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 宥めるようにアシェルのつむじに頬を寄せて、ルイは抱き上げた身体を揺らさないようゆっくりと歩き出した。既に用意されていた馬車にアシェルを乗せ、自らも乗り込むと扉を閉める。動き出した馬車はアシェルに負担を与えぬようゆっくりではあるが、それでもこのロランヴィエル邸は城のすぐ近く。わかっていないはずのエルピスが驚いてしまうほどすぐに開かれた馬車の扉に苦笑しつつ、アシェルは愛猫を落とさぬよう抱きしめながらルイの手に身を委ねた。近衛が並ぶ城の回廊を迷いなく進むルイに何も言わず任せていたアシェルであったが、奥へ奥へ、それこそ王の執務室や私室があるであろう場所まで来たのだと理解した瞬間、車椅子を押す彼を勢いよく振り返った。
「ル、ルイ、あなたはともかくとして、僕がこんな所にまで入っては――」
「大丈夫ですわよ、お兄さま」
 いくら王妃の兄であっても問題だと慌てるアシェルの言葉を、鈴を転がすような声が遮った。視線を向ければ、クリーム色のドレスに身を包んだフィアナが扇で口元を隠しながらニコニコと微笑んでいる。
「私がロランヴィエル公にお兄さまをお連れしてほしいとお願いしたんですもの。奥に入ったって、誰も咎めませんわ」
 もっとも、私的な訪問である限り実兄であるアシェルが奥へ入ったとしても誰も咎めることはない。ただアシェルが自らに制限をかけているだけなのだから。
「王妃殿下」
 エルピスを抱きながら頭を垂れるアシェルに、先程までニコニコしていたフィアナは小さくため息をつく。口元を隠していた扇を閉じ、アシェルに近づいた。
「お兄さまは相変わらずですわね。侍女も侍従も近衛も、お兄さまが兄として振る舞ったって咎めたてたりしませんのに」
 それでもアシェルはフィアナ以外の目がある場所では必ず臣下の礼をとる。フィアナが許可しない限り、決して兄に戻ってはくれない。この会話も数えきれないほど交わされており、おそらくはその病ゆえに忘れていることも多いだろうに、アシェルが変わることは無い。
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