必ず会いに行くから、どうか待っていて

十時(如月皐)

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「では皆、予定通りに」
 心を落ち着けるように瞑目しながら、春風当主は目の前に居並ぶ配下の者達にそう告げた。彼らの手には一様に白い文が握られている。それを手に、彼らが礼をして走っていく音を聞きながら当主は小さくため息をついた。
 彼が自覚しているように、芳次は近臣を抑えきることができなかったようだ。命を脅かされているという恐怖、そして誇り高き近臣を足蹴にされたという屈辱。それらを無視できるほど、彼らは豪胆ではない。きっと芳次の命に背いて何かしでかすだろうと思っていたが、春風当主の予想に反して彼らは自らの危険に関しては即決断即行動であったらしい。なまじ城に必要な物が常備されているだけに躊躇いもなければ準備期間も必要無かったようだ。
 当主がその報を受け取ったのは昨夜だった。報告に間違いがなければ決行までに時間がなく、弥生が華都に行っている今、領主たちに会いに行くだけの時間もない。せめて間に合ってくれるようにと眠る時間を捨てて、できれば宿などに避難すること、どこに潜んでいるかわからない以上は商人などの出入りは控えた方が良いなど、近臣と領主が対立しないよう気を配りながらも最悪の事態を避けられるように文を認めた。そして春風の兵と隠密の全員を見回りに出した。急な事態で、春風の私兵は少ない。万全などとはとても言えないが、それでもできるだけのことをしたつもりだ。あとは、領主たちが春風の名にどこまでの信用を置いてくれるかによるだろう。
(すべては、天の御心のままに、か……)
 この世がどう動くのか、当主自身もわからない。滅びるも栄えるも、人の器で知ることのできるものではないからだ。だが、人であるからこそ足掻くべきだろう。
 遠い地で今も足掻き続けているだろう息子を想って、当主は立ち上がると将軍に拝謁するために着替え始めた。
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