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「父上、我儘を聞いてくださりありがとうございます。ディストリアノス伯爵も、ご令息も、わざわざ来ていただいて申し訳ない。まずは、私が突然言い出しました婚約破棄について混乱を招き、多くの人を傷つけましたことをお詫びします。私に愛する人がいるのは確かです。その方の心の美しさに惹かれ、生涯を共にしたいと今でも願っております。ですから、婚約破棄したいという私の言葉を、今ここで撤回させていただきたく思います」

「「……え?」」

 国王と父の心が一致した瞬間だろう。愛する人がいて生涯を共にしたいと今でも思っていて、そのために婚約破棄を撤回? 言っている意味が分からない。しかし、ゼノンだけは胸の内で盛大な悲鳴を上げていた。
(えッ、ちょッ、いやいやいやいやあり得ない! 大丈夫! 今の僕は完全に男ッ!)
 もはやゼノンの中でも答えは出ている。そもそも顔を見られた時点であの日の令嬢がゼノンであると知られるのはわかりきっていることだ。しかしその現実をゼノンは受け入れることができない。それは恐れゆえか、羞恥心ゆえか。
 沈黙が落ちる中、王子はまるでお伽噺のように堂々とゼノンの前に来ると、流れるように片膝をついてゼノンの手を取り、あの日と同じように指先に口づけた。
「素晴らしく美しいレディ。今度こそ、どうかお名前を教えていただけませんか?」
 レディ。その言葉に王子が確信を持ってゼノンを呼び出し、国王の前でこのようなことを言っているのがわかった。
 会ってしまえば、ゼノンがあの日の女性であることは知られてしまうとわかっていたのに、いざその現実を突きつけられると頭が真っ白になってしまう。唇が勝手に動いた。
「……ゼ……ゼノ、ン……」
 唇を震わせながらも答えるゼノンに王子は柔らかく微笑む。
「ありがとうゼノン。やっとあなたの名を知ることができた」
 その瞳は愛しい、愛しいと叫ぶようにゼノンを見つめている。その瞳を見ると、なぜかゼノンの胸が騒めいた。
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