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「久しいな、弥生。そう畏まらず面を上げよ」
 記憶にあるものよりも随分と低く落ち着いた声に促されて、畳に額をつけんばかりに垂れていた頭を弥生はゆっくりと上げた。てっきり常の謁見と同じように御簾が下げられているものと思っていたが、その予想に反して高座の帝は何も遮るものなく尊顔を弥生に見せ、柔らかに微笑んでいた。
「お久しゅうございます。主上に覚えて頂けているとは、なんと光栄な。ところで、謁見時は御簾が下ろされているものと認識していたのですが、私のような者が主上の御尊顔を拝してもよろしいのでしょうか」
 苦笑してみせれば、それさえも愉快とばかりに帝は少し開いた扇で口元を隠しながらも笑い声を零す。どうやら、思っていた以上に帝は幼き日の友との再会を楽しんでいるようだ。
「友の顔を忘れるほど、まだ耄碌しておらんよ。それに、まだ帝になっておらんかったとはいえ、すでに余の顔など数え切れぬほど見ている者に、いまさら隠す必要などあろうものか」
 弥生がまだ華都にいた時に、偶然出会った尊き兄妹。本来ならば顔を合わせるどころか声を聞くことすら憚られる存在であったが、幼き身に相手が誰であるかなど互いに関係なかった。
 一緒に笑い、対等に言葉を交わし、大人の目を盗んで走り回った。それは人の生で考えればほんの僅かな時でしかなかったが、それでも大切で得難い日々であった。どうやらそれは、尊き身であるからこそ多くに縛られ、己を押し殺して生きるこのお方も同じであったらしい。
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