必ず会いに行くから、どうか待っていて

十時(如月皐)

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 紫呉が峰藤で奇妙な噂を聞いていた頃、紫蘭の庵では周が真剣な眼差しで釜を見つめていた。
 雪也は今、老婦人の所へ薬を届けに行って不在である。この時に、周は前回の失敗の折に雪也に教えてもらった方法で米を炊こうと思っているのだ。
 雪也が教えてくれた手順は、すべて覚えている。バクバクとうるさく鳴り響く心臓に周はゆっくりと深呼吸をして、グッと拳を握ると、まるで戦にでも向かう兵士のような眼差しで米に手を伸ばした。
 教えられた通りに米を掬い、水で研ぐ。以前はボロボロと大量に零していた米粒も、今回はほとんど零さずに研ぐことができた。そして新しい水を入れる。
 雪也の声と姿を思い出して、釜に火をかける。雪也はこの間に漬物などを切っていたが、周は怖くてジッと釜を見つめ、耳を澄ましていた。
 ジットリと額に汗をかきながら釜を見つめる。そして蒸らしも終えた時、周はゴクリと息を呑みながら震える手で釜の蓋を持ち上げた。
 ぶわりと白い湯気が立ち昇る。その先に目を凝らした時、周の瞳は微かに輝いた。
 雪也が炊いた時と同じ、白くふっくらとした米がそこにあった。しゃもじでかき混ぜても黒い焦げは見当たらず、とても美味しそうに見える。
(やった……)
 成功した。初めて周ひとりで米を炊いて成功した。ドクドクと心臓がうるさいほどに鳴り響く。しばらくふっくらと炊けた米を眺めていたが、周はハッとして顔を上げると小走りで用意していた水桶を引き寄せ、両手を濡らすと塩をほんの少しまぶし、そして恐る恐るしゃもじで掬った米を掌に乗せた。
(あつッ)
 炊き立ての熱さに周は顔を歪めるが、しかし決して米は落とすまいと両手で包み込む。ぎこちない動きで握り始めた。
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