上 下
249 / 273

249

しおりを挟む
「お兄さま、気づかれてしまいますからお静かになさってね」
 唇に人差し指をあてて、シー、と言うフィアナは子供のように無邪気で、もう充分に大人であろう彼女の中にその無垢な部分が残っていることが微笑ましい。アシェルはかつてのように優しく微笑んで、妹のお遊びにつきあった。
 二人、無言で窓の前に移動する。音をたてぬようゆっくりと窓を開けば、力強い声と地を踏む音、そして剣が擦れ合う金属音が聞こえた。
「フロン、力み過ぎだ! 体格差のある相手には力で押し通そうとせず、受け流して別方向から反撃しろ」
「は、はい!」
「ディル、背筋を伸ばせ! だんだん逃げ腰になっているぞ」
「すみませんッ、連隊長!」
 聞き覚えのある、けれどアシェルが知っているものよりずいぶんと力強い声に思わず視線を向ける。どうやらこの建物の先には第一連隊が主に使用する訓練場があるようだ。少し距離があるが、アシェルの目にも充分なほどに隊服を翻らせ部下に指導するルイの姿が見えた。
 二人一組で剣を合わせている者たちの横を歩き、一人一人に的確な指導を与え、時には自らで動きの手本を見せていた。
 普段は貴族らしい、花を愛でながら紅茶を飲んでいるのが似合うほどの優雅さを失わないルイであるが、今目の前にいる彼は剣を振るう姿が何よりも似合う雄々しい武人だった。
「お兄さまは文官でしたから、このようなロランヴィエル公の姿はご覧になったことがありませんでしょう? 新たな一面というやつですわね」
 惚れなおしました? なんて揶揄うようなフィアナの声も聞こえないほどに、アシェルはルイの姿に魅入る。素人目にもわかるほど、ルイの剣さばきは美しく、粗がひとつもなかった。まるで舞をまっているかのようであるが、相対する者にとっては恐怖以外のなにものでもないのだろう。先程から部下に細かな指導をするだけあって、ルイの剣技には隙らしい隙がない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

その部屋に残るのは、甘い香りだけ。

ロウバイ
BL
愛を思い出した攻めと愛を諦めた受けです。 同じ大学に通う、ひょんなことから言葉を交わすようになったハジメとシュウ。 仲はどんどん深まり、シュウからの告白を皮切りに同棲するほどにまで関係は進展するが、男女の恋愛とは違い明確な「ゴール」のない二人の関係は、失速していく。 一人家で二人の関係を見つめ悩み続けるシュウとは対照的に、ハジメは毎晩夜の街に出かけ二人の関係から目を背けてしまう…。

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

悪役令息の死ぬ前に

ゆるり
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

どうして卒業夜会で婚約破棄をしようと思ったのか

中屋沙鳥
BL
「カトラリー王国第一王子、アドルフ・カトラリーの名において、宣言する!本日をもって、サミュエル・ディッシュウェア公爵令息との婚約を破棄する。そして、リリアン・シュガーポット男爵令嬢と婚約する!」卒業夜会で金髪の王子はピンクブロンドの令嬢を腕にまとわりつかせながらそう叫んだ。舞台の下には銀髪の美青年。なぜ卒業夜会で婚約破棄を!そしてなぜ! その日、会場の皆の心は一つになった/男性も妊娠出産できる前提ですが、作中に描写はありません。

運命の番なのに別れちゃったんですか?

雷尾
BL
いくら運命の番でも、相手に恋人やパートナーがいる人を奪うのは違うんじゃないですかね。と言う話。 途中美形の方がそうじゃなくなりますが、また美形に戻りますのでご容赦ください。 最後まで頑張って読んでもらえたら、それなりに救いはある話だと思います。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

処理中です...