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 煩わしいとしか思っていなかった雨を大嫌いになったのは、愛する人を蝕むから。ザァザァと降り続く雨音と共に、親を求める子供の声が響き続ける。それがどうしても可哀想で、けれど行かせるわけにはいかないから、ルイはアシェルの名を呼びながらただひたすらにその身体を抱きしめ続けた。
 主治医が言うように、この雨季は急激にアシェルの身体を蝕んでいる。もはや寝台から出られないほどに痛みを覚え、そうでない時は幻を見てどこかへ誘われている。アシェルの自由を奪うことはしないと決めていたルイも流石に楽観視はできず、車椅子は別の部屋へと隠した。それでもアシェルは這うようにしてどこかへ行こうとする。おそらくは〝お母さま〟がアシェルを誘っているのだろう。彼女はヒュトゥスレイが生み出した幻影であるのに、もうそれすらもアシェルにはわかっていない。
 今のアシェルを休めることができるのは唯一、強い薬を与えて強制的に眠らせることだけ。だが降り続く雨に、アシェルは目覚める度にルイを見て誰かと問いかけた。
 ルイも、エルピスも、エリクやベリエルも、誰もアシェルはわからない。彼が誰よりも気にかけていたフィアナさえ、アシェルの中にはもういないのだ。
「……痩せましたね」
 抱きしめた身体は細くて、少し力を入れるだけで壊してしまいそうだ。ずっと頭が痛むのだろう、異常に手を伸ばしていた甘いものさえ今のアシェルは食べることができない。なんとかルイが口移しでスープを与えているが、成人男性がそれで身体を維持できるはずもない。どんどんと衰弱していく身体に、ルイもまた不安に苛まれる。
 きっと大丈夫だと言い聞かせるのに、その合間にもまた〝もしかしたら〟が浮かんで消えない。
 恐れて、恐れて、ルイは連隊に休みを申請してずっとアシェルの側に寄り添った。その身体を抱きしめ、温もりを、小さな吐息を確認せずにはいられない。
 今日も先程までアシェルは痛みに苛まれ、ずっと頭を抱えながら悲鳴を上げていた。今は薬が効いてグッスリ眠っているが、涙に濡れた顔は険しいままだ。頬に残る涙の跡を指で拭い、祈るようにアシェルの手を握る。
 どうか。どうか――。
 戦場で大軍を前にしても揺らぐことの無かったルイの心が挫けそうになる。それでも、それでもと自らを奮い立たせようと深く息を吐いた時、この屋敷にしては珍しい、焦ったような慌ただしい足音が近づいてきた。
「旦那様、王妃殿下より伝令が参りましたッ。至急、城へ起こしくださいとのことッ!」
 ベリエルの言葉にハッと顔を上げる。兄を大切に想うフィアナが、雨季の只中にアシェルからルイを遠ざけることなどあり得ない。ならば、この呼び出しは必ずアシェルに関係することだ。
 ピクリとも動かず眠るアシェルを強く抱きしめ、その頬に口づけを落として、ルイは立ち上がった。
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