必ず会いに行くから、どうか待っていて

十時(如月皐)

文字の大きさ
上 下
187 / 714

186

しおりを挟む
 今は難しいことをすべきではない。簡単な事を繰り返して、自分はできるのだと自信をつけさせて、それから徐々に難しいものを教えてやればいい。その考えのもとに、弥生は雪也の後ろから一緒に筆を掴み、扱い方を教えた。
 最初は線を、その次に円を。遊び交じりに筆を滑らせ、そしてこの円だけで出来る花を作った。
 これはただの遊びだ。家紋のように意味のあるものではない。だが雪也には――否、弥生たちにとっても、これは意味のあるものだった。だから弥生は刀を渡すと決めた時、職人にその絵を見せて鞘に掘らせた。雪也があの日のことを忘れないように。あの日の心を忘れないように。そう願って。
「よい機会だから言うが、雪也は大人であるように見えて、その実大人にはなりきれていない。取り乱さず、平静を装って、そして静かに壁を作って目を背ける。そのことに他者は苛立ちを覚えるかもしれないが、あれは雪也の癖だ。本人が意図しているものではない。おそらくは自覚もしていない。だが、責めてやってくれるな。あれをどうにかするには時間がかかる」
 雪也はまだまだ子供だ。周などは雪也を崇拝の勢いで慕っているが、雪也は完璧ではないし、弱さも狡さもある。
「これは……雪也の宝物?」
 鞘に掘られた紋を指で撫でる周の問いかけに、弥生は頷く。
「おそらくな。雪也が子供らしくあり、初めて何かを成せた結晶のようなものだからな」
 少なくとも記憶の外に追いやるほど、どうでも良いモノではないだろう。その応えに、周はゆっくりと瞬きをした。
「……そっか」
 この時、周が胸の内で何を思ったのか、わかる者はいない。もしかしたら周自身すら理解していなかったのかもしれない。それでも周はこの時から雪也を見る目を変えた。
 その瞳に宿すのは、雪也への尊敬と敬慕。そして――執着だったのかもしれない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。 魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。 そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。 不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。 旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。 第3話から急展開していきます。

その瞳の先

sherry
BL
「お前だから守ってきたけど、もういらないね」 転校生が来てからすべてが変わる 影日向で支えてきた親衛隊長の物語 初投稿です。 お手柔らかに(笑)

今世では誰かに手を取って貰いたい

朝山みどり
BL
ノエル・レイフォードは魔力がないと言うことで、家族や使用人から蔑まれて暮らしていた。 ある日、妹のプリシラに突き飛ばされて、頭を打ち前世のことを思い出し、魔法を使えるようになった。 ただ、戦争の英雄だった前世とは持っている魔法が違っていた。 そんなある日、喧嘩した国同士で、結婚式をあげるように帝国の王妃が命令をだした。 選ばれたノエルは敵国へ旅立った。そこで待っていた男とその日のうちに婚姻した。思いがけず男は優しかった。 だが、男は翌朝、隣国との国境紛争を解決しようと家を出た。 男がいなくなった途端、ノエルは冷遇された。覚悟していたノエルは耐えられたが、とんでもないことを知らされて逃げ出した。

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

案外、悪役ポジも悪くない…かもです?

彩ノ華
BL
BLゲームの悪役として転生した僕はBADエンドを回避しようと日々励んでいます、、 たけど…思いのほか全然上手くいきません! ていうか主人公も攻略対象者たちも僕に甘すぎません? 案外、悪役ポジも悪くない…かもです? ※ゆるゆる更新 ※素人なので文章おかしいです!

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

処理中です...