必ず会いに行くから、どうか待っていて

十時(如月皐)

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 柔らかで、優しげな声が聞こえる。少し低いそれはどう聞いても男のものであるのに、どうしてか遠くに置いてきた母を思い出した。
 ここしばらくは夜叉のような世界で生きていた。誰もが鋭い光を宿した瞳をしていて、歯を食いしばるようにしながら前を睨みつけていた。話す言葉は野太い叫びばかりで、だがそれでもそこにいるかぎり前へ前へと未来に進めているような気がした。
 覚悟を決めて、刀を握った。すべては己のためではなく、国のため、民のため、ひいては父母や妻、我が子のためになる。そう信じて、だからこそ鋭い瞳の中にいることが心地よかった。ここが己の居場所なのだと、まわりと同じように拳を握って未来を語った。だというのに、そんな場所とは真反対に位置するであろう穏やかな声音に、楽し気な笑い声に、どうしてか心が騒ぐ。それは焦燥や望まぬ場所にいる慟哭などではなく、思わず笑みがこぼれてしまうような郷愁だと理解して、そんな自分になんと弱きことかと嘆いた。
 いるべき場所ではない所に、己はいる。どうしてかはサッパリわからないが、それでもそこは己の居場所ではない。だというのにゆっくり、ゆっくりと意識が浮上していって、望んでもいないというのに瞼が震えた。
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