必ず会いに行くから、どうか待っていて

十時(如月皐)

文字の大きさ
上 下
3 / 714

しおりを挟む
 南町奉行所には与力二五騎同心百二十人がいる。
 だがその内、常時探索を行っているのは、三回り方の同心十四人だけである。
 廻り方の御供中間を増員して、何とか五十人を確保している現状だ。
 目明しとか岡っ引きと呼ばれる、御用聞きも二百人規模で総動員している。
 昼夜風烈廻りの与力二騎同心四人に加え、普通は非常事件の事務を扱う非常取締掛の与力八騎同心十六人も、事務の合間に見回りをしている状態だ。

 だがそれでも、蛇の弥五郎一味の行方は杳として知れない。
 そこで御奉行の使った秘策とは、見習いとその家臣の活用だった。
 本採用前の見習い与力が八騎いる。
 同じく本採用前の同心が四十五人いる。
 彼らと彼らの家臣を、交代制で見回りに投入するのだ。

 例え蛇の弥五郎一味を逮捕できなくてもいい。
 盗みに入れないようにして、江戸から追い払えれば町人が安心して暮らせる。
 追い払えなくても、盗みを諦めさせる事ができれば、殺される人間がいなくなる。
 御奉行はそう考えて、全見習いの投入を決断したが、これにも少々問題があった。

 町奉行所の与力同心には、明らかな経済格差があった。
 毎年三千両もの収入がある与力を筆頭に、五百石六百石の収入のある与力なら、見習い中の息子にも十分な家臣をつける事ができる。
 だが付け届けのない閑職の与力には、息子にまで家臣を整える事は不可能だった。
 それは同心も同じだった。

 そんな事情をよく知る年番方与力と吟味方与力が御奉行に上申した。
 御奉行の当初構想からは随分縮小されたが、余力のある与力家同心家の見習いが、市中見廻りに投入されることになった。
 当然だが、その中に七右衛門が含まれていた。
 いや、家臣が全て剣客であったので、大いに期待されていた。

「養父上。
 申し訳ありませんが、本日より日中の出仕は控えさせていただきます」

「なんの。
 何を謝る必要があろうか。
 全ては御奉行の差配で行われた事。
 堂々と御役目に励むがいい」

 今日から七右衛門は、日暮れから夜明けまで江戸市中を見回ることになった。
 正式な巡回なので、継裃で騎乗して、兵役の家臣を供にして巡回だ。
 共侍の若党二人に、鉄芯入りの木刀を腰に差した中間が六人。
 中間は役割によって、馬の口取り二人、槍持ち一人、草履取り一人、鋏箱持ち一人、合羽篭持ち一人であった。

 風烈廻り昼夜廻りでの巡回なので、全員が十手を懐にしている。
 だがこれでは、当主平八郎が奉行所に向かう時の供がいない。
 そこで河内屋で修行中の元譜代中間が、平八郎の出仕に動員されることになった。
 そのような状況はどこの与力家同心家でも同様で、出仕の供は口入屋から臨時雇いして、風烈廻り昼夜廻りに譜代家臣を使っていた。
 経済的に厳しい家は、臨時御供中間を供にして巡回した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

その瞳の先

sherry
BL
「お前だから守ってきたけど、もういらないね」 転校生が来てからすべてが変わる 影日向で支えてきた親衛隊長の物語 初投稿です。 お手柔らかに(笑)

【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。 魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。 そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。 不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。 旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。 第3話から急展開していきます。

案外、悪役ポジも悪くない…かもです?

彩ノ華
BL
BLゲームの悪役として転生した僕はBADエンドを回避しようと日々励んでいます、、 たけど…思いのほか全然上手くいきません! ていうか主人公も攻略対象者たちも僕に甘すぎません? 案外、悪役ポジも悪くない…かもです? ※ゆるゆる更新 ※素人なので文章おかしいです!

今世では誰かに手を取って貰いたい

朝山みどり
BL
ノエル・レイフォードは魔力がないと言うことで、家族や使用人から蔑まれて暮らしていた。 ある日、妹のプリシラに突き飛ばされて、頭を打ち前世のことを思い出し、魔法を使えるようになった。 ただ、戦争の英雄だった前世とは持っている魔法が違っていた。 そんなある日、喧嘩した国同士で、結婚式をあげるように帝国の王妃が命令をだした。 選ばれたノエルは敵国へ旅立った。そこで待っていた男とその日のうちに婚姻した。思いがけず男は優しかった。 だが、男は翌朝、隣国との国境紛争を解決しようと家を出た。 男がいなくなった途端、ノエルは冷遇された。覚悟していたノエルは耐えられたが、とんでもないことを知らされて逃げ出した。

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

処理中です...