はないのかもしれない。
きっと、彼女もまた、先程までのUTAちゃんと同じなのだ。死が目と鼻の先に訪れた途端、襲い来る恐怖と生への執着。そして、今ここで己の人生に終止符を打つ事への疑問。そういったものが綯い交ぜになってしまい、感情が暴走している。少なくとも、私にはそんな風に見えた。
「あ、あのぅ……」
『オヤ? どうされましたアイコ様?』
「わ、私……」
アイコさんが、蚊の鳴くような声でアカリに話しかける。私からはユーイチさんの影で表情は良く見えないが、かろうじて彼女が俯いているらしい事は判った。
「私、……結婚してからこの方、ずっと窮屈でした。義母は私に、世間で言うところの嫁いびりをしますし、それに対して夫も義父も見て見ぬふりをしていて、……辛かったんです。それでも。……それでも、息子がいたから、今の今まで頑張れてたんです。あの子が生まれてから十七年間、ただあの子の幸せだけを願って生きて来ました。けれど、今では……私の言う事なんか聞きやしません。反抗期さえ過ぎてしまえば、と何度も自分に言い聞かせて来ましたが、……すっかり疲れてしまって。それで、そんな生活に我慢出来なくなって、ここで全部終わりにしようと思ったんです」
アイコさんは、ゆっくりと語り始める。それは、彼女の相談として聞いていた、所謂家庭内トラブルというものだった。
結婚すると良くぶつかるという、家族間で起こる様々な問題で、未婚の私からすれば、違う世界の出来事のように感じた。そして、経験者の口をもって紡がれるそれは、想像以上に生々しいもの。
私は、考えてみる。日々積み重なる嫌がらせ。なのに、頼りになる筈の夫は役立たずで、子供も反抗的。誰も味方にならない、家という狭い空間でただ一人、静かなる暴力に耐える毎日。はっきり言って、拷問だ。私なら速攻で出て行っている。
けれど、そうやって勢いで行動したところで、未来が明るいとは限らない。住む場所や、お金の問題だってある。特に、アイコさんは専業主婦だった筈だ。生きる為に、仕事を見つけなければならないのだ。
だからこそ、彼女は耐えるしかない。家族がいる筈の我が家で、孤独に。それは、どんなに惨めな事だろう。想像するだけで、心が締め付けられるように息苦しくなる。
話しながら、どんどん俯いて行くアイコさんに、アカリはうんうん、と相槌を打ちつつ優しく微笑んでいた。コイツなりに、慰めているのか。
やがて、話し終えたアイコさんに対し、アカリは変わらぬウザイテンションで言葉をかける。
『ナルホドナルホド。家族に辟易してしまったのですねェ』
「は、はい……。でも、今まさに死ねると思った時、脳裏に浮かんだのは、息子の笑顔でした。今でこそ私に辛く当たるけれども、やっぱり可愛い我が子なんです。私は、あの子を置いて逝く事は出来ないと、改めて感じました。それで私、考え直したんです。……もう一度、生きてみよう、って」
「え?」
アイコさんの言葉を聞いた私は、一瞬状況が判らず、つい呆けた出した。が、やがてじわじわと理解していった結果、危うく叫びだしそうになる。
これは、アイコさんが自殺する意思を撤回する、という意味だ。なんて、嬉しい事だろう。頑張って生きてさえいれば、必ず良い事に巡り会える筈なのだ。だから、自殺なんて、絶対にしてはいけない。その事に、アイコさんは気付いてくれたのだ。本当に、良かった‼
『フム。つまり、イシュタム様の祝福される事無く、苦しい現世に残るという事でよろしいのですか?』
「はい。一度、あの家から離れて、一人で暮らそうと思います。そうして、お互いが落ち着いたその時には、きちんと話し合いたいんです。……駄目、でしょうか?」
私は会話に耳を傾けて、アカリの返答を待つ。
ここからが、問題だ。自殺して、女神から祝福される事こそが最大級の幸せと考えているアカリが、簡単にゲームのリタイアを許すのか。私の脳裏に、ゆかりん✩ちゃんの死に様が浮かぶ。
いや。彼女の場合は、女神を侮辱するというこの場所最大のタブーを犯したからだ。少なくとも、アイコさんには当て嵌まらないと思われる。なら、もしかしたら、大丈夫かも。
私は、アカリとアイコさんのやり取りを、固唾を呑んで見守る。
ほんの少しの沈黙の後、返って来たアカリの答えは。
『ナルホド。事情は判りました。アイコ様は、楽園行きを諦めるという事でよろしいですね?』
「は、はい! 私、今までの日常に戻りたいと思います。だから……」
『では、頑張ってこの英単語を当てて下さい! 当てたら、お帰り頂いて結構ですよォ‼』
「え?」
知らず知らずの内に、私の口から戸惑いの声が漏れる。
こいつ今、何て言った? ゲームの、続行?
