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 相も変わらず息子に関心を寄せない母を横目に、湊は手早く身支度をしてキュウリを一本掴むと家を出た。自分の家だというのに、いつの間にか一番居心地の悪い場所になっていたことに苦笑しながら人目を避けるように蒼の店へ向かう。途中ですれ違う人々の声に耳をすませてしまうのは湊の悪癖であるが、そのおかげもあって情勢は人よりも把握できるようになった。どうやら朝方にも血に塗れた近臣の籠が発見されたらしい。おそらくは夜中に暗殺されたのだろう。
(数えてないけど、流石に衛府が報復を考えてもおかしくない数になってきたな)
 今までずっと、この国を動かしてきた衛府だ。弥生達の話によると現将軍は矜持が高くとも大局の為にそれを押さえつけることのできる御仁であるらしいが、彼の側に侍る者がそうであるとも限らない。
 己が国の根幹にいるのだという矜持。それが悪い事だとは言わないが、実力が伴っていないにも関わらず矜持ばかりが高い者は厄介だ。そういった者は、時に踏んではならない尾をわざと力いっぱいに踏みつけてしまう。
(何も起こらなきゃ良いけど)
 せめて、弥生達が戻って来るまでは平穏であってほしい。胸の内でため息をつきつつ呟いて、たどり着いた蒼の店へいつも通りに入ろうとする。その時、耳に言い争う声が聞こえて、湊はピタリと足を止めた。思わず壁に身を隠して耳をそばだてる。苛立たし気に低い声を出しているのは蒼のようだ。
「いい加減にしなよ。別に悪い事なんて何もしてないのに、親父は今、見た目だけで人を排除しようとしてるってわかってる?」
 見た目――その言葉だけで蒼が誰の事を言っているのか、すぐにわかった。ますます身を隠す湊に気づくことなく、今度は蒼の父の声が聞こえる。
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