ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)

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「急に陛下に呼び出されましてね。書類に公爵印が必要だったので、隊は副連隊長に任せて少し帰ってきたんです。印を押したらまた戻りますが、アシェルはエルピスと一緒におやつの時間でしたか?」
 エルピスは食べ過ぎちゃダメですよ、と笑うルイに苦笑しながら、アシェルはエリクが用意した紅茶に口をつける。既にエルピス必殺のおねだりにベリエルが困り果てていたのは内緒にしておこう。
「公爵印を持ち歩くのは少々危険だからな。なら、印を押してすぐに戻った方が良いだろう」
 ルイが帰ってきてご機嫌なエルピスには可哀想なことだが、仕事は仕事だ。
「……そういえば、あのお客様はもう良かったのか? もしまたいらっしゃるようなら、応接間にお通ししておこうか? ベリエルやエリクがいるから何も問題はないと思うけれど、僕がいた方が良いなら……お客様のお名前を教えてもらえるとありがたいんだが」
 派手な恰好をした彼女はアシェルのことを知っていたようだが、アシェルは彼女の記憶がない。それが自らに理由があることをなんとなく理解しているがゆえに、アシェルはゆっくりと俯いてしまう。視線の先でクリクリとした瞳を向けるエルピスの頭を優しく撫でた。
「あの、お客様は……」
「いいえ、あの人は我が家の客人ではありません。アシェルが気にすることではありませんし、もし再び来たとしても、すべてはベリエルにお任せください」
 揺れる瞳で真偽を確かめようとアシェルは顔を上げる。その視線を受けながらもルイは微笑み、気にする必要は無いと言い切った。
 もともと、婚約段階であるにもかかわらずアシェルをロランヴィエル邸に住まわせているのは、メリッサから遠ざけるためでもあったのだ。ヒュトゥスレイは謎の多い病ではあるが、それでも心労が増えれば病状が悪化することは知られている。アシェルが隠していたようであるのでメリッサを含めウィリアムやジーノはヒュトゥスレイのことは知らないようだが、それでも、アシェルがただひたすらに我慢をしなければならないとは思わない。
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