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「俺の匂いでもしたのかな? ……ありがとう」
 それは何に対しての礼なのか。きっと言われたサクラはもちろん、雪也たちにもわかるはずはない。それでも湊にとってサクラは救世主だ。サクラが湊をその足でフニフニしたその時から、消え去っていた音が再び湊の耳にとどくようになった。胸の重みも、少し軽くなったように思う。おそらくは彼らの姿を見た瞬間に湊は安心したのだろう。湊が湊でいられる、もうひとつの居場所。
「あとは肉屋に寄って庵に帰ろうかと思っているけど、湊も来る? さっきお団子も多めに買ったから、お昼が終わったら一緒にお茶でもしようか」
 湊がなぜここに一人でいるのかを完全ではないものの理解しているのだろう、雪也は決して湊の内情に深入りせず、蒼の名前も出さずに、優しい甘ささえも見せて誘ってくる。どう見ても今の湊は様子がおかしいというのに、周も由弦も何も言わず、どころか来るのが当たり前のように受け入れた顔をしていた。それがどうにも嬉しくて、泣きそうで、湊はクシャリと泣き笑いに顔を歪める。
「じゃ、お言葉に甘えて一緒に行こっかな。俺も荷物もつよ」
 団子の駄賃には足りないかもしれないけれど。そんなことを言って周の荷物をヒョイと持った。自分だけ荷物が無くなった周がワタワタと慌てて、雪也や由弦の荷物を持とうと手を伸ばすが、二人は大丈夫大丈夫と言って周の頭を撫でるばかりで荷物を渡そうとはしない。ならば、と自分だけ何も持たないことに納得できなかった周は由弦の腕の中からサクラを抱き上げた。サクラもまた、フフフフフ、と笑って周の腕に身を預けている。
 穏やかな光景だ。温かで、恐ろしいものなど何もないと信じられるほどに。
〝衛府の力が弱まってる以上、あの金髪の子や由弦のつれてるサクラを見咎められたらどうなると思ってる!〟
 耳の奥に消すことのできない声がこだます。それでも今は、聞かなかったことにして忘れてしまおう。
 忘れたふりをして、時が経てば、いつしか本当に忘れることができる。いつものように自分に言い聞かせて、湊は安心できる彼らの中に混ざり合い、足を表へと動かした。
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