*太陽と月の婚約破棄騒動*『王子、残念ながらそれ僕です!!』

十時(如月皐)

文字の大きさ
上 下
15 / 32

15

しおりを挟む
「王子のお話によると、お相手は月の魔力を持つ方のようだ。お世継ぎも問題は無いらしい。王子と同じ年ごろか、少し年下の、美しいご令嬢だと。王妃様への贈り物を選ぶためにお忍びで出かけられた店で出会ったそうだ」
 その言葉にアナスタシアとゼノンはピクンと肩を震わせた。しかし、考えていることは同じではない。
「お父様、その方って――」
「お父様、その婚約破棄のお話、受けてください」
 アナスタシアの言葉を遮って、ゼノンは言った。その瞳はどこか冷たい光を宿している。
「良いのか? 確かに王子はお前への慰謝料は必ず払うとおっしゃっているが、それでお前が過ごしてきた日々の時間が戻るわけではないぞ?」
 父は心配そうにゼノンを見ているが、ゼノンにとってはどうでも良いことだ。
「いただけるとおっしゃるなら、ありがたくいただいて婚約破棄いたします。もともと王族になることへの執着も、王子への執着もございません。兄さまのご迷惑にならないよう、適齢期になればどこかに嫁がせていただくか、地方の別荘に住まわせていただければ嬉しいですが」
 そのことに関しては問題ないだろうと、誰もが胸の内で呟く。月の魔力を持つ者を欲するのは、何も王族だけではない。
「それに関しては考えておこう。悪いようにはしないから、安心しなさい」
「ありがとうございます。では、このお話はお父様にお任せいたしますね」
 そう言ってゼノンは踵を返し書斎を出た。皆はゼノンが少なからず婚約破棄にショックを受けて早々に退室したのだと考えているのだろうが、当のゼノンは父の話を聞いてスゥーッと心が冷めていくのがわかった。
 あの日、プリスカの店にいた女性を王子が好きになったということは、あの何の罪もない少女が貴族の夫人に金切り声で攻め続けられていた場所にいたということだろう。あの日、あの少女を偏見の目で見て、何もしていないというのに汚いものでも通ったかのように避け続けた貴族の女性を、王子は好きになったのか。
 王子はあの日、ゼノンを褒めた。それは王子がゼノンと同じ心を持っていたからだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
 だがそれも、婚約破棄となった今はどうでも良いことだ。
 この世に醜さを持たない人間など存在しない。それを厭っているゼノンとて例外ではないだろう。特に貴族社会にとって潔癖は忌避される存在だ。ならば、そっと離れれば良い。離れていれば、見なくて済む。
 胸の内に広がる黒い靄を振り払うように急ぎ自室へ戻ったゼノンは、そこにある美しいコレクションたちを手に取って眺めた。
 そう、嫌なものが胸に広がるというのなら、美しいものを見れば良い。心を持たぬ物であれば、ただ美しいばかりなのだから。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

処理中です...