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交わることは、ない(魔王×勇者か、勇者×魔王かはご想像にお任せします)
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必ず倒す。そう意気込んで仲間たちと共に魔王城へ乗り込んだ勇者は、襲い来る敵をなぎ倒し遂にたどり着いた玉座の間で動きを止め、大きく目を見開いた。
ゆぅるりと玉座から立ち上がる、漆黒の人。頭にはえる二本の角以外は人間と変わらぬ、白い肌に腰まである漆黒の髪の、美しい青年。角こそなかったものの、勇者はその姿を知っていた。否、知っているなどという言葉では生ぬるい。この魔王城へたどり着くまでの旅の中で、何度も何度も、彼は勇者の目の前に現れた。
〝お前が、世界に選ばれたという勇者か〟
どこか口調は尊大であったものの、その美しい容姿も相まって違和感はなく、道々で同じような問いかけは、それこそ数え切れぬほどにされていたから、この時も何ら疑問は抱かなかった。そうだ、と胸さえも張って答えた勇者に、あの青年はただ、優しく笑って頷いていた。
ゆったりとした動きで階段を下りてくる彼は、しかし隙などひとつもない。
〝お前もそうだが、お前の仲間も随分と無茶な戦い方をするものだな〟
そう言って彼は、戦いで負傷した勇者と魔導士の手当てをしてくれた。薬を与え、包帯を巻き、地に膝をついて丁寧に手当てを。
そういえば、思い返せばこの時戦っていたのは魔物ではなく、勇者の存在を疑問視した反勇者派の者達だったように思う。
弱き魔物であれば姿を見るだけで逃げ出す勇者一行を、蜜を溶かしたような黄金の瞳がジッと見つめた。その姿に、魔導士が「どうして……」と呟く声が聞こえる。
〝なぜ魔物と戦う〟
旅の途中で入った酒場での席だった。二人安い酒を頼み、どんな魔物に出会ったとか、どのように倒したとか、そんなことをベラベラと酔いに任せて勇者は彼に語っていた。それを静かに聞いていた彼は、勇者の言葉が途切れたのを見てそのように問いかけてきた。人間のくせに変なことを聞くもんだと酔った頭ながらに思ったものだが、特に気にすることも無く、躊躇いもせずに答えた。
〝魔物は悪だろ?〟
悪を倒すのは当たり前のことだ。奴らが生きている限り、人間に安寧は訪れない。人間の世界を守る為に魔王城へ向かっているが、その道中でもできうる限り魔物を討伐して行っているのだと、そう勇者は胸を張って酒をあおった。
――この時、彼は何と言っていただろうか。
グルグルと、まるで走馬灯のように記憶が脳裏を駆け巡る。目を見開き呆然とする勇者の正面に魔王が立った時、勇者の後ろから何かがワラワラと魔王へ駆け寄っていった。
「あぁ、そう怯えるな。後ろにいなさい」
醜悪なゴブリンやオーガといった魔物たちが魔王に縋りつく。そんな彼らを、まるで我が子を慈しむ母のような眼差しで見つめた魔王が、殊更優しい声で促した。ゴブリンらが後ろに移動したのを見て、魔王はゆっくりと勇者らに近づいてくる。
「神に選ばれし、と人間どもに囃し立てられた勇者」
痛烈な皮肉を紡ぐ、〝悪〟と呼ぶにはあまりに美しい声。
「見目形だけですべてを決めつける、正義の一行」
コツン、と魔王の足音が嫌に響く。
「ここまでたどり着いたことだけは、褒めてやろう。だが、その為にどれほど我が同胞を傷つけ、屠ってきたのか」
金色に輝く瞳が、悲し気に揺れる。そう、彼は悲しんでいた。人間と同じように、彼の同胞たる魔物たちの命が奪われたことを。それを理解した瞬間、勇者や仲間たちの胸がグニャリと蠢き、鈍痛を訴えた。
魔物は悪だ。そう教えられてきた。それを疑いもしなかった。魔物に剣を向け、屠ることになんら良心の呵責を覚えず、その悲鳴を心地よいとさえ思ってきた。
剣についた血糊を面倒だと思ったことはあれど、苦しみを覚えたことはなかった。時には不意を突くために、特別何もしていなかった魔物たちを襲い掛かった。それは〝正義〟だった。今ここで魔王を見るまでは。
「そなたらが屠ると言うならば、我はそなたらを屠ろう」
ゆっくりと、魔王は漆黒の衣に包まれた手を勇者一行に向ける。
「我は魔王。魔物と人間に呼ばれし同胞の王である」
その瞬間、身体が反射的に動いた。魔王が放つ炎を、勇者一行はすんでのところで避ける。チリチリと頬を焼く熱気に、勇者は震える手で剣を握った。
スラリと鞘から引き抜くのは、魔を退けると伝わる宝剣。勇者が〝勇者〟となった時に、託されたもの。かつてはそれを佩くのが誇らしかったが、今は重くて仕方がない。
魔王は、同胞を傷つけ弑した勇者たちを許さない。もはや和解などという可能性はなく、そうさせたのは紛れもなく勇者たち人間だった。
魔王を見つめる勇者の耳に、かつての己の声が蘇る。
〝なぁ、もし、魔王を倒すことができたら、さ〟
魔王が再び勇者に手のひらを向ける。歯を食いしばり、勇者は剣を握りしめて床を蹴った。
〝そしたら、その時は――〟
交わる視線に、勇者は知らず頬を濡らした。ぼやける視界に、魔王がどんな顔をしているのかわからない。