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
『どうされましたか? シホ様』
「この状況で、ゲームを続行しろって言うの? あと一回間違えたら死ぬ、今のこの状態で? 違うでしょ? 止めるって言っているんだから、ゲームを抜けさせるべきなんじゃないの⁉」
『ゲームを中断する事はありません。途中退場をご希望の場合は、きっちり一戦を終えてからお帰り頂きます』
「それがおかしいって言ってるの! たかがゲームじゃないの! ちょっと止めるくらい別に──」
『今、行われているのは、単なるゲームではありません。偉大なるイシュタム様が、自ら楽園へ導く者を選別する為の、神聖な儀式でございます。途中で中断するなど言語道断! 儀式を邪魔するというのであれば、こちらもそれ相応の手段を取らせて頂きます』
私の言葉は、飛び回る蝿でも叩き落とすように一蹴される。有無を言わせぬその物言いに、私は踏み込み過ぎた事を悟った。
毅然とした態度で、アカリがさっ、と手を上げた瞬間、それまで部屋の隅で控えていた筈の補佐達が、軍人顔負けの動きで吹矢を構える。
……成程。これが、“それ相応の手段”か。何が、大丈夫そうだよ。誰だそんな無責任な事思ったの。私か。なんだよ。全然駄目だろ。
ほんの数分前まで状況を楽観視していた自分が恥ずかしい。そもそも、このゲームをただの“ゲーム”としてしか見ていなかったのが間違いだったのだ。自分の注意力の無さに、絶望する。
さて、本格的に困った事になった。まさか、このゲームが宗教的な儀式と認識されているとは。今、無理矢理にでもゲームを止めようとしたら、確実にゆかりん✩ちゃんの二の舞となるだろう。女神を侮辱したとみなされて。
けれど、私としてはアイコさんを助けたい。だってせっかく、生きたいと思ってくれたのだ。やり直してほしいじゃないか。だが、どうすれば。やはり、私が何とか答えを導き出して、アイコさんに……。
いや、駄目だ。失敗したら共倒れになる。十人近くいる補佐達から放たれる吹矢を避けられるわけがない。そもそも大前提として、私が正解の英単語に辿り着かなければ、伝えられるものも伝えられない。ああ、どうすれば! 私は普段マトモに使わない頭をフル回転させ始める。
多分、答えは「【オ行】スト」、場合によっては「【オ行】ースト」だ。その確率は高いと思う。けれど「【オ行】スト」とか「【オ行】ースト」って、何だ?
トーストか? なら、“T”が出た時に一文字目も開く筈。
じゃあ、ロスト? いや、“L”は入っていなかったから違う。……待ってロストって“R”だっけ? もしそうならロストの可能性もあるのか?
後は何だ? コスト? ホスト? ポスト? リスト? ……リストは「【イ行】スト」だ馬鹿野郎!
ああああ頭が混乱して来て思考能力が働いてくれない‼ そもそも今、アルファベット何が残っているの……。
『さァ、アイコ様。お答え下さい!』
無情なる催促は、鉄槌の如く室内に叩き込まれる。間違いない。これは、宣告だ。アカリが、ゲームを途中で止める事は絶対に、無い。だから、アイコさんが生き延びるには、……家族の元へ帰る為には。
彼女が、自分の力で、正解を導くしかない。
何も出来ず、成り行きを見ているしか出来ない事が悔しい。けれど、どうする事も出来ない。嗚呼! 自分の無力さに腹が立つ!!
