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もう随分と母の声を聞いていない。最後に聞いたのは、ここに引っ越すという短い言葉だけ。朝も昼も夜も、母は仕事に行って自分を生かすだけの動きはするが、湊に興味を示すこともなければ、我が子を生かそうと食事を用意することも無い。何もしない代わりに、勝手に食材を使って腹を満たしたとしても文句は言わない。簡単に言えば〝どうでもいい〟という状態にすっかり慣れてしまって、最初はどう思ったかなどという感情も忘れ去ってしまった。ただ、この町に引っ越してきたということは、父が戻ってくることは絶望的で、それを母も理解しているだろうことだけは確かだろう。
父が恋しいか、在りし日の母が恋しいか。その問いに〝いや、別に〟と言えるくらいには記憶が薄れているおかげで、むしろ蒼や雪也たちと出会え、共に過ごせるこの町に来れた喜びの方が大きかった。もはや湊の中に残る記憶の大半は、蒼たちとの思い出になっている。それを寂しいとも思わなくなった自分を知ったら、蒼たちは薄情だと責めるだろうか?
「あ、湊おはよ~! 早速だけど、ちょっと手伝って~」
最後のひと口を放り込んで蒼の店に顔を覗かせれば、珍しく少しイライラした様子で帳簿を睨みつけていた蒼が顔を上げ、パッと笑みを浮かべた。先程までらしくもなく感傷的なことを考えていたせいか、そのいつも通りに柔らかな笑みを見て湊の心も少し浮き立つ。
父が恋しいか、在りし日の母が恋しいか。その問いに〝いや、別に〟と言えるくらいには記憶が薄れているおかげで、むしろ蒼や雪也たちと出会え、共に過ごせるこの町に来れた喜びの方が大きかった。もはや湊の中に残る記憶の大半は、蒼たちとの思い出になっている。それを寂しいとも思わなくなった自分を知ったら、蒼たちは薄情だと責めるだろうか?
「あ、湊おはよ~! 早速だけど、ちょっと手伝って~」
最後のひと口を放り込んで蒼の店に顔を覗かせれば、珍しく少しイライラした様子で帳簿を睨みつけていた蒼が顔を上げ、パッと笑みを浮かべた。先程までらしくもなく感傷的なことを考えていたせいか、そのいつも通りに柔らかな笑みを見て湊の心も少し浮き立つ。
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