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お散歩はリバースの危機
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サクラ。
サクラちゃん。
小さな新しい住犬を呼ぶ声がシェアハウスで数え切れないほどに聞こえるようになって少し経った。病院で処方された薬が効いて身体が楽になったのか、周が探してきてくれた餌が食べやすかったのか、とにかくサクラはよく食べ、よく飲むようになった。どうにもお腹が弱く、すぐに下痢をするサクラを心配して弥生達が入居祝いだと温かな服を何着も贈ってくれたが、そのすべてに〝サクラ〟と名前が入っていることに由弦たちは笑みを抑えることが出来ない。
「ま、この浮世絵とか花札とかお菓子のパッケージのやつとかは絶対紫呉先輩セレクトだろうけどな」
クスリと笑いながらブラッシングを終えたサクラに花札柄の服を着せ、皆で選んだピンクの首輪をつける。やはり食は健康の元と言おうか。迎えた当初はそう長くもたないのではないかとさえ思われたサクラは日に日に元気になり、しわくちゃだった顔もどこか凛々しくなった。そこで今日は自転車で少し遠出をして犬が入っても良い芝生の所へ行こうと皆で決めた日なのだ。
「お散歩バッグも持ったし、準備オッケーだよ~」
蒼の言葉に、由弦はこっちもできた! と言って雪也に視線を向ける。雪也はひとつ頷いてこの日の為に用意した犬用抱っこ紐でサクラを抱っこした。ちなみに由弦は体格が良すぎて抱っこ紐をつけるとパツパツになるので、この中で一番華奢な雪也が抱っこ紐担当である。
「よしッ、しゅっぱ~つ!」
キャップを被った湊がテンションも高く拳を突き上げて、皆が自転車をこぎ始める。男子大学生五人がきっちり縦に一列に並んで走る姿はそれなりに目を惹くが、そんな周囲の視線などいつものことなので気にすることなく走り続ける。吠えることこそしないが、サクラも雪也の胸元でぶら下がりながら口角を上げて楽しそうだ。足のこともあって早く走ることのできないサクラからすれば、この自転車走行は〝わたし風を切ってる~!〟といったところだろうか。
しばらく走ると目的地にたどり着き、邪魔にならない場所に自転車を停める。他に誰もおらず貸し切り状態で、初めての芝生でこの状況は運が良い。
「サクラ~。いっぱい走れるよ~」
しっかりとリードを付けたサクラを雪也から受け取った蒼が、ゆっくりと芝生の上にサクラを降ろす。ちなみにリード担当は由弦だ。
サクラは珍しくはしゃいだ様子を見せ、ピョンピョンと跳ねるように走った。その様子を皆が微笑ましそうに見つめる。ピョンピョンと跳ね、キュッと止まると元来た道を戻り、そうと思えば足を止めることなくグルグルと回る。サクラは身体が小さく足も短くて、後ろの片足のこともあって走ったところでさほどスピードが出ることはなく人間側は歩いても問題はないのだが、その動きが問題だった。
グルグル、ピタッ、グルグルグルグルグルグルグルグル――。
「サクラー、お兄ちゃんちょっと昼に食べた牛丼が口から出そうだよ」
最初はニカッと笑って一緒に歩いていた由弦であったが、サクラがピョンピョンと跳ねる度に少し焦ったような声を出す。しかしサクラは楽しそうに飛び跳ね足を止めることはない。そんな由弦とサクラの様子を見ていた皆が苦笑した。
「まぁ、あれは酔うね」
周がポツンと呟くと、湊がハハハと乾いた笑いを零した。
「半径五メートル以内でグルグル回ってるからね。走ってる範囲はとても狭いけど、多分サクラの中ではすごい遠くまで走ってるような感覚だろうね」
そんな会話をしている間にもグルグル~、グルグル~とサクラの動きは止まらない。せっかく楽しそうにしているのだからと由弦も頑張ったが、サクラが立ち止まった瞬間にドサッと座り込んだ。
「サクラぁー、ちょっと休憩! 目が回るッ」
既に少し酔っているのだろう由弦はギュッと目をつむり深呼吸を始めた。サクラも疲れたのかチョコンと座り込んでいるが、その顔は「え? どうしたの?」といったようにキョトンとしている。
「サクラちゃん楽しかった?」
しゃがんだ蒼に頭を撫でられたサクラはウットリと目を細めて身を任せている。そんなサクラの様子に、蒼たちや酔いが少しマシになった由弦が笑った。
その後シェアハウスに帰ったサクラが疲れて由弦の太ももに頭を預け引っ付いて眠っているのを見て皆が無言でスマホ片手に連写する様子を、夕食のおすそ分けを持ってきた優が無言で写真に撮っていたことを、皆は知らない。