怒りと焦りと悔しさと情けなさ。様々な感情でぐちゃぐちゃになって行く私の、二つ隣。ほんの少しだけ見えたアイコさんの横顔は、水をかけられたみたいにびっしょりで、息も荒い。今にも倒れそうな彼女の、カチカチという歯の鳴らす音が、静寂な室内に虚しく響いた。
それでも、アイコさんは何とか、答えを絞り出そうと口を動かし、解答する。自分の運命を決する。たった一つのアルファベットを。
「………………“R”」
『それではァ、ただ今から次のゲームの準備を行います。皆様、少々お待ち下さァい。皆様にも祝福が訪れますように!』
淡々と、ゲームを進めるアカリの映像はプツリと切れ、再びテレビ画面に暗闇が訪れる。まるで、今の私の心情みたいだ。
ふと、反対側の画面を見ると、こちらの画面もいつの間にか沈黙していた。つい先程まで、正解の英単語、―Ghost(幽霊)― を映し出していたというのに。今や私の左側、ユーイチさんと城ヶ崎さんの間は、ぽっかりと空白が出来ていた。
アイコさんは、一世一代の勝負に、負けたのだ。
彼女の答えが、彼女を裏切った事を告げるブザーが鳴り響いた瞬間、私は無意識に首を左に向けていた。
アイコさんは、現実が信じられないのか、口をあんぐりと開けたままガタガタと震え出し、過呼吸みたいな状態になった。そして、床下が開く直前、涙をぼろぼろ零しながら絶望を受け入れられないアイコさんの声を、私は確かに聞いたのだ。
「ゅぅゃ」
それが、彼女の最期の言葉だった。
アイコさんを吊るした絞首台が運ばれる間、私の視界は歪んでいた。何も出来ない自分も、自分が死ぬ為に一生懸命な周りも許せなかった。けれど一番、アカリの事が許せなかった。
自らの信仰を最優先して、助かる筈だった命を見捨てた、非常な女。もし、絞首台に繋がれていなかったら、間違いなく私は、右側の画面を叩き割っていた事だろう。もっとも、その場合は私の人生が終わっていただろうけれど。
(あの子は、……美帆は、どうだったんだろう。あの子も、死を踏み留まって、……絶望して、死んだり、したのかな………)
ふと、妹の事が頭を過り、私は苦しくなる。
あの子が、同じように死の直前、裏切られたり絶望したりしたかもしれないと思うと、胸が張り裂けそうになる。やはり、アカリの事は許せない。今すぐにでも、殺してやりたいと思う。
そう考えて、ふと思う。もし、あの女が私の目の前に現れたら、私は、冷静でいられるだろうか。
もし、その時が来たら多分、私は。
『お待たせ致しました皆様。どんどん参りましょう♪ 次のゲームに参りますよォ!』
何でもなかったかのように、笑顔でゲーム進行するアカリに、腹が立つ。けれど、画面上の相手に何か出来る筈もなく。今は、大人しくしていようと思う。
アカリが指を鳴らすと、右側の画面がマスの羅列が映った。
□□□□
(四文字か……)
私は、瞬時に頭を切り替える。アカリへの怒りも、アイコさん達を失った悲しみも忘れるわけではない。これ以上悲劇を生み出さない為にも、今はゲームに集中しなければいけないのだ。
始まる三回戦。最初の回答者は、城ヶ崎さんだ。
「“N”」
《ブブーッ》
初っ端から、誤答のブザーが鳴った。うーん、幸先が悪い。しかし、最初は仕方ないか、と思うしかない。
左側の画面に横線が書かれるのを見ながら、私は冷静さを保とうと気を落ち着かせる。けれと、それも長くは続かないわけで。
「“L”」
《ブブーッ》
クラゲちゃんの解答は、外れ。画面上に、縦線が追加される。
「“C”」
《ブブーッ》
ヨシカゲ君の解答も、外れ。再び、二連続で鳴り響くブザーに、私は頭を抱えたくなる。ああ……。また“I”の完成が早い。このままじゃまた、誰かが犠牲になってしまう。それだけは、防がなくては。
次は、私の番。まずは母音からだ。まだマスは開いていないから、完全に当てずっぽうになってしまうが、怖じ気づいていては駄目だ。思い切って答えろ! 活路を開く為に!
「“A”!」
《ピンポーン》
私が声を張り上げると、すぐに軽快な音が鳴った。やった。正解だ。私はすかさず、右側の画面上の枠に注目する。緊張の一瞬。さぁ、何処だ何処だ? 一体、何処が開くんだ?
