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 あの別邸を維持するにも金は必要だ。必要最低限の少ない人数で働いてくれている使用人達に渡す給料も途切れさせるわけにはいかない。遅かれ早かれ、アシェルは働けなくなるだろう。働くどころか、生きていく上で必要な記憶さえも忘れてしまうかもしれない。ならば今が辛いからと甘えて馬車など使ってはいけない。たとえどれほど少額であったとしても貯めておかなければ。
(まだ耐えろッ。まだ、まだ頑張れるから……ッッ)
 きっと、まだ頑張れるから。
 ガンガンと痛み続ける頭に身体が頽れそうになって、アシェルは傘を閉じると杖のように地につき、なんとか身体を支えて別邸へと急ぐ。傘で雨を防がなくなったからか、視界が更に霞みかがり、ボンヤリとしか見えない。時折雨に急いでいるのだろう走り去る人にぶつかりそうになりながら、ズルズルと足を引きずった。
 もう少し、もう少しで別邸に着く。
 まるで呪文のようにそんなことを呟き続け、早く別邸が見えてこないかと俯けていた顔を上げた時、地鳴りのような轟音が近づいてきていることに気づいて振り返った。霞む視界の向こうに黒の馬車が見える。どうやらよほど急いでいるのだろう、荒れ馬のような勢いで近づいてくるそれは端の方にいるアシェルでさえも撥ね飛ばしてしまいそうだ。身体は重いが、もっと端に避けた方が良いだろう。
(痛いッ、イタイ――)
 変わらずガンガンと殴られているかのように頭は痛むが、馬車は当然ながらそんなアシェルに構うことなくどんどんと近づいてくる。あんなに早く走らせていれば雨で車輪も滑るだろうから、今でも少し離れているとはいえ接触しないとは言えないだろう。
 早く、早く――。
 足を動かしながら焦るように顔を上げる。その瞬間、フワリと視界の端に水色が揺れた。
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