必ず会いに行くから、どうか待っていて

十時(如月皐)

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 普段の雪也はさほど口数の多い方ではないが、その日は落ち込んでいる周を元気づけようと、殊更に喋った。道を歩いていれば見知らぬ花が咲いていて綺麗だったとか、肉屋の息子が沢山おまけをしようとしてくれたが申し訳なくて断るのが大変だったとか、蒼がとても新鮮な野菜が出来たのだと喜んでいたとか。周はそれを聞いてもあまり表情は変わらなかったが、どこか雰囲気が和らいできているのを見て、内心ホッと息をつく。
 今度はちゃんと美味しい料理を作るという周に頷きながら彼を寝かしつけて。そして深い寝息が聞こえると雪也はゆっくりと立ち上がった。
 足音を立てずに歩く方法は、冗談交じりに紫呉が教えてくれたものだ。おかげで何一つ音を立てることなく棚の前へ向かい、引き出しを開けて薬包をひとつ取り出す。ゆっくりと開いて、それを躊躇うことなく喉奥へ流し込んだ。
 チラと周に視線を向ける。彼が深い眠りについていることを確認して、雪也は静かに庵の外へ出た。足音を立てることなく、真っ暗な闇の中を歩く。慣れた道だ。迷うことも阻まれることもない。
 歩いて、歩いて、ようやくたどり着いた泉を前に雪也はおもむろに帯を解き、着物を脱ぎ始めた。奥まった場所にひっそりとあるこの泉に人が訪れることは稀で、まして夜中には誰も近づかない。雪也にとっては好都合である泉に、ゆっくりと入っていく。肩まで浸かれば長い髪が水面に広がった。冷たい水にホッと息をつく。
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