□A□□
うーーーん。どうなんだコレは。
開いたマスの位置を確認して、私は複雑な気持ちになる。いやでも、不発よりはずっとマシな筈だ。諦めちゃいけない。今のところ、お手付きはまだ三回。上手く他の枠が開けば、正解に辿り着けるかもしれないのだから。
取り敢えず結果を出した私は、次の自分の番を待ちつつ、他の人の解答を見守る。次の解答者、ユーイチさんは、ふぅふぅと荒い息を抑えながら目を閉じ、答えた。
「“G”……」
《ブブーッ》
間髪入れず鳴り響くブザーに、ユーイチさんがびくり、と肩を揺らした。……この人、何だかブザーが鳴る度びっくりしている気がするな。チャットでやり取りしている間は判らなかったけど、結構ビビリなのかも。
しかし、今回も外したか。私が見つめる先では、既に“I”の隣には斜線が追記されていた。
次は、城ヶ崎さんだ。彼は中指で眼鏡をくい、と上げると、落ち着いた様子で答える。
「“Y”」
《ブブーッ》
またもや鳴り響くブザー。これも外れ。左側の画面に、“I”と“X”が並ぶ。お手付き五回。そろそろヤバいな。
いや、焦っては駄目だ。冷静さを欠いてパニックになったら、それこそ終わりだ。クールになれ。クールに。
と、自分に言い聞かせてみたところで、迫り来る恐怖には抗えないものだ。ぐるり、と首を一周するロープの存在が、いやにはっきり感じるのも、原因の一つかもしれない。
まるで、ロープが少しずつ締まり、じわじわと気道を狭めて行くような、有り得ない妄想に掻き立てられる。次第に感じる息苦しさ。命懸けというプレッシャーの圧。それら全てが思考を削り取るようで、集中出来ない。もしかしたら本当に、頭に酸素が回っていないのだろうか。
(いけない……。思考が鬱になって来た。ゲームに、集中しないと)
そう、自分に言い聞かせていた、その時だった。
《ブブーッ》
「ピャッ」
突然のブザー音に、私は驚きのあまり甲高く鳴いた。完全に油断していた。思わず周りを見回すと、頭上から『大丈夫でございますか、シホ様ァ』という笑いを堪えた声が降って来る。途端に、恥ずかしくなって、俯いてしまう。
(ていうか、ブザー鳴ってるって事は解答外したって事じゃん……)
要は、考え事に集中し過ぎてクラゲちゃんの答えを聞き逃したという事か。最悪だ。どれだけ余裕無いんだ私。しかも、これでお手付き六回。“T”の一画目の横棒が追加される。まずい。そろそろもう一文字開けないと。
三度迫り来る死への焦りと、先程奇声を上げた羞恥心で、胃がキリリと痛む。正直もう、あのブザーを聞くのが辛い。けれど、戦うと決めた以上、聞く事は避けられない。そんな葛藤を抱えながら、私はゲームに集中する。また、他の人の解答を聞き漏らすなど、ご法度だからだ。
さぁ、次はヨシカゲ君の番だ。今度は、あんな失態は犯さないよう、全身を耳にするようにして、神経を研ぎ澄ませた。
「“Z”」
《ピンポーン》
……え?
ついに聞こえたその音に、私は顔を上げる。
当てた? 今、“Z”って言わなかった?
あまり使われる事のないアルファベットでの正解に、私はテンションが急上昇した。よっしゃ! ヨシカゲ君ファインプレー! 私だったら、まず言わないぞ! 偶然かもしれないが、兎に角偉い!!
しかし、手放しで喜ぶのはまだ早い。肝心なのは、開く場所だからだ。さぁ、何処だ? 何処が開く?
期待を胸に目を向けた、右画面。その先ではまさに、並べられたマスの一つが開かれようとしていた。しかし。
「は……?」
瞬間、予想だにしない結果に、私の脳は、一回考える事を放棄した。
何故なら、開かれたマスの位置は。
□AZZ
(二つ開いた……⁉)
思いがけない二マス開き。これは意外な展開だ。まさか“Z”という、あまり英単語で使われないアルファベットでこうなるとは思わなかった。
思った以上に、素晴らしいファインプレーだったぞヨシカゲ君! さっき怒鳴りかけてゴメンね。
さて、これは重要だ。と、私は気を引き締める。何せ、次は私の番。ここで、英単語を答える事が出来れば、この一戦は終了となり、ひとまず誰も死なずに済む。
だから、ここで私が決めるべきなのだ。
『さァさ、お次はシホ様の番でございますゥ。お答え下さいませェ!』
「あー、待って待って! ちょっと考えさせて!」
『焦らなくて結構でございますよォ! 時間はたーーーっぷりありますからねェ!』
言ったな? 焦らなくて良いって言ったな? 言質取ったからな。怒られないギリギリのラインまで考えるからな。後で文句言うなよ。
と、心の内でアカリを煽りながらも、私は考える。何せ、ここが踏ん張り時だ。また、誰かを目の前で失うなんて嫌だ。絶対に、阻止する。
では、改めて問題を見直してみよう。
今回の英単語は、四文字。その内、明かされているのが、こう。
□AZZ
このままだと、読むとしたら「【ア行】ズ」だろうか。取り敢えず、アルファベットを最初から入れてみよう。
バズ(BAZZ)? カズ(CAZZ)? いや、“C”……は外れだった気がするから違うな。なら、ダズ(DAZZ)? ……絶対違うだろ。私の頭ポンコツかよ。あんまり時間引き伸ばし過ぎて注意されたらやばいよな。けれど、何とか、しっくり来る英単語を答えないと。
待てよ。
不意に、私の頭にある英単語が思い浮かんだ。大丈夫だ。これなら、行ける! そう確信した私は、力の限り叫ぶ。
「“J”‼」
さぁ、どうだ⁉
緊張の一瞬。その結果は?
