必ず会いに行くから、どうか待っていて

十時(如月皐)

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 年のせいかしわがれているというのに、屋敷どころか表にまで響いているであろう怒声が耳に届いた瞬間、少年の身体は地面に頽れていた。
「この役立たずッ! 誰のおかげでおまんまが食えると思ってんだッ!」
 ビシッ、と鋭い音が響くと同時に、背中が焼け付くように痛み、熱を孕んだ。それでも唇を噛んで、零れ落ちそうになる悲鳴も呻きも飲み込む。そんなものを少しでも零せば、硬い棒を持って己を見下ろしている主人の機嫌を損ね、この苦痛が永遠に終わらないことを少年は知っていたからだ。
 もうずっと、それこそ物心ついた時にはこんな環境にいたのだ。少年にとってはこれが普通で、日常だった。
 食事こそ与えられるものの、ろくに休むことのできない身体では限界が来るのは当たり前で、失敗も増えていく。だがそんなことはこの主人に関係のないことだ。
 使えなくなれば、捨てて新たな働き手を連れてくればいい。主人にとって使用人などいくらでも替えの効く消耗品で、生きたいと思うなら、ほんのわずかな米を口に入れたいと思うなら、少しでも長く働けるよう気力を振り絞り身体に鞭打つしかない。
(立たないと……)
 周りは主人の怒りが己にも向かうことを恐れて近づこうとしない。当然、助けてくれる者などいない。立たなければ、捨てられる。特別この屋敷にも主人にも思い入れなどないが、ここから放り出されれば餓死するか野良犬に食い殺される運命しか待っていない。
 生きる希望など無い。夢を見る事すら知らない。生きていたところで誰が喜ぶわけでもなく、死んだとて誰が悲しむことも無い。どうせ天涯孤独なのだ。けれど、死にたくないと、漠然とそう思う。
 生まれてきて良かったと、思ったことは無い。幸せな記憶も、笑った記憶も、何一つ少年には存在しない。そんな人生をここで終わっては、何のために生まれてきたのかと嘆きや悲しみしか残らないではないか。
 一度で良い。たった一度で良いから、ぬくもりが欲しい。生きていてよかったと思える瞬間が、それが瞬きひとつほどに短いものだったとしても欲しい。
 生きていてよかったと、そう思える何かを――。
 けれどその思いとは裏腹に、少年の身体はもう僅かも動かず、視界は闇に閉ざされてしまった。
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