必ず会いに行くから、どうか待っていて

十時(如月皐)

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「ちゃんと食事を食べること、箸の使い方を学ぶこと、たくさんの言葉を覚えること、文字が書けるように練習すること、しっかりと布団で寝て身体を休めることだ」
 これが雪也の〝仕事〟だと言えば、雪也は大きく目を見開いた。その表情に弥生は満足そうに笑みを零す。そう、人は感情を露わにするものだ。
「何を覚えるにしても頭を使う。ちゃんと食べねば頭は働かぬぞ。箸の使い方とて、実際に練習して会得するものだ。食べずに何をやったとしても上手くはいかぬ。だから、ちゃんと食べなさい。それが今、雪也がしなければならないことだ」
 今まで教え込まれてきたこととは真逆のことを言う弥生に、雪也は僅かに目を見開いた。弥生が自分を哀れに思ってこのような偽りを言っているのだろうかと雪也は優や紫呉に視線を向ける。しかし二人ともにこやかに笑っているばかりで、弥生の言葉を諫める様子はない。むしろ……そう、むしろ肯定しているかのようだ。
「どうして……」
 ポツンと、言葉が落ちる。必死に奥へ押し込んできたけれど、一度零れ落ちてしまっては、もう抑え込むことなどできない。
「どうして……、そこまで……」
 弥生にとって雪也は縁もゆかりもない人間であったはずだ。叔父は一応血縁であるという理由で生きるだけは許し、松中は雪也に奉仕をさせる対価として、雪也に最低限の衣食住を与えてきた。だが、当然ながら弥生と雪也に血縁関係などなく、奉仕も求めない。なのに彼は雪也を生かすと言う。高価な着物を与え、満たされてなお余るほどの美食を口にし、雲の上で寝ているのかと錯覚するほどに柔らかで温かい布団で眠れと言う。それが勉強し礼儀を学ぶことへの対価だと。だが、そんなことが許されるというのだろうか?
 雪也は知っているのだ。学ぶということが、礼儀を身に着けるというのがどれほど贅沢であるかを。そんな贅沢なものが、贅沢をするための対価だとはとても思えない。
 弥生が持つのはまったくの善意か、それとも何か裏があるのか。
 雪也はスゥッと目を細める。何かを見透かそうとするかのように弥生へ視線を向けた。僅かの疑いもなく人を信じるには、雪也は闇を知りすぎている。




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