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(紫呉、帰ってきてくれ)
 きっと、大人が一人でもいれば、ここまでこじれたりしない。雪也もきっと甘えることができるし、周はそんな雪也を見て嫉妬するかもしれないが、同時に安心するだろう。
(助けて、やってくれよ……)
 あの快活な笑いで、彼らの悲しみを吹き飛ばしてあげてほしい。今の自分は中に入ることもできない臆病者だから。雪也にとっての甘えられる存在ではないから。――あの大きな背中には、なれないから。
 己の無力さに唇を噛む。奥から沸き上がる何かを耐えるように俯いて強く瞼を閉じた時、ザリッと土を踏む音が聞こえた。
「失礼、雪也さんはいるか?」
 知った声に顔を上げれば、そこにはよく薬を取りに来る兵衛が立っていた。雪也の客にしては珍しく、彼は父親の薬を自らこの庵に取りに来るので由弦も顔はよく知っていた。
「あー、いるけど、今はちょっと忙しいかな。もしかして薬ダメになっちゃったか?」
 兵衛はつい昨日、薬を取りに来たばかりだ。薬を使い切ったわけではないだろうが、ならば兵衛がここに来る理由もわからない。由弦は首を傾げながら唯一あり得るであろう理由を絞り出せば、兵衛はいつもの無表情でゆっくりと首を横に振った。
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