ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)

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「お兄さま、気づかれてしまいますからお静かになさってね」
 唇に人差し指をあてて、シー、と言うフィアナは子供のように無邪気で、もう充分に大人であろう彼女の中にその無垢な部分が残っていることが微笑ましい。アシェルはかつてのように優しく微笑んで、妹のお遊びにつきあった。
 二人、無言で窓の前に移動する。音をたてぬようゆっくりと窓を開けば、力強い声と地を踏む音、そして剣が擦れ合う金属音が聞こえた。
「フロン、力み過ぎだ! 体格差のある相手には力で押し通そうとせず、受け流して別方向から反撃しろ」
「は、はい!」
「ディル、背筋を伸ばせ! だんだん逃げ腰になっているぞ」
「すみませんッ、連隊長!」
 聞き覚えのある、けれどアシェルが知っているものよりずいぶんと力強い声に思わず視線を向ける。どうやらこの建物の先には第一連隊が主に使用する訓練場があるようだ。少し距離があるが、アシェルの目にも充分なほどに隊服を翻らせ部下に指導するルイの姿が見えた。
 二人一組で剣を合わせている者たちの横を歩き、一人一人に的確な指導を与え、時には自らで動きの手本を見せていた。
 普段は貴族らしい、花を愛でながら紅茶を飲んでいるのが似合うほどの優雅さを失わないルイであるが、今目の前にいる彼は剣を振るう姿が何よりも似合う雄々しい武人だった。
「お兄さまは文官でしたから、このようなロランヴィエル公の姿はご覧になったことがありませんでしょう? 新たな一面というやつですわね」
 惚れなおしました? なんて揶揄うようなフィアナの声も聞こえないほどに、アシェルはルイの姿に魅入る。素人目にもわかるほど、ルイの剣さばきは美しく、粗がひとつもなかった。まるで舞をまっているかのようであるが、相対する者にとっては恐怖以外のなにものでもないのだろう。先程から部下に細かな指導をするだけあって、ルイの剣技には隙らしい隙がない。
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