《ピンポーン!》
当たっ……た?
鳴り響く正解音に、私は泣きそうになった。もし、繋がれていなかったら、足元から崩れ落ちていただろう。
私の解答により、全てのアルファベットが開き、正解の英単語が現れる。その様子を見ながら、アカリがやや残念そうな声音で言った。
『オヤオヤー。シホ様が当ててしまわれたようですねェ。今回の答えは“J-A-Z-Z”……Jazz(ジャズ)でございます。しかァし! 時間はまだまだあります! 残念ながら、今回は正解を当てる結果となってしまいましたが、そういう時もあります! 皆様、焦らず、楽しみながら楽園行きを目指しましょうー』
……何だか引っかかる言い方だが、取り敢えず置いておこう。理性がボイコットしたら、出会った瞬間にぶん殴るかもしれないが。
兎に角、今回は誰一人死ななかった。それだけでも、十分じゃないか。後は、この調子で何とか犠牲者を最低限に抑えたいところだ。ホッ、と一息吐いたところで突然、「ピン、ポン、パン、ポーン」としか聞こえない音が聞こえた。……デパートの迷子のお知らせかな?
しかし、私はふと気付いた。一ゲームが終わってなお、アカリが、次のゲームの準備に入らない事に。
『ではァ、ここで三十分の休憩に入ります♪ 一度、絞首台から解放致しますので、施設内で自由に過ごして下さいませ。なお、危ないですので、建物からは出て行かないようご注意願います』
アカリの言葉に、いつの間にか吹矢を下ろしていた補佐達が、やはり統率された動きで、私達の拘束を外して行く。絞首台から離れた瞬間、ひとまず得られた解放感にほうっと息を吐いた。
しかし、ふと触れた首周りに感じたぴりぴりとした痛みが、ずっと巻かれていたロープの存在を、ここぞとばかりに主張して来た。そうだ。これは、一時的な解放だ。三十分もすればまた、あのゲームに戻らないといけない。
女神の存在を笠に来た、倫理の崩壊した狂ったゲーム。ここへ来てから現時点で、―ゲーム開始前も含むが―既に三人もの人間が、呆気なく死んだ。その事実を、私はまだ受け止め切れないでいる。
命は、軽くない。少なくとも、こんなゲームの勝敗だけで失われて良いものではない。なのにアカリ達連中は、女神への信仰心を理由に集団自殺をけしかけて、簡単に命を奪う。最低な事だ。そもそも、自殺幇助は犯罪なのだ。決して、許される事ではない。
『では皆様方、ご退出願います。ラミさん、皆様方へ付き添いを』
アカリの声にハッとして顔を上げると、間近に補佐が立っていた。ラミというのは、この補佐のニックネームか何かだろうか。初めて聞く名だが、よくよく観察してみると、ここに来て最初に浴場に案内してくれた人と同じだった。背丈が同じくらいという事しか判断基準がない筈だが、それでも何となく、判るのだ。
ラミという補佐に連れられ、私は再び【祝福の間】を出る。次に来るのは、三十分後。それまでに、この心に刺さる言い様のない感情は消化出来るだろうか。
向き合い方を変えねばならないのかもしれない。このゲームにも、他の参加者達にも、自分の想いにも。
取り敢えず、心を休ませよう。そうでもしないと、壊れてしまいそうだ。私は一服付けるべく、ラウンジへと向かった。
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