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「アシェル様? どうされましたか?」
 テーブルの上に菓子や紅茶を用意していたエリクが手を止めてアシェルの方へ近づいてくる。そんな彼を振り返りながらアシェルは扉の取っ手を掴んだ。
「遅いから、何かあったのかと思って……」
 仮に何かあったとしてもアシェルにできることなど何もないのだが、気にはなる。エリクが止めるのも間に合わずアシェルは扉を開いた。その瞬間、微かに女性の声が聞こえてアシェルは首を傾げ、膝の上で丸くなっていたエルピスはピクッと耳をたてたかと思うと飛び降り、勢いよく玄関の方へと走って行った。
「あッ! エル、そっちに行っては――」
 客人の邪魔をしてしまうのでは? とアシェルは慌ててエルピスを追いかけ、車椅子を押す。すぐにエリクがやって来て自分が追いかけるからと行ってしまったが、やはり心配は心配だ。他の使用人たちに手を借りながら階段を降りれば、ホールでエルピスが捕まっていた。エリクの腕に抱かれながら、早く離せと言わんばかりに手足を暴れさせている。その可愛らしい瞳が逸れることなく玄関の方へ向けられていて、アシェルも追うようにそちらへ視線を向けた。
 閉ざされた玄関扉の前には誰もおらず、ソファなどにも人影はない。いつも通り完璧に磨き上げられた玄関ホールにアシェルは首を傾げた。
(誰もいないけど、声は聞こえる)
 ほんの微かではあるが、おそらくは女性であろう声が聞こえる。エルピスが扉に向かって悲しそうに鳴くのを見て、もしや野良猫とばかり思っていたがエルピスには飼い主がいて、ここに居ると気づいて迎えに来たのだろうか? だからエルピスはあんなに扉の方へ行こうと足掻いているのだろうか。
 確証など何もないが、もしやと思えば思うほどそれが真実であるように思えて、アシェルはやんわりと遠ざけようとするエリクの声も聞こえぬままに玄関扉に手をかけた。
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