サクラちゃん。
小さな新しい住犬を呼ぶ声がシェアハウスで数え切れないほどに聞こえるようになって少し経った。病院で処方された薬が効いて身体が楽になったのか、周が探してきてくれた餌が食べやすかったのか、とにかくサクラはよく食べ、よく飲むようになった。どうにもお腹が弱く、すぐに下痢をするサクラを心配して弥生達が入居祝いだと温かな服を何着も贈ってくれたが、そのすべてに〝サクラ〟と名前が入っていることに由弦たちは笑みを抑えることが出来ない。
「ま、この浮世絵とか花札とかお菓子のパッケージのやつとかは絶対紫呉先輩セレクトだろうけどな」
クスリと笑いながらブラッシングを終えたサクラに花札柄の服を着せ、皆で選んだピンクの首輪をつける。やはり食は健康の元と言おうか。迎えた当初はそう長くもたないのではないかとさえ思われたサクラは日に日に元気になり、しわくちゃだった顔もどこか凛々しくなった。そこで今日は自転車で少し遠出をして犬が入っても良い芝生の所へ行こうと皆で決めた日なのだ。
「お散歩バッグも持ったし、準備オッケーだよ~」
蒼の言葉に、由弦はこっちもできた! と言って雪也に視線を向ける。雪也はひとつ頷いてこの日の為に用意した犬用抱っこ紐でサクラを抱っこした。ちなみに由弦は体格が良すぎて抱っこ紐をつけるとパツパツになるので、この中で一番華奢な雪也が抱っこ紐担当である。
「よしッ、しゅっぱ~つ!」
キャップを被った湊がテンションも高く拳を突き上げて、皆が自転車をこぎ始める。男子大学生五人がきっちり縦に一列に並んで走る姿はそれなりに目を惹くが、そんな周囲の視線などいつものことなので気にすることなく走り続ける。吠えることこそしないが、サクラも雪也の胸元でぶら下がりながら口角を上げて楽しそうだ。足のこともあって早く走ることのできないサクラからすれば、この自転車走行は〝わたし風を切ってる~!〟といったところだろうか。
しばらく走ると目的地にたどり着き、邪魔にならない場所に自転車を停める。他に誰もおらず貸し切り状態で、初めての芝生でこの状況は運が良い。
「サクラ~。いっぱい走れるよ~」
しっかりとリードを付けたサクラを雪也から受け取った蒼が、ゆっくりと芝生の上にサクラを降ろす。ちなみにリード担当は由弦だ。
サクラは珍しくはしゃいだ様子を見せ、ピョンピョンと跳ねるように走った。その様子を皆が微笑ましそうに見つめる。ピョンピョンと跳ね、キュッと止まると元来た道を戻り、そうと思えば足を止めることなくグルグルと回る。サクラは身体が小さく足も短くて、後ろの片足のこともあって走ったところでさほどスピードが出ることはなく人間側は歩いても問題はないのだが、その動きが問題だった。
グルグル、ピタッ、グルグルグルグルグルグルグルグル――。
「サクラー、お兄ちゃんちょっと昼に食べた牛丼が口から出そうだよ」
最初はニカッと笑って一緒に歩いていた由弦であったが、サクラがピョンピョンと跳ねる度に少し焦ったような声を出す。しかしサクラは楽しそうに飛び跳ね足を止めることはない。そんな由弦とサクラの様子を見ていた皆が苦笑した。
「まぁ、あれは酔うね」
周がポツンと呟くと、湊がハハハと乾いた笑いを零した。
「半径五メートル以内でグルグル回ってるからね。走ってる範囲はとても狭いけど、多分サクラの中ではすごい遠くまで走ってるような感覚だろうね」
そんな会話をしている間にもグルグル~、グルグル~とサクラの動きは止まらない。せっかく楽しそうにしているのだからと由弦も頑張ったが、サクラが立ち止まった瞬間にドサッと座り込んだ。
「サクラぁー、ちょっと休憩! 目が回るッ」
既に少し酔っているのだろう由弦はギュッと目をつむり深呼吸を始めた。サクラも疲れたのかチョコンと座り込んでいるが、その顔は「え? どうしたの?」といったようにキョトンとしている。
「サクラちゃん楽しかった?」
しゃがんだ蒼に頭を撫でられたサクラはウットリと目を細めて身を任せている。そんなサクラの様子に、蒼たちや酔いが少しマシになった由弦が笑った。
その後シェアハウスに帰ったサクラが疲れて由弦の太ももに頭を預け引っ付いて眠っているのを見て皆が無言でスマホ片手に連写する様子を、夕食のおすそ分けを持ってきた優が無言で写真に撮っていたことを、皆は知らない。
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