上 下
273 / 281

273

しおりを挟む
(――ッッ!?)
 小さな女の子が飛び出していた。柔らかな茶色の髪をリボンで結び、水色のドレスを纏った女の子。
(フィアナッ!)
 何かを雨から庇うよう羽織っていたケープで覆い胸元で抱いているせいか、〈フィアナ〉は道の真ん中に飛び出して初めて、馬車が異常な速度で近づいていることに気づいたようだ。すぐに走って避ければ良いのだが、〈フィアナ〉は予想していなかったそれに立ち止まり、大きく目を見開いて固まったままピクリとも動かない。このままでは、馬車に轢かれてしまう。
〝水色のドレスを着て、ラージェンと踊るの!〟
 叫んだ自分を疑問に思うことも、考えるだけの余裕もなかった。
 フィアナがあそこにいる。
 フィアナが轢かれてしまうッ!
 鉛のような足の重みも忘れ、アシェルは駆けだした。ガラガラと車輪の鳴る音と、制御不能になっているのだろう馬の嘶きが耳にこだます。

 それは一瞬の出来事だった。

 水色のドレスを突き飛ばした手の感触と、身体が飛ばされた衝撃。足が地にめり込み、視界は真っ赤に染まった。
 誰かの叫び声が聞こえる。金切り声と、泣きじゃくる声。バチャバチャと馬蹄が地面を踏みしめているのだろう雨土の音。それらすべてが遠ざかっていく。

「アシェル殿ッ!」

 誰かが呼んだような気がしたが、もうそれを確かめるだけの気力もない。
 真っ赤に染まった視界が、だんだんと黒く塗りつぶされていく。
 幼い泣き声が耳に響いて、アシェルは笑みを作ることもできず吐息を零した。
 大丈夫、泣かないで。
 大丈夫。もう、大丈夫だから。
 何も無いよ。怖いものなんて、何もない。
 大丈夫だから。
 泣かないで。ね? 小さなお姫様。
 伸ばした手が誰かに握られる。けれどそれさえもわからずに、アシェルの意識は深淵に呑まれた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

お前が結婚した日、俺も結婚した。

jun
BL
十年付き合った慎吾に、「子供が出来た」と告げられた俺は、翌日同棲していたマンションを出た。 新しい引っ越し先を見つける為に入った不動産屋は、やたらとフレンドリー。 年下の直人、中学の同級生で妻となった志帆、そして別れた恋人の慎吾と妻の美咲、絡まりまくった糸を解すことは出来るのか。そして本田 蓮こと俺が最後に選んだのは・・・。 *現代日本のようでも架空の世界のお話しです。気になる箇所が多々あると思いますが、さら〜っと読んで頂けると有り難いです。 *初回2話、本編書き終わるまでは1日1話、10時投稿となります。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした

Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話 :注意: 作者は素人です 傍観者視点の話 人(?)×人 安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

【BL】水属性しか持たない俺を手放した王国のその後。

梅花
BL
水属性しか持たない俺が砂漠の異世界にトリップしたら、王子に溺愛されたけれどそれは水属性だからですか?のスピンオフ。 読む際はそちらから先にどうぞ! 水の都でテトが居なくなった後の話。 使い勝手の良かった王子という認識しかなかった第4王子のザマァ。 本編が執筆中のため、進み具合を合わせてのゆっくり発行になります。

処理中です...