望んだのは、こんな未来ではなかった。思い描いた幸せは、こんな光景ではなかった。溢れ出る感情が叫びとなって地を震わせる。
すべてを断ち切るように、剣を振り下ろした。
〝その時は、一緒に旅をしないか?〟
ゆぅるりと玉座から立ち上がる、漆黒の人。頭にはえる二本の角以外は人間と変わらぬ、白い肌に腰まである漆黒の髪の、美しい青年。角こそなかったものの、勇者はその姿を知っていた。否、知っているなどという言葉では生ぬるい。この魔王城へたどり着くまでの旅の中で、何度も何度も、彼は勇者の目の前に現れた。
〝お前が、世界に選ばれたという勇者か〟
どこか口調は尊大であったものの、その美しい容姿も相まって違和感はなく、道々で同じような問いかけは、それこそ数え切れぬほどにされていたから、この時も何ら疑問は抱かなかった。そうだ、と胸さえも張って答えた勇者に、あの青年はただ、優しく笑って頷いていた。
ゆったりとした動きで階段を下りてくる彼は、しかし隙などひとつもない。
〝お前もそうだが、お前の仲間も随分と無茶な戦い方をするものだな〟
そう言って彼は、戦いで負傷した勇者と魔導士の手当てをしてくれた。薬を与え、包帯を巻き、地に膝をついて丁寧に手当てを。
そういえば、思い返せばこの時戦っていたのは魔物ではなく、勇者の存在を疑問視した反勇者派の者達だったように思う。
弱き魔物であれば姿を見るだけで逃げ出す勇者一行を、蜜を溶かしたような黄金の瞳がジッと見つめた。その姿に、魔導士が「どうして……」と呟く声が聞こえる。
〝なぜ魔物と戦う〟
旅の途中で入った酒場での席だった。二人安い酒を頼み、どんな魔物に出会ったとか、どのように倒したとか、そんなことをベラベラと酔いに任せて勇者は彼に語っていた。それを静かに聞いていた彼は、勇者の言葉が途切れたのを見てそのように問いかけてきた。人間のくせに変なことを聞くもんだと酔った頭ながらに思ったものだが、特に気にすることも無く、躊躇いもせずに答えた。
〝魔物は悪だろ?〟
悪を倒すのは当たり前のことだ。奴らが生きている限り、人間に安寧は訪れない。人間の世界を守る為に魔王城へ向かっているが、その道中でもできうる限り魔物を討伐して行っているのだと、そう勇者は胸を張って酒をあおった。
――この時、彼は何と言っていただろうか。
グルグルと、まるで走馬灯のように記憶が脳裏を駆け巡る。目を見開き呆然とする勇者の正面に魔王が立った時、勇者の後ろから何かがワラワラと魔王へ駆け寄っていった。
「あぁ、そう怯えるな。後ろにいなさい」
醜悪なゴブリンやオーガといった魔物たちが魔王に縋りつく。そんな彼らを、まるで我が子を慈しむ母のような眼差しで見つめた魔王が、殊更優しい声で促した。ゴブリンらが後ろに移動したのを見て、魔王はゆっくりと勇者らに近づいてくる。
「神に選ばれし、と人間どもに囃し立てられた勇者」
痛烈な皮肉を紡ぐ、〝悪〟と呼ぶにはあまりに美しい声。
「見目形だけですべてを決めつける、正義の一行」
コツン、と魔王の足音が嫌に響く。
「ここまでたどり着いたことだけは、褒めてやろう。だが、その為にどれほど我が同胞を傷つけ、屠ってきたのか」
金色に輝く瞳が、悲し気に揺れる。そう、彼は悲しんでいた。人間と同じように、彼の同胞たる魔物たちの命が奪われたことを。それを理解した瞬間、勇者や仲間たちの胸がグニャリと蠢き、鈍痛を訴えた。
魔物は悪だ。そう教えられてきた。それを疑いもしなかった。魔物に剣を向け、屠ることになんら良心の呵責を覚えず、その悲鳴を心地よいとさえ思ってきた。
剣についた血糊を面倒だと思ったことはあれど、苦しみを覚えたことはなかった。時には不意を突くために、特別何もしていなかった魔物たちを襲い掛かった。それは〝正義〟だった。今ここで魔王を見るまでは。
「そなたらが屠ると言うならば、我はそなたらを屠ろう」
ゆっくりと、魔王は漆黒の衣に包まれた手を勇者一行に向ける。
「我は魔王。魔物と人間に呼ばれし同胞の王である」
その瞬間、身体が反射的に動いた。魔王が放つ炎を、勇者一行はすんでのところで避ける。チリチリと頬を焼く熱気に、勇者は震える手で剣を握った。
スラリと鞘から引き抜くのは、魔を退けると伝わる宝剣。勇者が〝勇者〟となった時に、託されたもの。かつてはそれを佩くのが誇らしかったが、今は重くて仕方がない。
魔王は、同胞を傷つけ弑した勇者たちを許さない。もはや和解などという可能性はなく、そうさせたのは紛れもなく勇者たち人間だった。
魔王を見つめる勇者の耳に、かつての己の声が蘇る。
〝なぁ、もし、魔王を倒すことができたら、さ〟
魔王が再び勇者に手のひらを向ける。歯を食いしばり、勇者は剣を握りしめて床を蹴った。
〝そしたら、その時は――〟
交わる視線に、勇者は知らず頬を濡らした。ぼやける視界に、魔王がどんな顔をしているのかわからない。
望んだのは、こんな未来ではなかった。思い描いた幸せは、こんな光景ではなかった。溢れ出る感情が叫びとなって地を震わせる。
すべてを断ち切るように、剣を振り下ろした。
〝その時は、一緒に旅をしないか?〟
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